第125.6話 忍ぶ者達 その壱【中編】

「あっ! ケイさんじゃないですか!」


 レギーナがパッと笑顔になった。


「ケイさんもお久しぶりです! 心配してたんですよ!? 募兵には応じなかったのに、一体どこに行ったのかって!」


「あはははっ! ごめんね! キナ臭い雰囲気だからさ、ちょっとアルテンブルクの外に出てたのよ! まさかこんなに早く戦が終わるなんて思わなくてね! 急いで帰って来ちゃった!」


「そうだったんですね……。本当にご無事で良かったです! ケイさんのお顔を見られてホッとしました……」


「お? そのとろけた顔……私に惚れた? 惚れちゃった?」


 ケイはそれがしの首に腕を回したまま、レギーナにグッと顔を寄せる。


 こっちは苦しいことこの上ないが、顔を寄せられたレギーナは頬を赤く染めている。


 実はこの女、組合ギルドの受付嬢にえらく人気があるのだ。


 端から見ても好かれていることがよく分かる。


 その証拠に、レギーナはそれがしと顔を合わせた時よりも明らかに嬉しそうだ。


 ケイが姐御気質で面倒見も良く、おまけに腕も立つことは間違いない。それは認めよう。


 受付嬢にちょっかいを掛けようとする馬鹿共を、叩きのめしたのも一度や二度ではないし、依頼もしっかりこなすからな。それも認める。


 だがしかし、性格は円満とは言い難い。


 喧嘩っ早いし、三度の飯より賭け事と酒が大好物。


 おまけに金遣いは荒く、金欠でなかったためしがない。


 それがしの顔を見掛けると必ず何かおごらせようとする。


 はっきり言って欠点だらけの人物なのだ。


 ここまで欠点があれば、ちょっと姐御気質で面倒見が良いからと言って受付嬢に好かれないと思うんだがな?


 一度、どうにも納得いかず、ケイに尋ねてみたことがある。


 そうしたらこの女、なんと言ったと思う?


「そりゃあんた、人徳ってやつでしょ!? 人徳!」


 解せぬ……。


 解せぬこと極まりない……。


 人徳という言葉を死語にするつもりか?


 それがしが心中で秘かに溜息をついていると、ケイの大声を聞きつけた組合ギルドの受付嬢達がわらわらと集まり始めた。


 口々に「無事で良かった」だの、「会えて嬉しい」だのと、黄色い声が飛び交っている。


 姦しいことこの上ない…………。


 再び心中で秘かに溜息をついた。


 ケイの人となりが、何もかも偽りで見せ掛けに過ぎないのだと頭では分かっていても、得心し難き事もある――――。


「――――おんやぁ? どうしたのよ、ロック?」


 ニヤリと口の端を上げるケイ。


 こ奴は他人の顔色を読む事かけては天下一品。


 たとえ心中の溜息だろうと見過ごすことはない。


 さて? この後はどう出て来るかな?


「そんなに頬を膨らませちゃって。妬いてんの? 妬いてんの?」


 む……。


 そっちの方に話を膨らませるつもりか?


 実に不本意だが、こうなっては付き合うしかあるまい……。


「……なんでもない」


「うちがレギーナ達にちやほやされてんのが羨ましいんでしょ? そうなんでしょ? 正直に言っちゃえよ? うりうりうりっ!」


「指で他人の頬をぐりぐりとつつくな! 羨ましくなんかあるもんかっ!」


「あははははは! 素直になりなさいってば!」


「やかましい! 自分はな、世の不条理を感じているだけだ! お前みたいないい加減な奴がどうしてそこまで信頼されるんだ!?」


「前にも言ったじゃない! これが人徳ってもんよ!」


「何も言わんから世の中のすべての人徳に詫びろ! 今すぐ詫びろ!」


「あはははははっ! 何言ってんだか! それより早く飲みましょ! さあ飲みましょ!」


「わっ! おいっ! ちょっと……」


「レギーナ! こいつちょっと借りてくわよ!」


「どうぞ~!」


 明るい声でヒラヒラと片手を振るレギーナ。


 助けてくれるつもりはないようだ。


 それどころか、「ロックさんも好きなんですから……」などと呟いている。


 盛大な勘違いをしてくれているようだが、ケイが首に腕を回しているので、身動きが取りづらい。


 ケイはレギーナ達受付嬢に「そんじゃあね~!」と明るい声で言うと、それがしに支払われた銀貨銅貨を我が物顔で鷲掴みして、首に腕を回したまま組合ギルド受付の隣に併設されている酒場へと向かう。


 当然、それがしはケイに引きずられるようになってしまう。


「お、おいっ! いい加減に離せ!」


「いいじゃない! 減るもんじゃなし!」


「減るんだよ! このままだと俺の金が減るんだよ! お前に飲みつくされてな――――!」


――――と、周囲の人間には、こんな会話が聞こえたに違いない。


 ケイに無理やり酒場へ引きずられ、必死に抵抗するそれがし。


 それ以外には見えないだろう。


 だが、片方が口を開いて大声を出す間、もう片方は唇を動かさずに小さく声を発していた――――――――。




「お、おいっ! いい加減に離せ!」

組合長ギルドマスターに来客。帝都より)


「いいじゃない! 減るもんじゃなし!」

(初耳。お頭未だ把握せず)


「減るんだよ! このままだと俺の金が減るんだよ! お前に飲みつくされてな!」

(帝都の組合本部より腕利き冒険者二十人ばかり。全員A級以上)


「分かってんじゃない! いい加減に諦めるこったね!」

(八日後ネッカーにて仕合。代表者なりや?)


「誰が諦めるか!」

(不明)


「どうすんの? もうすぐ席に着いちゃうよん?」

(承知。引き続き調査されたし)


「くそっ! 腕っ……! 腕をほどけぇ~!」

(承知。ところでさ、八千代のお嬢は御無事?)


「ぬふふふ! 逃げようとしたらもっと締まるよん?」

(先だっての戦でも活躍された。ますます意気軒昂いきけんこうでいらっしゃる)


「ふんっ! ふんっ! ……ほどけん!」

(そう……。ならよかったわ……)


「ほいっ! 到~着~! っと!」

(姫様の御身を案じておるのか?)


「くそっ! また負けちまった……! おいっ! いい加減に解放しろ!」

(当ったり前でしょ!? お嬢のおしめを変えたのは誰だと思ってんの!?)


「ってなことで、そんじゃあ再会を祝してカンパ~イ!」

(大して歳も変わらんではないか!?)


「はあああああ…………。カンパイ……」

(あんたね? お嬢の愛らしさが分かんないの?)


「ゴクゴクゴク…………ぷはぁ~! いやぁ~、五臓六腑に染み渡るわぁ~!」

(愛らしい? 毎度毎度そこが分からん。恐ろしいの間違いではないのか?)


「おい……。一気に飲んだら酔いが回るぞ? 酔い潰れても送ってやらんからな?」

(あっ! お嬢に対する悪口雑言聞き捨てならぬ! 告げ口してやるからね!?)


「ケチな男は嫌われるわよぉ?」

(勘弁してくれ……)


「ケチじゃない! 自分の身を守っているんだ! この酒乱め!」

(はあ……早く帰ってお嬢を愛でたい……。はあ……)


「男ならね、『俺の部屋に来い』くらい言えないの!?」

(姫様のことはさておき、報告の続きだ)


「口が裂けても言ってやらん!」

(さて置くな! お嬢は至高よ!)


 …………と言う訳で、その後も酒場の一角に陣取って、我らの話は長々と続いた。


 半分以上が姫様の話題ではあったがな。

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