第130話 「解死人くらいかと」皇女は戦慄した
「おおっ……。なかなか賑わっておるようじゃの?」
城下を囲む土塁の上から市を眺め、皇女は面白そうに呟いた。
客殿での一件は完全に忘れ、物見遊山を満喫しておるらしい。
ミナ達と弟妹らの勝負を見届けずに城下へ出てきたが、あちらはどうなっておるかのう?
最後に見たのは、クリスが千の
…………あちらはあちらで何とかしてもうとしよう。
そんなことを考えている間も、皇女はあちらこちらを眺めて瞳を輝かせ、丹波を質問攻めにしておる。
「しかしすごい数の人じゃのう? ここ城下町には相当な数の住民がおるのか?」
「ほっほっほ。今日は市が立つ日にござります。領内の村々からも大勢押し掛けておりましょう」
「市が立つ日? 異世界では店の開く日が決まっておるのか?」
「城下に住まう者の中には毎日開く
「ほほう。町の住人以外も商売が出来るのか」
「異界では違いますので?」
「
「はい、姫様。都市で商売をしようと思えば、業種ごとに結成された
「それは厄介な」
「そのように仰るからには、異世界には
「いえ、日ノ本にも
「そうなのか? そりゃまた何が原因じゃ?」
「統治者が規制をしているのですか? それとも、世が乱れて商売が難しくなったのでしょうか?」
「いいえ、むしろその逆にござる。乱世なればこそ、どこの武家も商人も、生き残るために商いに励んで参りました。故に、乱世にも関わらず商いはますます盛んとなったのでござります」
「む? 商売が発展した訳か? そうすると、
「これも逆にござる。商いが盛んとなるのと時を同じくして、品を求める客も大きく増え申した。これにより、座の商人だけでは到底客の需要を満たし得ず、新たな商人共の台頭を許し、座が商いを独占できなくなったのでござります。座がまったくのうなったわけではござりませぬが、もはやかつての栄華には及びませぬ」
「経済が大きく発展――いや、発展し過ぎるとそんなことも起こるのか?」
「乱世を境に、座の後ろ盾となっておった寺社や公家が力を失ったこともござりましょうな」
「いずれにせよ、面白い話なのじゃ。帝国では
「左様で。ただ、座は座で良きところもあるのでござりますが……」
「ほう? そりゃなんじゃ?」
「商いを独占させてやる代わりに
「
「力を持ち過ぎた
「
「まったくなのじゃ!」
皇女が腕組みして頬を膨らませている後ろでは、ヘスラッハ卿ら御側付き騎士らが「姫様も、いつもこんな風に真面目でいてくれたらいいのに……」などとぼやいていた。
もちろん、聞きつけた皇女によって「妾はいつも真面目に政を考えておるのじゃ!」と反論されていたが……。
騎士や侍女達の顔を見ていると、「いつも真面目」とは言い難そうな気配よのう――。
「「「「「わああああああああああ…………」」」」」
――市の向こうの方から歓声が聞こえた。
目を凝らしてみると、相当な数の人が集まっておるようだ。
「若様? 何か見えまするか?」
「うむ。馬の市が開かれておるようだな。先の戦での分捕り品であろう」
「サイトーよ! 分捕りとは聞き捨てならんのじゃ! よもや貴様、略奪などしてのではあるまいな?」
「とんでもござらん。乱暴狼藉一切は、軍法にて禁じてござる」
「では何なのじゃ?」
「戦場にて、
「合わせて七百頭もおるのか? いくら戦と言っても、そこまで手に入るものか?」
「三野でも、ネッカー川でも、敵方に逃げ場を与えず、押し包んで叩きのめしましたのでな。生き残った敵方はことごとく
「ふむ……。包囲殲滅じゃな? 敵を討ち取るばかりが戦果ではないっちゅうことか」
「左様にござります。馬の他にも武具防具に兵糧と、ありとあらゆる品を押さえてござります。しばらくは鉄や麦の値が下がりそうにござるな」
「法外な身代金以外にもここまで徹底するか。ごうつくめ!」
「褒め言葉にござります」
「口の減らぬ奴め……」
「身代金で思い出しましたが、人も買い取っておりますぞ。先の戦で三野へ攻め入った
「人身売買か。やはり異世界にも奴隷はあるんじゃな?」
「そうするつもりだったのでござりますが……」
「何じゃ? 違うのか?」
「百姓が取った虜は百姓に任せるつもりにござった。売るも買うも、己で使うも、勝手次第と。さりながら、言葉が通じぬためどうにも使い勝手が悪く、売り払おうとする者が続出しまして……。市が混乱する故、虜を連れて来た者には一人当たり銭五十文と引き換えに当家で買い取っておるのでござります。当家ならば貴族なり、冒険者
「そうか……。しかし銭五十文? それは帝国の貨幣で如何程じゃ?」
「銅貨五十枚程度かと」
「安っ! いくらなんでも安過ぎんか!?」
「十分にござる。人取りで得た者の相場なぞ、銭二、三十文でもよいくらいにて。此度は言葉も通じぬおまけつき。五十文でも法外な高さにござります」
「異世界の相場はなんかおかしいような気がするのじゃ……」
「取ったは良いものの、虜を食わせるための銭も馬鹿にはなりませぬ。そこで損をするよりも、さっさと売り払った方が得にござる」
「そうまでするほど使い道がないのか?」
「強いて申せば
「何じゃそりゃ?」
「村同士が諍いを起こした時、身代わりに差し出す者にござる。本来の
「もういい! 分かったのじゃ! 異世界はなんか殺伐とし過ぎなのじゃ……!」
皇女は疲れた声で溜息をついた。
「じゃがそれはさておき、こうして見に来て良かったのじゃ! 異世界の町には興味があったからのう」
「お命じ下されば、城へ入る前に
「あのなあ……。妾達が何を見せられたか、主はもう忘れたか?」
「は? 何のことでござりましょうか?」
「とぼけおって……。海辺ではセイレーンの干物! ミノの入り口では陳列された生首! あんなもんを次々と見せられたんじゃぞ!? もうたくさんじゃと思うて当然なのじゃ!」
「『せいれえん』はともなく、生首はありふれたものにござります。三野を行くならば慣れていただかねば」
「あんなもんがありふれておってたまるか!」
文句を言い立てる皇女の後ろでは、御側付きの侍女らが青い顔で身を寄せ合っている。
「ご安心を。市には首は晒しておりませぬ」
「そりゃ重畳じゃ。じゃが、他のもんはなかろうな?」
「…………………………」
「その長い沈黙は何じゃ!?」
「……養殖した『すらいむ』ならごろごろとしておりますな。五百か、それとも千か……」
「ス、スライム……じゃと……!」
「ご安心を。退治して干乾びたものにござります」
「生きたスライムが千もおってたまるか! ちゅうかスライムの養殖って何じゃ!?」
「百聞は一見に如かず。まずはご覧になられては?」
「う、ううむ……」
しばし渋っておった皇女も、最後には折れた。
好奇心が勝ったらしい。
御側付きは騎士も侍女も不安そうな顔をしておったが、主君が行くと申すのだから「嫌だ」とも言えぬ。
渋い顔をする一行を連れて、『すらいむ』の商いを任せることになった津島屋へ向かった。
「御免! 斎藤新九郎だ。津島屋はおるか?」
「これは若様! このような場所にお出ましとは! 如何なる御用にございますか?」
「ふむ。実はの――――」
事の経緯を説明すると、津島屋は「左様でしたか」と頷いた。
「手前はてっきり、ご注文の品をご覧になるためお越しになられたのかと」
「ん? サイトーよ、主は何か頼んでおるのか?」
「はっ。カヤノに会うため欠かせぬ品にござります」
「何じゃと? そう言う大事な事はさっさと言わんか!」
「お叱りはごもっとも。なれど、この品を皇女殿下御自ら奉納していただければ、カヤノの
皇女は目を丸くした。
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