第23話 「ダ――――ンッ!」新九郎は異世界の荒野で銃撃された
「この先には聖域と呼ばれる場所があるんだ」
「理由は不明だが、荒れ地で唯一魔物が寄り付かない場所だ。奥地まで入った冒険者の休息に利用されている。もっとも、入る者は滅多にいないが」
「ミナは聖域に行ったことがあるのか?」
「クリスと一緒に魔法の師匠――――クリスの祖母に連れられてな」
「うんうん。不思議な場所だよねぇ」
「炊煙もそこから上がっているのかもしれんな。目印になるようなものはあるのか?」
「
「ここが深い森だった頃にはテッペンが見えないくらい高い木が生えていたらしいよぉ。でも、魔石探しのために邪魔だからって切り倒したのぉ。最後には魔法で火をかけて焼き尽くしたって……」
「師匠は心が痛むと嘆いておられたな」
悲し気な表情の二人を前に、頭の中に良くない考えがよぎる。
尋常ならざる巨石や巨木には、人智を超えた何者かが宿るものだ。
現に、大岩と大株の周囲は魔物が寄り付かぬと言う。
左様な存在を
この地が荒れ、魔物の巣窟と成り果てた原因はそこにあるのではないか?
何の証拠もないが、そう思わずにはいられない。
その後、皆の口数はめっきり減った。
嘆かわしい話を聞かされたこともあるが、山県達が炊煙を見かけた場所へと近付いた為でもある。
家臣達は周囲を経過しながら慎重に歩を進め、左馬助と山県は馬上から油断なく周囲に目を配っていた。
「あ……大岩だ! 見えたぞ!」
ミナが前方を指差す。
なだらかな土地の向こうに、ポッコリと出っ張った黒い塊が見えた。
大岩と大株まで一里は離れていようが、その姿を明瞭に捉えることが出来るほどに大きい。
目標を見据えたことで、進む速度は自然と早まる。
山県が兵らに足並みを乱さぬよう注意を促し、望月は自らの馬を動かしながら警戒を密にし始めた。
さらに半里ばかり進んだ所でクリスが口を開いた。
「あれぇ? 手前に何か変なのがあるねぇ……。ちょっと遠見の魔法を使ってみるね……」
クリスが手でひさしを作り、大岩の方向を
瞳が黄色に輝き始めた。
「遠眼鏡のような真似も出来るのか。魔法とはつくづく便利だな」
「だけどねぇ、目が霞むし疲れるから、頻繁に使いたくはないかなぁ……。ひどい時は肩こりや頭痛もするし……って、んんっ?」
「どうした? 何が見えたのだ?」
「……シンクローのお城や周りの町で見かけたお屋敷にそっくりなんだけど」
クリスの言葉に誰もが顔を見合わせる。
馬から下りて、地面に屋敷の形状を描かせてみると――――、
「……っと。こんな感じかなぁ?」
――――
「上手いな……」
「むっふっふ。特技なんだよねぇ」
「いや、そんなことよりもだ。これは明らかに武家屋敷ではないか!」
門構え、屋根の形、屋敷を囲む塀……どこからどう見ても武家屋敷だ。
しかも二つ。
うち一つは特に変わった所はないが、残った一つは屋根が大きく傾き、門や塀が崩れたように描かれていた。
「
「だって片方は本当に崩れているからねぇ。何かにバキャって押し潰されたような感じかなぁ?」
「潰れた武家屋敷か……。山県、左馬助、お主らはどう思う?」
「確証はありませぬが、我らと同じく神隠しに遭った者達やもしれませぬ」
「屋敷が壊れているのは神隠しの影響でござりましょうか?」
「ふむ……同じ日ノ本の者ならば、見捨てる訳にはいかぬか……」
「迷う必要はない」
ミナが決断を促すように口を開いた。
「困っている者がいるかもしれないんだろう? ならば手を差し伸べるべきだ」
「だねぇ。お祖母ちゃんもよく言ってたし」
「我らは若の
「思う通りになさいませ」
「……決まりだな。屋敷へ向かうぞ」
そこから先は、馬に乗っていた者も
ミナの言うように本当に困った者がいるかもしれぬ反面、こちらに敵意を持つ者がいる可能性も捨て切れぬからだ。
屋敷との距離が縮まるにつれ、ぼんやりしていた二つの屋敷の姿形は明瞭に――――。
「……あの屋敷、見覚えがないか?」
「……ありますな。いえ、見覚えどころではありませんぞ」
「あれは当家の屋敷です! 崩れた方が京屋敷! そうでない方は大坂屋敷です!」
ダァ――――――――――――――――ンッ!
響く銃声。
撃ったのは俺達ではない。
明らかに屋敷の方から響いた銃声だ。
「隠れろ!」
家臣達に命じ、ミナとクリスの手を引いて手近な岩陰に飛び込むが――――。
ダァ――――――――――――――――ンッ! バシュ!
ほとんど間を置かずに放たれた次の一発は、すぐそばの地面に音を立てて突き刺さった。
「お、おい! あれは鉄砲ではないのか!?」
「狙われてる! めっちゃ狙われてるよぉ!」
「分かっている! 絶対に頭を上げるなよ!」
外れたのではない。恐らくわざと外したのだ。
まだ一町以上も離れているにも関わらず、だ。
凄まじい腕前の何者かは、すぐに姿を現した。
「そこの者! 隠れているのは分かっていますよ!」
「大人しく姿を現しなさい!」
二人分の女の声。
隣の岩陰に隠れていた左馬助と目が合った。
あ奴も気付いたらしい。
二人して慎重に頭を上げてみると、声の主達が門の屋根から銃口をこちらへ向けているのが見えた。
玉込めの終わった鉄砲に持ち替えたに違いない。
ダァ――――――――――――――――ンッ! バシュ!
すかさず一発――――、
ダァ――――――――――――――――ンッ! バシュ!
――――さらにもう一発撃ち込んで来た。
俺達の隠れた岩を目掛けて次々と着弾する。
こんな芸当が出来る女二人組と言えば、もう心当たりしかなかった。
左馬助に「俺がやる」と目配せし、思い切って岩の上に昇り、大きく両手を振る。
「撃つな! 新九郎だ! 母上と八千代だな!?」
「新九郎? 本当に新九郎ですか!?」
「どうして若がこんな所に!?」
「詳しくは後で話す! そちらへ行くぞ!」
二人が銃口を下げたのを認め、屋敷へ単身で駆け寄る。
「皆、無事か!?」
「新九郎! 薬は持っていますか!? 傷に効く薬です!」
「
息が詰まり、声を出すことが出来なくなった。
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