第12話 「危険を冒す者。故に冒険者か」新九郎は冒険者を知った
「「「「「わああああああああああああああああああ!!!!!」」」」」
広場に再び歓声が響く。
歓声に交じって、はやし立てるような声も聞こえる。
謎の霧に大地震。
打ち続く異変の余波は消えてはいない。
赤い鎧の軍勢の話はまだ伝わっていないようだが、町の者達から不安の色は消えておらぬ。
通りを行き交う人の多さは、日頃の生活が再開したとものと錯覚させるが、不安そうに小声で話し合う者達の姿は、まだ町のアチコチで見える。
にも拘わらず、この馬鹿騒ぎ。
通行人や露店の商人は、一人の例外もなく迷惑そうな顔付きだ。
言うまでもなく、馬鹿騒ぎの張本人達はまったく気付いていない。
「参ったな……。あの人垣の向こうに魔道具店があるんだが……」
ミナが青い瓦の二階建ての建物に視線を向けた。
馬鹿騒ぎの連中が邪魔で店まで辿り着けそうにない。
「迷惑な冒険者共め……。魔法を撃ち込んで追い散らしてやろうか?」
えらく物騒なことを口にし始めた。本気ではないようだが……。
足が止まったところで尋ねてみる。
「ミナ、あの者達は何者だ? 『ぼうけんしゃ』とか言うておったが」
「異世界には冒険者がいないのか?」
「俺は聞いたことがない。望月はどうか?」
「若に同じく」
言葉少なに答える
涼しい顔をしているが、瞳は怒りで煮えたぎっている。
ミナは望月の顔を見て怪訝そうな顔をしたが、そのまま話を続けた。
「簡単に説明すると、報酬を得て危険が伴う仕事を請け負うことを
「危険を冒す者……故に『冒険者』か。どんな仕事をするのだ?」
「典型的な仕事は魔物の退治や危険地帯での希少素材の採取だ。他にも、商家の用心棒や旅人の護衛も請け負う。傭兵として戦争に参加する者もいるな」
「荒事全般を請け負うなんでも屋といったところか?」
「そんなところだ。ただ、荒事を受けるだけにゴロツキと変わらないような連中も数多い。ケンカに博打、契約不履行……連中が原因のいさかいは後を絶たん。中には腕が良く、人格円満な者もいるんだが……」
「町の厄介者か。
「町や村の外は治安が悪い。魔物もいる。故に連中の仕事は絶えることがない。嫌われ者だが、なくすことも出来ない」
「ますます厄介な者共だな。しかし、左様な荒事を
冒険者の集団には
「冒険者の腕に男も女も関係ない。私のように魔法を使える者もいるしな」
「ほう……。日ノ本の女子も侮れぬが、異界の女子はなお侮れぬな。常日頃、戦いの中に身を置いているとは」
「異世界では女性は戦わないのか?」
「時には武器を握らねばならぬこともある。だが、戦いを
話しつつ、冒険者の女子達に視線を向けた。
見ているうちに分かったことだが、騒いでいるのはほとんどが男の冒険者のようだ。
女子達は同じ場にはいるものの、男達の様子を呆れたような、疲れたような様子で見ているだけだ。
人の輪から外れた場所で、女だけで固まって話している者もいる。
……馬鹿騒ぎする男に女が冷ややかな視線を送るのは、日ノ本も異界も変わらぬらしい。
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!」」」」」
そこでまた大きな歓声が上がる。
先程から歓声続きだ。
一体何が楽しくてそこまで盛り上がっているのか?
三人で集団に近寄った。
「おい。これは何の集まりだ?」
ミナが手近にいた男の冒険者に声を掛けると、そ奴は面倒そうに振り返った。
「何だよ! 邪魔すんじゃ……げっ! あ、あんた――――いや、あなた様は辺境伯様のお嬢様っ!」
慌てているらしくやたらと『様』が多い。
「先日ケンカ騒ぎを起こした奴だな? 今日は何をしている?」
「きょ、今日は何も悪さはしてませんぜ! 腕試しの見物をしているだけですよ!」
冒険者が立ち位置を変えると、人だかりの隙間から奥が見えた。
そこでは一体の
堅そうな木の棒を芯にして、その周りをワラで巻き、胴体と手足らしき形に仕立て上げられている。
なんとなく巨大なワラ人形にも思える見た目だが、これだけなら普通の
注目すべきは見るからに頑丈なその造りだ。
まず、芯に使われている木の棒は男の二の腕ほどの太さがあり、斧やノコギリでも切るのに手間取りそうだ。
さらに、何重にも巻かれたワラ束も男の胴体程度の太さがある。
木の棒を背骨に、ワラ束を肉や脂に見立てれば、まるで人間の身体を再現しているかのようにも思えた。
鳥や獣を脅かす案山子の役割を考えれば、明らかに過剰な造りだ。
そんな案山子の胴体には、刃物で切りつけた痕があちこちに残っていた。
さらに、人垣の端には傷付いた案山子が何体も転がされている。
「今朝この町にやって来た行商人が賞金付きの腕試しをはじめたんですよ!
「少しよいか? 金貨と銀貨は
俺が尋ねると冒険者は目をパチパチとさせた。
「えっと……お嬢様? このけったいな格好の男は新しい従者ですかい?」
ミナは知ってか知らずか即座に否定した。
「違う。こちらは当家の客人だ」
「へ、辺境伯様のお客人!?」
「左様。遠方から参ったのでな、こちらの事情に
「へ、へいっ!」
冒険者は慌てて説明を始めた。
「シュ、シュヴァーベン帝国じゃあ、銀貨百枚で金貨一枚になりやす! 金貨一枚ありゃあ、俺達冒険者なら一年間は飲み食いと宿代に困りませんや!」
「人一人が一年間暮らせる額が賞金とは破格だな。成功した者はいるのか?」
「まだ誰も成功してないんですよ! かく言う俺も三回挑戦して三回とも失敗しちまって……」
その言葉に、ミナが即座に反応した。
「失敗続きの貴様がここに残っているということは……腕試しの成功、不成功で賭けをしているな?」
「へっへっへ。お気づきでしたか! でもまあ、賭けにも負けてすっからかんなんすけどね……」
冒険者が涙目で肩を落とす。
その間にも次々と挑戦者が現れ、案山子を上下真っ二つにすべく真横に剣を振っては次々と失敗していく。
連中が使う武器は両刃の長剣。
ミナが持っていたのと同じ反りのない直刀だ。
この腕試しに最適な武器だと考えたのだろう。
刃が大きく、案山子など簡単に両断出来てしまいそうに見えるからな。
だが、よく斬った者でも刃は案山子の芯あたりで止まってしまう。
ワラだけなら力任せに叩き切ることが出来たかもしれぬが、あの芯は曲者だ。
柔らかなワラ束の中に、硬い木の芯が突然現れるのだからな。
硬さが異なれば自ずと剣の振り方は変わる。
人間の身体も、肉は斬れても骨を断つのは難しいからな。
加えて胴回りの太さ。
半分でも斬れた者はよくやった方と言える。
やたらと力任せに剣を振り、斬るどころか案山子を土台ごと倒しただけの者もいるのだからな。
案山子の特徴に気が付けば挑み方も変わろうが、そんな様子は
失敗が積み重なったことに賭けも絡み、誰もが冷静さを失っている。
やがて長剣が悪いのだという意見が飛び出し、斧や
果てには
もっと他に考えるべきことがあると思うんだがな――――。
俺は腕試しの観察を続けた。
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