第125.7話 忍ぶ者達 その壱【後編】
「どれだけ飲む気だ……? 俺の報酬が…………」
気持ち良く杯を空けまくっていると、六郎――おっと、こっちではロックだったわね? ロックが青白い顔をして呟いた。
いやぁ、いつもながらこういう演技をやらせたら天下一品ね。
あたしの異界での名はケイ。
本当の名は
そこから少しだけ取ってケイよ。
ロックも六郎って名をもじってロック。
安直だけど、覚えやすくて良いわ。
だって、こっちの名前は覚えにくいし、口にしようとしても舌が回らないもの。
自分の名前とかけ離れた名前にしたら、呼ばれても気付くことが出来ないかもしれない。
そんな危険は冒せないわ。
危険を冒す者――冒険者であってもね。
ところでさ、この冒険者ってすっごく都合が良い存在よね?
特にあたしら忍びにとって。
どんな利点があるか並べてみましょうか?
白昼真夜中関係なく堂々と武器を持ち歩ける。
得意な得物が千差万別で、珍しい武器を持っていても不審に思われない。
あちこちを頻繁に移動しても不審に思われない。
数が多いから、紛れ込むことが容易い。
アルテンブルグ辺境伯領だけでも千人近くいるみたいだし。
集団――『パーティー』で行動しても、単独――『ソロ』で行動しても怪しまれない。
ちなみにあたしとロックは両方とも『ソロ』ね。
その方が動きやすいし、『パーティー』を組んでいる連中と自由自在に絡めるからね。
冒険者組合をから堂々と色んな情報を入手できるし、情報を集めて回っていても冒険者なら当然としか思われない。
いくつか挙げてみたけれど、間者働きに適した利点が多いと思わない?
ここまで間者に適した職もないよね?
異界は忍びにとっての極楽浄土に等しいわ。
異界の連中はなんだってこんな剣呑な存在を重宝しているのか不思議だったけど、事情は大体掴めてきた。
日ノ本に比べて、異界はすごく物騒だ。ハッキリ言って。
そりゃあね? 戦は日ノ本の方が全然多いわよ?
でもね、戦以外はそんなことない。
民百姓の安穏な生活を脅かす連中がそこかしこにいるのね。
まず筆頭に挙がるのは魔物。
日ノ本にも狼や熊みたいな危険な獣はいるけれど、魔物がもたらす害に比べればなんてことはない。
大概の獣は悪さもするけど人間を恐れる。
だけど魔物はそうじゃない。
なんせあっちから喜び勇んで襲って来るんだから。
まるで人間を獲物と思っているみたい。
事実、魔物に取って喰われるなんて話もざらにあるらしいしね。
ネッカー川の東に広がる荒れ地みたいに、完全に魔物の領域になっているような場所は少ないみたいだけど、人里から離れた山や森には必ず魔物がいるし、群れをなして人里を襲うこともある。
でも、
魔物がどこを襲うか正確に予測することは難しいし、かと言って魔物を迎え撃つための兵をどこにでも満遍なく配することは出来ないわ。
そんな数の兵を養うことなんて出来ないしね。
襲われたって話を聞いて駆けつけてみても、その時には魔物は去った後。
魔物の巣を見付けようにも、深い山や森に分け入って探さないといけない。
常に移動している連中も多いから、見付けるのは至難の業。
退治しようと勇んでも、空振りに終わることがほとんど。
魔物の害がよほど大きければ軍勢が遣わされるけど、そうじゃなきゃ軍勢なんで望めない。
困った町や村は自分達の金で冒険者を雇って、守りを固めるなり、魔物を退治するなりしないといけない訳。
異界の町や村って石や丸太で塀を作ってスッポリ囲っているんだけど、これだけどこにでも魔物がいればそうもしたくなるってもんね。
次は野盗の類。
こいつらも結構どこにでもいる。
魔物ほどじゃないけどね。
大きな街道や町や村の近くはともかくとして、そこからちょっとでも外れてしまうと、奴らに狙われることを考えておかないといけないわ。
だから、用心棒に冒険者を雇うことが必須。
大量の商品を抱えて町から町へと移動する商人なんかは特にね。
人里離れた山や森へ希少な薬草や鉱物を採りに行くにしても、冒険者の護衛が必要。
こっちは魔物も気を付けておかなくちゃいけないからね。
採取そのものを冒険者に任せることだって多い。
連中を退治しようと思えば根城がどこか調べるところから始めないといけないし、山狩りも大変だからね。
そもそも常に居場所を変えて、根城を持たないって連中もいるしね。
あれ?
なんかこうして考えて行くと、野盗って魔物とよく似ているかも。
出没する場所も、退治の厄介さも、同類って言ってもいいかもしれないわね?
ただ、野盗は魔物と違って多少の知恵が回る。
自分達の所在を掴むことが難しいってことを熟知した上で、
姑息で腹の立つ知恵だけど、理に適ったやり方だわ。
おかげで野盗退治も、魔物と同じでなかなか上手く進まない。
その結果、連中は経験を積んで悪事の
悪循環ね。
こうなっちゃう事情も分からなくはないけど、日ノ本じゃあこんなこと考えられないわ。
どんな場所であっても、民百姓に害を及ぼす奴原を野放しにして、領国の
禿鼠も天下静謐をうそぶいているし、野盗の跳梁跋扈を許したら、領国を統べる器量なしって烙印を押されかねない。
ほら、石田治部とか喜々としてやりそうじゃない?
気に入らない大名を
だから、身代の大小を問わず、領国に野盗なんて出ようものなら、血眼になって草の根分けても探し出し、ことごとく打首獄門にするでしょうね。
近々、若も野盗狩に乗り出されるかもしれない。
今は戦が終わったばかりだから仕方がないけど、領国内の静謐を乱す奴原を野放しにして恥じないようなお方じゃないもの。
きっと見物よ?
アルテンブルグ辺境伯領に野盗の居場所は寸土たりともなくなるわ。
魔物もうかうかしてられないわよ?
東の荒れ地では御馬廻衆が腕試しがてら魔物を狩りまくっているって話も聞いているし、そのうち根絶やしにされるかもね?
「――――おい? ケイ!? 聞いているか!?」
「んあ? 何よ?」
(ご苦労だったな)
「お前な……。酔っぱらったんじゃないだろうな?」
(そう思うんなら、お頭に早く帰してって言ってよ?)
「心配ないない。ちょっと考え事してただけだから」
(分かっている。お前は間者働きより焼働きが得意だからな)
「考え事だって? お前が? …………明日は大雪だな」
(そういうこと! あたしに火薬を寄越せ! 鉄炮を寄越せ!)
「ちょっと? そりゃ一体どういう意味かしら?」
(物騒な女だ。嫁の貰い手が……おい、レギーナだ)
「――すみません。ちょっと失礼します」
ロックの奴が警告した直後、あたし達の元へレギーナがやって来た。
「どうしたの?」
「お楽しみのところ申し訳ありません。実は
「
「俺にもない。何の用だ?」
「私も知らないんです。お二人の直接お願いしたいことがあるっておっしゃってまして……」
あたしとロックは顔を見合わせた。
何の因果なのかしら?
動向を怪しんでいた相手からのご招待みたいね?
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