第11話 「礼儀を知らぬ者共め」望月は瞳に殺意を宿した

「これが異界の町にござりますか……」


 ネッカーの町の門をくぐると、左馬助さまのすけが興味深そうな口ぶりで呟いた。


 右腕に抱えた細長い包みが邪魔そうに見えるが、器用に身体の向きを変えて周囲を見回している。


 まるで、京や大坂の町を初めて訪れた者を見るようだ。


 物見遊山は後にしておけ、と言いたいところだが――――、


「――――これでは馬を走らせることは出来んな」


 辺境伯の屋敷へと向かう通りは、昼間故か人通りが多い。


「ミナ、常歩なみあしで進もう」


「私達は伝令のようなものだ。町中で馬を走らせても咎めはないぞ?」


 本来は安全の為に町中での騎乗は許されないそうだが、貴族の当主と伝令だけは許されているらしい。


 ミナはそのことを言ってくれているのだが、俺は首を横に振った。


「お屋敷まで幾許いくばくもあるまい? 無理に急いで、民に怪我でもさせては詰まらぬ」


「……分かった。ならそうしよう」


 頷いたミナは先頭に立ち、通行人に注意を促しながら馬を進めた。


「思ったより見通しが悪うござりますな。お屋敷もまだ見えませぬ……」


 左馬助が呟く。


 ネッカーは小さな町なのだが、通りの両側に建物が隙間なくひしめき合っているせいで、壁のように視界を遮っているからだ。


 おまけに通りは『くの字型』をしており、くの字の屈曲部分より先の風景も見通せない。


 こうして通行人と視界に難儀をしつつ、くの字の屈曲部分にある広場に出た。


 これで屋敷まであと一歩の距離だ。だが――――、


「くっ……! なんだこの集まりは!」


 ミナが悪態をつく。


 広場の一角で百人近くの者達が集団で輪を作つくり、決して狭くはない範囲を占拠しているのだ。


 その分だけ露店や人通りが圧迫されてしまい、広場にも関わらず人の流れが滞っている。


「すまない! 通してくれ!」


 ミナが叫ぶ。


 気付いた者達が急いで道を空けようとするが、肝心の集団は何かに熱中している様子で歓声を上げ続けており、こちらには全く気付いていない。


 仕方なく、人や露店を避けながら綱渡りのように馬を進ませる。


「おい! あの馬を見ろよ!」


「ポニーか? ロバか? 大の男が何に乗ってんだか!」


 嘲る様な声が聞こえてきた。


 声のする方に視線をやると、歓声を上げていた者の何人かが俺と左馬助の馬を指差してゲラゲラと笑っている。


 剣や槍を手にし、胸や肩には防具らしきものを身に付けた者達だ。


 武装はしているが、辺境伯の兵士とは明らかに装備が違う。


 おまけに各々の武装がてんでバラバラだ。一体何者なのだろうか?


 ミナが舌打ちをした。


「また冒険者共か。絡まれると面倒だ。相手にするな」


「『ぼうけんしゃ』?」


 問い返したが、ミナはさっさと前方を向いてしまった。


 仕方がない。後でまた尋ねるか――――


「若……」


 左馬助が静かに馬を寄せた。


 目が完全に冷え切っている。


 町の様子を興味深げに見回していた時の楽し気な雰囲気はどこにもない。


「……お主には指輪を渡しておったな」


 左馬助の左手には、ミナから借りた指輪がはめられていた。


 例の、言葉を理解できる魔法とやらが込められた指輪だ。


 当然、連中の嘲笑ちょうしょうは左馬助にも理解できたのだ。


 冷え切った目から静かな殺意が立ち昇っている。


「礼儀を知らぬ者共でござりますな」


「他人の馬を笑いものにするなど無礼極まる。連中を斬り捨て、汚名をすすがねばならん。本来はな」


「捨て置いてよろしゅうござりますのか?」


 右腕に抱えた細長い包みをスッと持ち上げる左馬助。


 人の背丈近くの長さがある紫色の包みだ。


 これを持ち出すと言うことは、要は連中を斬るべきだと、そう言いたいのだ。


 恥辱を与えた相手を野放しにするは、侍にとってこの上なき名折れだからな。


 だが――――、


「――――捨て置け。騒ぎを起こしても得はない。辺境伯のご迷惑となるだけだ」


「…………」


「俺が耐えるのだ。お主も耐えよ」


「承知ました……」


 引き下がる左馬助。だが、冷え切った目は元に戻ってはいない。


 連中を無視し、ミナの背中を追いかける。


 背後から更なる侮辱の言が聞こえてきたが相手をしていられない。


 そんな暇も余裕も今はない。今は、ないのだ。


 人で溢れた広場を通り抜け、やっとの思いで辺境伯の屋敷にたどり着く。


 ただちに辺境伯へ面会し、事の仔細しさいを報告した。


 領地が丸ごと神隠しとなったことに、辺境伯はもとより同席した奥方やベンノも驚きを隠せなかった


 互いに争いは避けることでは一致したものの、完全にけりはつかなかった。


「一晩考えたい。お時間をいただけますか?」


 辺境伯の提案でその場はお開きとなる。


 しかし、そのまま屋敷で時を過ごすつもりはなかった。


 他にもやっておきたいことがあるからな。


「翻訳魔法の指輪の値段?」


 俺の申し出に、ミナや奥方は怪訝な顔をした。


「こちらにいる以上、あの指輪は欠かせぬ道具。さりとて貴重で高価な品をいつまでも借りておく訳にいかぬし、タダでくれとも言えぬ。故に、あれが如何ほどの値がするものか調べたいのだ。購入するためにな」


「なるほど……。ですが、サイトー殿はこちらの貨幣をお持ちではないでしょう? 対価はどうなさるおつもりなのですか?」


「我が領地から換金出来そうなものを持ち込む所存。値が分かれば、相応の価値あるものが用意できましょう」


「この町で商売でも始める気か?」


「営業税はキチンと支払っていただきますからね」


 呆れるミナに対し、奥方は笑顔のままサラリと言ってのけた。


 抜け目の無いお方だ。


「もちろん。こちらの法には従いましょう」


「サイトー殿の言質はいただきましたからね? それではミナ、サイトー殿をクリスティーネさんのお店にご案内して差し上げなさい」


「わ、私が案内するのですか!?」


「当家の税収を増やすためです。あなたも当家の騎士。騎士ならば、主君のためにしっかり働いてもらいます」


「分かりました……」


 抵抗を諦めるミナ。


 奥方に口では勝てぬことを理解しているようだ。


 こうして、俺達は再び町へ戻った。


 今度は馬はなし。徒歩で通りを進む。


 左馬助は例の包みを肩に担ぐようにして持ち運んでいた。


 万一の為にと持ち込んだものだったが、売り払って指輪の購入資金に当てるのも有りか?


 左馬助は怒るかもしれんがな。


 そんな事を考えていると、ミナが渋い顔で口を開いた。


「店は広場に面しているんだが……」


 人で溢れかえった広場を思い出しているのだろう。


 いや、例の『ぼうけんしゃ』とかいう連中を嫌ってのことかもしれんな。


 次第に広場が近付き――――、


「「「「「うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」」」」」


――――あの歓声が再び耳に入った。

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