第118話 「他言無用だ」新九郎はミナに口止めした
「ど、どうして……」
ヘスラッハ殿は背中から倒れたままの姿勢で呟く。
己の敗因が分からず、困惑しているらしい。
「私がどんな風に剣を振るか、分かっていたんですか……?」
「分かっていた訳ではない。ただ、貴公はミナと同じで素直な剣筋だからな。幾通りか予想は出来た」
俺は左足を前にし、腕を垂らし、半身の体勢を取った。
必然として、左肩が最前に出る。
そして、ミナとの戦いで見えてきたヘスラッハ殿の剣筋は、正眼から構えて剣を上下に振るか、横に薙ぐかが主。
初手で突きはなく、下から上へ振り上げることもない。
ならば、縦に振り下ろすか、横に薙ぎ払うか、それとも斜めに斬るか……。
剣筋は絞られる。
あとは、それぞれに応じて迎え撃てばよい。
「あ、あの……。さっきは剣を踏んで体勢を崩されましたけど、他にはどんな……」
「そうだな……。もっと間合いが詰まっておれば、剣を振り上げたり、薙ぎ払った直後の隙をついて、足に組み付くのも良い。姿勢を低くし、股下に入り込むようにしてな」
「ま、股下ですか?」
「股下に組み付かれ、そのまま持ち上げられたらどうなる?」
「ひ、ひっくり返ると思います……」
「そうだ。背中から落として呼吸も出来ぬようにしてやる。地に伏した相手から得物を取り上げ、手首を掴んで動きを封じ、首を締め上げて息の根を止める。頭を掴んで地面に打ち付けても良いかもしれん。あるいは、目玉に指を突っ込むか――――」
見下ろしながら左様に申すと、ヘスラッハ殿は口を噤んで青い顔になった。
くっくっく……。
己の頭が割れ、目玉がくり抜かれる様でも思い描いたかな?
「……さて、ヘスラッハ殿との立合は終わったな。ロール殿とフルプ殿は如何する?」
「同輩がやられて黙っているわけにはいきませんね……!」
「帝国近衛騎士の技量、甘く見ないで下さい……!」
次いでロール殿、フルプ殿と続けて立合を致した。
そして、いずれも俺が勝った。
「う、嘘でしょ……」
「何なのこの人……」
「こんなところで満足したか?」
「「「…………」」」
三人の娘は互いに顔を見合わせた後、「ガクリッ」と肩を落とした。
負けを認めたらしい。
「サイトー様のお力はよく分かりました……」
「ぬるいって言われても、文句も言えないです……」
「ヴィルヘルミナ様はお任せします……」
「ちょっと待ってくれ! 最後の一言は何なんだ!?」
激しく抗議するミナであったが、誰も聞いていない。
すると、ヘスラッハ殿が溜息交じりに呟いた。
「姫様が捕まる訳ですね……」
「ん? どういう意味だ?」
「サイトー様が姫様を捕まえたんでしょう? これだけの実力者なら、姫様だって敵いません」
「俺は捕まえておらんぞ?」
「えっ? じゃあ、ヴィルヘルミナ様が……?」
「私でもないな。シャルロッテ皇女殿下はシンクローの馬に捕まったんだ。怒らせることを口になさって、頭を噛まれてしまって……」
「馬に頭を噛まれた? 姫様もそんなことをおっしゃってましたけど……。騙されませんよ? 何の冗談ですか? 姫様が馬に噛まれて捕まるなんて、あり得ませんよ」
右手をパタパタ振りながら、ヘスラッハ殿が笑顔を浮かべた。
ロール殿とフルプ殿も「その通り」と頷く。
「姫様は体術がお得意なんです。母君が近衛騎士のご出身で、小さい頃から武術はみっちり仕込まれたそうで」
「身体が小さいから大きな武器は使えないけど、短剣はお使いになりますよ」
「姫様お持ちじゃありませんでした? 帝室の紋章入りの短剣を」
「あれ特注の魔道具なんですよね。鞘から抜けば羽のように軽くて、鋼鉄をも切り裂く切れ味!」
「姫様が短剣片手に暴れ始めたら手が付けられませんから……」
「そこらの騎士や兵士じゃ相手にならないし、野盗なんか一山いくらで叩きのめしちゃうもんね」
「私達が護衛する必要ある? って思わされたのも一度や二度じゃありませんからね」
「「…………」」
お三方曰く、シャルロッテ皇女の腕前は、宮中に仕える者――特に、近衛騎士や女官、侍女らには、よく知られた話らしい。
武術の稽古はひたむきに取り組み、
その真摯な態度には、近衛騎士も思わず頭を垂れる。
…………とても信じられんのだがな。
これで話が終われば、
そのために、皇女の良き一面は色褪せて霞んでしまい、多くの臣下は知らぬままでいる…………のだそうだ。
ふむ……。
まるで、信長公のようだな。
話に聞くところ、若かりし日の信長公には見苦しき振舞があった。
柿や栗は申すに及ばす、瓜までかじり食い、町中では餅を立ち食いなされ、人に寄り掛かったり、ぶら下がったりしながら、だらしなく歩き回った。
だが一方、朝夕の馬の稽古を欠かさず、三月から九月までは水練に精を出し、師を付けて弓鉄砲や兵法の鍛錬に励まれた。
我が祖父、山城守道三と会見した折は、その
信長公の昔話はさておき、じゃじゃ馬っぷりが悪目立ちし、勝手気ままに振る舞う皇女が身近な臣下に親しみを持たれているのは、褒め称えるべき一面があるからこそあろう。
その証拠に、皇女の話をするお三方の表情は明るく、口調も朗らかなものだ。
後ろに控える侍女達も笑顔で話を聞いている。
左様な雰囲気故か、軽口も飛び出した。
「大きな声じゃ言えませんけど、うちの姫様って本当にアホほど強いですよね」
「ドロテア! あんた口悪過ぎっ!」
「だってハイディさん! 今回はめちゃくちゃ苦労したんですよ! たった二人でアルテンブルクまで行く! 秘密の任務だって! まんまと騙されたんですど……」
「私はドロテアに賛成」
「ちょっとイルメラ!」
「うちの姫様なら、ちょっとやそっとで野垂れ死んだりなんてなされないでしょ? 皇帝陛下も『無理に閉じ込めるより、好きにさせた方が手間はない』って匙を投げられたのよ? 事実上、行動の自由をお認めになったようなものじゃない?」
「皇女のお立場にある方が、自由気ままに皇城を抜け出すなんて本当はいけないんでしょうけど、『皇女殿下が行方知れずだ!』って頻繁に騒ぐより、勝手に出て行って勝手に帰ってくれる方が騒ぎにならなくていいですしね……」
「そうそう。皇室も近衛も面子が保てるってもんでしょ? そういうことだからさ、ハイディ。あんたも良い子の振りをするのは止めて素直になりなさい」
「………はあ。そうね……。確かにそうだわ。この際だから言っちゃうけど、『コボルト皇女』じゃなくて『サイクロプス』とか、『ミノタウロス』って言った方が合っているかもって、ずっと思ってたのよね……」
「清楚とか、聡明とかって部分は、姉君のゲルトルート皇女殿下に全部持っていかれましたよね!?」
「あはははは! 言えてる!」
楽し気に笑う三人を横目に、素早くミナに耳打ちする。
「今の話、他言無用だ」
「え?」
「俺達がこの話を知っていると皇女に悟られるな。いいな?」
「わ、分かった」
左馬助や近習衆にも目配せをする。
と、辺境伯邸二階の窓際に、こちらをうかがう人影が見えた。
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