第129話 「にがさないー」小さな刺客達が現れた

「さあさあ! 皆様おくつろぎになってくださりませ!」


 客殿まで辿り着くと、母上が待ち構えていた侍女達に指図して皇女一行をもてなし始めた。


 茶はいらぬか? 菓子はどうか? 足を揉もうか? と、皇女だけでなく、御側付きらも下にも置かぬ歓待ぶりだ。


 もちろん「自分達には皇女殿下の御世話が……」と恐縮して辞退されてしまったがな。


 ミュンスター殿も侍女達も、あちこち連れ回されて肩で息をしておるのに健気なことよ。


 さすがは御側付きと言ったところかのう?


 落ち着いたところで、母上が皇女ににじり寄った。


「皇女様? お着きになったばかりで申し訳ございませぬが、我が子を紹介してもよろしゅうござりますか? 新九郎の弟妹にござります」


「何? サイトーに弟妹がおったのか? 構わんぞ。連れて参れ」


「ありがとうござります。さあ! 皆、御挨拶なさい!」


「「「「はいっ!」」」」


 母上が部屋の外へ声を掛けると、小さな影が四人分現れた。


 新五郎、松、鶴、千だ。


 四人は皇女の前で進み出ると順に挨拶をした。


「さいとうさこんのたいふがじなん、しんごろうにござります!」


「おなじくちょうじょ、まつにござります!」


「じじょ、つるにござります!」


「さんじょ、せんにござります!」


「ほほう? 見た所、十にも満たぬ童ではないか? 見事な立ち居振る舞いよ。褒めてつかわすのじゃ!」


「まあ! 皇女様にお褒めいただけるなんて! 皆、御礼を申し上げなさい!」


「「「「ありがとうござります!!!!」」」」


 弟妹らが頭を下げる横で、十二の童女わらわめが何を申すかと思うたが、「グッ」とこらえて口を閉じた。


 だが、丹波の奴めは胡散臭い笑顔でニコニコとしておる。


 なんとも嫌な気配がする。


 また何か仕掛けるつもりに違いない――――。


「ところで御方様? お気付きになられましたかな?」


「もちろんです丹波様! 実はさっきからわくわくしておりますの!」


「む? 何じゃ? 何のことじゃ?」


「おほほほ! お惚けになるなんて! 皇女様のことにござりますよ!」


「妾? 特に心当たりがないんじゃが……」


「またまた御謙遜を! 皇女様は、相当おやりになられるのでしょう? そのお歳で、武術に通じておられるとお見受けいたしました!」


「……何じゃと?」


 皇女が「すっ……」と目を細めた。


 ミュンスター殿は無表情のままだが、わずかに表情が硬くなったように見える。


「何故、そう思うのじゃ?」


「簡単ですよ! 大手門から本丸まで、坂道を苦も無く登っていかれるその足取りで大凡は見当がつきました! 隙がない上に、体力を無駄に使わない足さばきをなさるんですもの! あの急な坂道で、前後左右どこから仕掛けられても迎え撃つことが出来ましょう? 左様なおつもりで歩いておられたのでしょう?」


 母上には、皇女が剣術や体術の使い手だと知らせてはおらんのだがな。


 必ず勝手に気付くと思うたわ。


 まさか女子おなごに見破られるとは思うておらなんだのであろう。


 皇女は「な、何じゃと……?」と驚き絶句する。


 左様な皇女の様子に気付いているのかいないのか、ヘスラッハ殿は目を丸くしながら尋ねた。


「もしかして、奥方様も武術を嗜まれるんですか?」


「もちろんですよ! 武家の妻ですから! 万が一に備えて鍛えております!」


 母上が腕を曲げて力こぶを作る。


 申しておることはもっともらしく聞こえるが、母上の場合は少し度が過ぎる故、素直に頷けん。


 口出ししてやろうかと思うたが、丹波の奴めが何か仕掛けておるようだし様子見をすべきか?


 そんなことを考えておると、母上がまたとんでもないことを言い出した。


「せっかくの機会です! 皇女様、わたくしに稽古をつけていただけませんか!?」


「妾が主に?」


「はいっ! 皇女様の御歳であの身のこなし! 只者でいらっしゃらないことは明らかですもの! わたくし、わくわくして居ても立ってもいられませんわ!」


「む……そうじゃの……」


 皇女が言い淀む。


 自分の腕前を隠しておった訳だからな。


 今ここで、俺の目には触れさせたくないのであろう。


 すると、無言の内に皇女の意を汲んだか、ミュンスター殿が口添えした。


「奥方様? 姫様と奥方様では体格に差があります。万が一ということもありますので、ここは――」


「え? いいじゃないですか、ヘレンさん。姫様はいつも私達をコテンパンに――」


「ヘスラッハ卿? わたくしは今、奥方様とお話ししているのですよ?」


「ひっ……! す、すみませんでした……」


 ミュンスター殿の凍てつくような瞳に見据えられ、ヘスラッハ殿は涙目ですごすごと引き下がる。


 一方、母上は「そうなのですか……。致し方ござりませんね……」と残念そうな顔をしつつも、さらにこんなことを言い出した。


「それでは、新五郎らに稽古を付けてやってはいただけませぬか? いずれも皇女様より年下で、体格も小そうござります。いかがでしょう?」


「うむ……」


「姫様、それならよろしいかと……」


「む……そうじゃな。そうするか」


 こうして、稽古のためにと客殿の庭先に出たのだが……。


 間もなく、皇女もその御側付きらも息を飲んだ。


「な、何じゃ? 何なのじゃ? その武器は!?」


「これですか? この子達の得物ですが……。何か差し障りがあったでしょうか?」


 母上が不思議そうに首を傾げる横で、俺の弟妹達は各々得意な得物を手に取る。


 新五郎は、身の丈を越える大太刀を見事に抜いた。


 松は、両手に鉄扇――と言う名の極太の鉄の塊を握った。


 鶴は、分銅を「ヒュンヒュン」と回しながら鎖鎌を構えた。


 千は、凶悪なとげがびっしりと付けられた袖搦そでがらみを振り回した。


「ちなみに、わたくしの得物はこれです!」


 母上は丸太と見紛うほどに巨大な金砕棒かなさいぼうを持ち出し、「ズシンッ!」と地に突いた。


 皇女は目を剥いて叫んだ。


「どれもこれも女子供が扱う武器ではないのじゃ! 真っ当な武器が一つもない上に、鈍器の比率が高過ぎるのじゃ! 殴り殺す気満々なのじゃ! サイトー! こりゃどういうことじゃ!?」


「新五郎、大太刀を振るえるようになったのか?」


「あにうえのまねー。こうじょをからたけわりにするー」


「はっはっは。そうかそうか」


「あにうえー。わたしもー」


「其方ら、いつから左様に珍しき得物を使えるようになった?」


「いかいにくるまえにー、やちよがおしえてくれたー」


「とおこもおしてくれたー」


「八千代はともかく、十子の奴もか? あ奴には鉄炮を教えよと命じたはずだぞ」


「てっぽうもならったー」


「うてるようになったらこれもおしてくれたー」


「む。そうか? ならば、本当に鉄炮が撃てるか見せてもらうぞ」


「わかったー」


「こりゃ! 何を和やかに家族団欒しておるか!」


「おおっ! これは失敬致し申した!」


「サイトー……。この童ら、もしや暗殺者ではあるまいな?」


「とんでもない! 間違いなく、我が弟妹にござる! ミナ! クリス! ハンナ! そうだな!?」


 自分達に話が振られるとは思っていなかったのであろう、のほほんと茶を口にしていたミナ達はむせ返る。


「ゴホゴホッ! え、ええ……。間違いございません……。皇女殿下……」


「あははは……。すごいねぇ……。あんなのも使えるんだ……」


「あたし達の時じゃなくて本当に良かったですね……」


 そう言えばこの三人、弟妹らと会うたびに様々な意味でもみくちゃにされておったな。


 その時の記憶でも蘇ったのかもしれん……。


 だが、三人の様子を見たミュンスター殿が眼鏡を光らせた。


「姫様、私に考えがございます」


「おお! 何じゃ!? 言うてみい、ヘレン!」


「姫様は異世界の武器に慣れておられません。ですが、ヴィルヘルミナ様達は経験があるご様子。ここは一つ、お手本を拝見しては?」


「「「えっ!?」」」


「良いっ! 良い考えじゃ! ヴィルヘルミナ! クリス! ハンナ! 一つ、この者らと手合わせてをしてみい!」


「そ、それは……」


「じ、辞退したいと言うかぁ……」


「激しく遠慮します!」


「ミナさまー」


「ミナさまがおあいてー」


「はやくこっちー」


「いちげきでしとめるー」


「やっ……ちょ……待って……」


「ヴィルヘルミナ、頑張ってぇ~……」


「犠牲は無駄にはしませんよ……!」


「クリスとハンナもこいー」


「にがさないー」


「「いやあああああああっ!」」


 間もなく、客殿の庭先では女三人と童四人の死闘が演じられた。


 どちらが優勢かは申すまでもない。


 勝負がつくまで長くはあるまいな……。


「こりゃ! こりゃ、サイトーよ!」


「おや? 如何なされましたか?」


「その……ま、町の様子が見たいのじゃ! 城に来た時は通り過ぎただけで碌に見れんかったからのう!」


「町にござるか? 稽古は如何するので?」


「ちょ、ちょっと今日は調子が悪そうでな。うむ。遠慮させてもらおう」


「しかし、町を見るとなると下まで下りねばなりませぬぞ? 調子がお悪くては――――」


「し、心配いらんのじゃ! それくらいならなんとかなるのじゃ!」


「されど――」


「き、きっと! おそらく! 城の外に出て息抜きすれば調子も良くなるはずなのじゃ! そうじゃ! そうに決まっておるのじゃ!」


 この場から逃げ出すための方便であろうな?


 如何すべきか……。


「よろしいではござりませぬか?」


「丹波……。主はそれで良いのか?」


「よろしゅうござる。さあ、皇女殿下。この爺めが城下を案内あない致しましょうぞ!」


「う、うむ! 楽しみなのじゃ!」


 こうして、皇女の城下見物に付き合うこととなったのだった。

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