第125.5話 忍ぶ者達 その壱【前編】
それがしの名は
美濃斎藤家にお仕えする忍衆の一人だ。
日ノ本におった頃は、東国と西国を行き来しつつ、各地の情勢をお頭――望月左馬助様へお知らせするのが御役目だった。
今から
京の町に立ち寄っていたところ、激烈な地震に襲われ、崩れた建物の下敷きになってしまう。
御役目ではなく地震で死ぬとは無念極まるも、これも定めかと覚悟を決めた。
だが、それがしは生還した。
揺れが収まり、周囲が突然明るくなったと思った時には、何もない荒野に放り出されていた。
そこから先は、まったく以って運が良かったとしか言えぬ。
異形の化け物共の襲撃をなんとかくぐり抜ける内、行く手に立ち昇る炊煙を見付け、それをめざして進むと大坂屋敷に辿り着き、お頭の妹御――八千代様と再会することが出来たのだ。
斎藤の領国や各地に散った縁者がまとめて神隠しにあったとこを知ったのは、まさにこの時だった。
異界に飛ばされてから最初の戦に間に合ったのはまさに
危うく功名の機会を逸するところであった。
戦が終わった後には、新たな御役目が与えられた。
それは――――、
「ロックさん! 査定が終わりましたよ!」
そこかしこに冒険者がたむろする広間に、人を呼ぶ若い娘の朗らかな声が響いた。
ここはアルテンブルグ辺境伯の領都にある、冒険者組合の待合だ。
そして、「ロック」とはこの海野六郎の異界での仮の名――冒険者としての名だった。
「おおっ! すまんすまん! すぐに行く!」
手を振りながら声の方へと向かう。
組合の受付嬢レギーナがこちらを見て微笑んだ。
「ロックさん、お久しぶりです! 無事に帰って来られたと聞いた時はホッとしましたよ!」
それがしはオットー・モーザー筆頭内政官――既に釜茹でにされてしまったから元筆頭内政官だが、冒険者としてあ奴の
ひどい負け戦だったし、募兵に応じた者はほとんど帰って来ていない。
討ち死にした者は数多く、生き残った者も大半が斎藤家の
帰って来たのは、運良く戦場から逃げることが出来た百人ばかり。
戦に出た人数の一割にも満たない数だ。
「ロックさんも戦死したんじゃないか、捕虜になったんじゃないかって、すごく心配だったんですよ?」
「ほう? 嬉しいことを言ってくれるね? 俺に惚れちまったかい」
「あははは! 違います!」
一刀両断に否定するレギーナ。
それがしはガッカリした風を装って、盛大にズッコケて見せた。
「違うのかよ!」
「違います! ややこしくて面倒な依頼を振れる人材を失わずに済んだのが喜ばしいんです!」
「あのなぁ……。全然褒められてる気がしないぜ?」
「とんでもありませんよ! これは褒め言葉なんです!」
冒険者になってから二ヶ月と少し。
それがしは冒険者としてそれなりの評価を得ることが出来た。
冒険者になったばかりの頃、隊商を護衛する依頼を受けたことがあった。
別にそれがしの力量を買ってのことではない。
隊商が組合へ依頼した護衛の数に対して、依頼に応じた冒険者の数が足りず、急遽数合わせで白羽の矢が立ったのだ。
冒険者になり立てだったからな。
目立たず騒がず実績をこさえればそれで良いと思っていたんだが、運悪く、その隊商は野盗に身を落としたゲルトの手勢に襲われてしまう。
しかもその数は三十人。
こちらの護衛は十五人。
衆寡敵せず、形勢は我に不利。
冒険者は次々と野盗に討ち取られていった。
それがし一人なら逃げることは造作もなかったが、それをすれば隊商を見捨てることになる。
そうなれば冒険者として信頼を失うことは明白。
せっかく手に入れた冒険者の立場も失うことになりかねない。
もはや贅沢を申す時ではなかった。
多少不審に思われても、己の力の限り戦うしかない。
生き残った数少ない冒険者を鼓舞しつつ、自らも白刃を振るって野盗を追い散らし、窮地を切り抜けたのだった。
この一件で、手前に対する冒険者組合の評価は大きく向上。
各地を行き来する商人の間でも評判が広まったらしく、指名で依頼が舞い込むようにもなった。
「ロックさんの腕前なら、傭兵の真似事なんてしなくても十分に食べていけましたよ? 真面目で腕が良いことは保証付きですから!」
「ははは……。ありがとよ。モーザーから出された条件が良かったもんでな。戦にも興味があったし、それで受けちまったんだ。もうあんな目はこりごりだがな」
「お願いしますよ? 面倒事をお任せ出来る方を並べたブラックリストに、ロックさんのお名前もきちんと載せているんですからね?」
「ブラックリストだって? そりゃどっちかと言うと悪い意味の名簿じゃねぇか?」
「この場合は褒め言葉です!」
「ホントかよ……?」
こんな感じで、レギーナにしろ、組合にしろ、手前の力量に信を置いているのは間違いないし、受付嬢達と今みたいな軽口を叩き合える程度に仲も深めている。
「さて、冗談はこのくらいにしてよ? 査定の結果はどうだったんだい?」
「ああっ! すみません! おしゃべりが過ぎました! こちらになります!」
レギーナが銀貨や銅貨を載せた盆を差し出した。
「戦場から逃げて来る途中なのに、あんな希少な薬草をよく見付けましたね?」
「何気なく一休みした場所にたまたま群生していたんだよ。運が良かったぜ」
自分で採集したのは本当だが、群生地を見付けたのは他の忍びだ。
異界で動き回る金は、お頭に頼めば都合をつけていただけるが、こうして依頼やらをこなして金を得ていた方が周囲に疑われにくい。
御役目を果たすためには、偽りの身分に完全になり切ることがすべての始まりだ。
故にこそ、多少の手間はかかっても、自分が動く分の金は自分が手で得た方が良い。
特に、今回みたいな負け戦だと冒険者の実入りはほとんどない。
懐事情は誰も彼も寒風が吹きすさんでいるはず。
現に、逃げ帰った百人の冒険者は実入りの多寡に関わらず、手当たり次第に依頼をこなしているような状況だ。
それがしのように、素材採集などというひどく手間のかかる依頼をこなしている者もそこら中にいる。
いつもなら、こんな依頼は実に不人気なんだがな……。
「キネの花が十二本で、しめて銀貨十五枚と銅貨五十枚になります」
「銀貨十五枚だって? 本当か?」
「根や茎も余さず採集していただきましたし、なにより状態が良かったですからね」
「急いで掘り出さずにいて正解だったな」
「ロックさんって本当に丁寧に採集なさいますよね……。他の人にも見習ってほしいくらいです」
「それにしても、相場よりちいとばかし高いような気もするが……」
「無事に生還なさいましたからね。お祝いで少し色を付けさせていただきました」
「ありがたい! 今回の戦は持ち出しばっかりで実入りが全然なかったんだ!」
「それじゃあ受取証に署名をお願いしますね?」
「分かった――――うおっ!?」
突然背中を「バシンッ!」と叩かれる。
気配を悟らせないとは……何奴か!?
「あらあらあら! ロック、景気がいいじゃない!? ちょっと奢りなさいよ!」
それがしの首に腕を回し、ケラケラと笑う女冒険者。
黒い瞳に茶にくすんだ髪をして、左手の指には手前と同じ指輪をしていた。
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