第127話 「いやあああああ!」再び、絹を裂くのようなさくのような悲鳴があがった
「「「「「いやああああああああああ!」」」」」
三野領の南端――岐阜口の木戸で、海辺に引き続き皇女の侍女達が絹を裂くような悲鳴を上げた。
再びの悲鳴に、此度も慌てた顔で馬車の中から顔を出した皇女は、口をあんぐりと大きく開けて絶句した。
ヘスラッハ殿ら御側付き騎士達が、
「姫様! お目汚しになります!」
と止めるが、視線の先にある『それ』に釘付けだ。
やはりただ一人、ミュンスター殿だけは、興味深そうな顔をして眼鏡の位置を直している。
ちなみにミナやクリス、ハンナ達は、やはり此度も遠い目をして海の方を眺めておった。
さて、思わぬ反応を示された木戸番の者達は、異界の衆が何に驚いているのか分かっておらず困惑顔。
指図を求めるように、俺や丹波を見た。
「ほっほっほ。案ずることはないぞ? あちらは異界の客人でのう。日ノ本の
「丹波の申した通りよ。異界の衆はな、『それ』に驚いておるのだ」
すると、木戸番達はますます首を捻って尋ねた。
「この
「首台ではない。首台の上に載っておるものに驚いておるのだ」
「は? 生首に、でござりますか? 首台なのですから、首が載っていて当たり前かと存じまするが……」
心底分からないといった様子で首を捻る木戸番達。
侍女達が「や、やっぱり本物よ!」と再び悲鳴を上げる。
仕方がない……。
このまま何もせずに放っておいては三野の中へなど入れん。
どうしたものか――――。
「ミュンスター殿? お尋ねしてもよろしいか?」
「はい、もちろんです。わたくしもお尋ねしたいことがあったところです」
「で、あろうな。左様な顔をしておった。何なりとお尋ねになるがよかろう」
「先にお尋ねしてもよろしいのですか?」
「貴殿の質問に答えた方が、話が早く済みそうだ」
「それでは遠慮なく質問いたします。どうして領地の入口に『こんなもの』――生首が飾られているのですか? それも十個以上もです。何かの
「飾っておるのではない。見せしめに晒しておるのだ。こ奴らは罪人なのでな」
「罪人? 拝見したところ、生首の主は異世界の民ではなく帝国の民のように見受けられます。おおかた先頃の戦と関係しているのでしょうが……。逆賊だから晒している、という訳でもなさそうですね?」
「おや? 何故左様にお思いに?」
「彼らの主君もしくは寄親はアルテンブルグ辺境伯閣下です。サイトー卿ではありません。逆賊として見せしめにするのであれば、生首を晒す場所はネッカーが相応しいのではないでしょうか?」
「見事なる慧眼よな」
「恐れ入ります」
「ミュンスター殿の申す通りだ。こ奴らは、一度は
「なるほど。もう一つお尋ねします。なぜ、刑場ではなくこのような場に晒しているのですか? 帝国でも罪人の亡骸を晒すことはございますが、晒す場所は刑場と決まっています。ここのように刑場ではない場所に晒すことはありません」
「ここが刑場なのだ」
「は? ここが? ここはサイトー卿の領地への入り口ではありませんか?」
「左様。入り口でもあり刑場でもある。日ノ本では領地の内ではなく外――即ち境目を刑場となし首を晒す。穢れを領内に及ぼす訳にはいかんのでな」
「……実に興味深いお話しです。異世界では、死そのものを厭うておられるのでしょうか? それとも別の何か? 例えば血が流れること……。これもある種の呪いかもしれませんね……。実に興味深い……」
「ミュンスター殿の疑問に答えることは出来たであろうか?」
「最後にもう一つ。なぜ首を斬り落とすのですか? 処刑の方法など、他にいくらでもあるでしょう? 先日は磔を拝見しましたが、ヴィルヘルミナ様に伺ったところ、異界では首を斬り落とすことが非常に多いとのことでした」
「誰を斬ったのかハッキリさせるためだ。首以上の証はあるまい?」
「なるほど……。大変参考になりました。ありがとうございました」
眼鏡の位置を直したミュンスター殿は、クルリと皇女達の方を振り向き口を開いた。
「――だ、そうでございます。異世界の文化は実に興味深いことばかりですね」
「くぉらヘレン! 主は何を満足そうな顔をしておるんじゃ!」
「満足? とんでもございません。わたくしの好奇心は尽きておりませんよ?」
「そうじゃないのじゃ! 一人で納得しておらんで妾達にも分かるように説明せいと言うとるんじゃ! 『ケガレ』とか言われてもサッパリ分からんわ!」
「そうですね……。なら、例え話をしましょう」
「例え話?」
「あくまでわたくしが理解した限りのお話しですが」
「よい! 言うてみるのじゃ!」
「では……。皆様、少し想像してみて下さい。誰とも知らない男が、食器を舐め回しています。男の身なりは薄汚く、服は垢まみれで悪臭を放ち、歯は虫歯だらけです。涎が糸を引いていますね。なんと醜悪な……」
「あん? 何じゃそりゃ?」
「まだ続きがございます。男は食器を散々舐め回した後、自分の服で食器を拭き、元の場所へ戻しました。ここで皆様に質問です。この食器、ご自分で使えますか?」
侍女達が顔をしかめた。
御側付き騎士達も実に嫌そうな顔をしている。
女子らの気持ちを代弁するように、皇女が「んなもん使えるか!」と叫んだ。
「では、綺麗に洗ったらどうでしょう」
「洗う? それでも嫌じゃ! なんかこう……生理的に受け付けん!」
「つまりはそう言う事です」
「は?」
「異世界の人々にとって、『ケガレ』とは男の舐め回した食器のようなもの。決して触れたくないものなのです。そのような『ケガレ』があると分かっていながら、家の中へ『ケガレ』を撒き散らすような愚行に走る訳がございません」
「む? むう……? そういうもん……なのか?」
「はい。わたくしも全てを理解した訳ではございませんので、今はこの程度のお話しか出来ません。理解を高めればさらによりよい――――」
「そうか……。まあ……頑張ればいいのじゃ……」
皇女は疲れた顔で馬車に引っ込む。
「……おい、クソ爺」
「ははっ。何でござりましょうか?」
「ちと仕掛けが過ぎるのではないか? この調子では何時まで経っても三野城に着かんぞ?」
「ご案じになることはありませぬ。三野城までの道程には、多少戦の跡を感ずるやもしれませぬが――」
丹波はそこで言葉を切った。
そして、実にいやらしい笑みを浮かべた。
「三野城こそ正に真打。御方様と弟君様、妹君様方が、今か今かと待ち受けておられまする」
俺は天を仰ぐしかなかった。
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