第79話 「ブオオオオオ――――――――ッ」戦場に法螺貝の音が鳴り響いた
「テッポーの音が凄まじいな!」
ミナが叫ぶように話し掛けた。
河原一帯に響く鉄砲の音が声をかき消すからだ。
「西軍の鉄砲が勢いを増していないか!?」
「そうだな! 一時の混乱は脱したようだ!」
石合戦によって多少の混乱は生じたものの、僅かな時間で西軍は態勢を立て直した。
今や明らかに東軍の射撃を上回っておる。
数で勝る事も
だがしかし、東軍もそんな事は織り込み済みだ。
ミナやヨハンは東軍の動きに気付くかな?
「あれ? そう言えばさっきから両軍の間合いが開いたままじゃないか? そう思わないかヨハン?」
「はい……。西軍は前進を続けているようですが、東軍は後退しているのでしょうか? そのせいで間合いが詰まっていない?」
「この局面でどうして後退を? テッポーでは西軍が勝っているが、決定的な不利とまでは言えないと思うが……」
「何か意味があるのでしょうが……」
二人して俺を見る。
二人の顔には『解説を求む』と書いてあった。
「お主らは既に答えを知っているはずだぞ? 己で口にしておったではないか?」
「私達が答えを?」
「口にした、ですか?」
「う~ん……。私達が口にした事と言えば、西軍の兵力が前線に
「ですね。西軍は早期に敵の突破を図ろうとしているのかと……」
「それが答えだとすると、東軍は西軍の前線突破を許さぬために敢えて後退しているのか?」
「良い所まで来たな。だが少し足りぬ」
「足りない?」
「後退するだけでは勝機を掴むことは出来ぬ。東軍の後退は西軍の攻撃を
「攻めるだって?」
「ですが、攻めに転じても西軍のテッポーが待ち構えていますよ?」
「確かにそうだ。しかし鉄砲が使えなくなれば如何かな?」
「何? 使えなくなるだって?」
「鉄砲が火薬と火を使うことは二人も存じていよう? ならば考えてみよ。立て続けに放てば鉄砲はどうなる?」
「どうなるって……。熱くなる……か?」
「もしや、熱を持つと撃てなくなるのですか?」
「左様。熱が過ぎれば銃身は曲がり、
西軍は
だが、東軍は西軍の陣立てを目にしてその策を見抜いた。
いや、そもそも
だからこそ、西軍に間合いを詰めさせず、無駄撃ちをさせ続けているのだ。
西軍の鉄砲が使い物にならなくなった瞬間、東軍の
織田様の
「――――とは申せ、
「え?」
「敵に間合いを詰めさせぬと申しても簡単な事ではない。敵の動きを呼んだ上で、自軍を一糸乱れずに動かさねばならんからな。
ただし、西軍の鉄砲が使い物にならなくなるまでの間、延々とやり続ける事が出来るだろうか?
しかも一分の手落ちも無しにだ。
そして――――。
「――――河原も無限に続く訳ではない」
「あっ! 軍勢が自由に動き回れる場所にも限りがある!」
「西軍も東軍の考えにはとっくに気付いておろうな。気付いた上で東軍の策に乗っておるだ。さて、これはどちらが先に動くか我慢比べだな」
その時、東軍の後方に動きが見られた。
東軍の背後には、大小様々な岩や石が転がる場所が迫っていた。
足場が悪過ぎる。
あんな場所ではまともに軍勢を動かす事など出来まい。
有利に戦を進めていたかに見えた東軍だったが、先に我慢が切れたのも東軍だった。
対する西軍も、どこか鉄砲の音が少なくなった気がする。
あちらも限界か?
東軍の動きに合わせるように、西軍の長柄衆と馬上衆も左右に分かれる。
西軍の楯が互いの間をさらに詰め、中央へと寄り集まる。
槍を手にした
中央を徒歩衆に譲った鉄砲衆は左右に分かれ、先にも増して激しく撃ち掛ける。
ブオオオオオ――――――――ッ!
戦の
「こ、この音は何だ?」
「
ドンドンドン!
ドンドンドン!
ドンドンドン!
押し太鼓が小気味よく打ち鳴らされた。
ワアアアアアアアアアアアアアアア――――――――――――ッ!
西軍から
定石ならば楯は後ろに下げるところだが、驚くべき事に楯を先頭に押し立てたままで、西軍の
東軍の長柄衆と馬上衆が慌てて前へ出ようとするが、西軍の鉄砲は未だに絶えない。
西軍の長柄衆と馬上衆も東軍の動きを妨げる為に前に出た。
西軍の先手は止まらない。
ついに東軍先手に達し、東軍が並べた楯に西軍の楯が激しく打ち付けられた。
各所で楯の列が破られる。
そして、味方の背中と楯を足場代わりとして、槍一本を手にした西軍徒歩衆が東軍陣内へと躍り込む。
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