第10話 「討ち取った魔物で山ができておりましょう」家臣達は平然と答えた
「
「
二人が名乗ると、ミナはおかしな顔をした。
「すまない。今、何と申された?」
「どうした? 聞き逃したのか?」
「そうではない。お二人の言葉がまったく理解できないんだ。耳にした事のない言葉だ。名乗っておられる事は理解できるが……」
「そんな馬鹿な……」
振り返ると、山県と
「もしや、ミナの言葉が理解出来ぬのか?」
「九州や
「何とおっしゃっておられるのか、まるで見当がつきませぬ。若は異界の言葉を学ばれたので?」
「若が神隠しに遭われてから七日しか経っておらぬぞ。言葉とは、左様に早く話せるものか?」
「七日とはどういうことだ? 俺がこちらへ来たのは昨日のことだぞ?」
「そんなはずはござりませぬ! それがしが若を見失ったのは間違いなく七日前!」
「望月殿の申される通りにござる。領地周辺の状況をご報告しましたが、昨日の今日で分かるものでもござりませぬ」
「それはそうだが……時の差が、言葉の通じる、通じないに関りがあるのだろうか?」
「あるいはそうなのかもしれませぬ」
「いずれにせよ、我らには答えが出せそうにありませぬな」
「うむ……神隠しだからな。この話は一旦棚上げだ」
「おい。どうなっているんだ?」
ミナが困った顔で俺に話し掛けた。
訳を話すと、懐から指輪を一つ取り出した。
「魔法とやらを使う指輪か? いや、石の色が違う?」
左の中指にはめている指輪――昨日、ミナを組み伏せた時に取り上げた指輪には、赤い石が付けられていた。
だが、ミナが懐から取り出した指輪は
「左手の指輪は魔法具という。指輪以外にも杖や首飾りなど形状は様々だが、己の魔力を込め、魔法を発現するために使う。私のような魔法師でなければ使い物にならないものだ。対して、こちらの指輪は魔道具と呼ばれる。特定の魔法しか使えない代わりに、魔法師以外でも使用可能だ」
「なんと! 魔法が誰にでも使えるのか!? して、その指輪は何の魔法が使える!?」
思わず身を乗り出してしまった。
「ええい! 近付き過ぎだ! この指輪には風の魔法が込められているんだ! 言葉を訳し、理解出来る翻訳魔法だ! これを使えば自身の言葉を他者に伝え、他者の言葉を理解することが出来る!」
「そんな便利なものがあるのか!」
「ただし貴重で高価な品だ。腕の良い魔道具師と希少な素材を必要とするからな」
「用意が良いではないか」
「お母様とベンノが持たせてくれたんだ。役に立つかもしれないから念のためだとな」
ミナは説明を終えると、指輪をはめて山県と望月に話しかける。
二人は目を丸くした。
「指輪一つで言葉が……なんと不可思議な。
「異界に飛ばされたのだと実感しますな……」
しげしげとミナの指輪を見つめる二人。
この際だ。
異界のことをより深く理解させるためにも、魔法の一つも見ておいた方が良いかもしれぬ。
「ミナ、二人に魔法を見せてやってはくれぬか?」
「何?」
「日ノ本には魔法がない。こちらのことを知るためにも、二人には早いうちに見せておきたいのだ」
「そういうことなら……」
「よろしく頼む」
「どんな魔法を使えばいい?」
「昨日見た風の魔法は目で捉えづらい。はっきりと見えるものがよいな」
「炎や雷はどうだ?」
「面白そうだが、あまり派手にすると森に残した家臣を心配させてしまう」
「注文が多いな……。では水だ。水流を起こしてみせよう」
ミナは森とは反対を向き、呪文を唱え始めた。
「水の恵みよ、我が地を濡らせ!」
何もなかった宙に水が渦巻き、瞬く間に馬くらいの大きさの水球となる。
ミナが細い立木を指差すと、あたかも巨大な蛇がうねるかの如く形を変えて飛び行き、一撃で幹を粉砕してしまった。
言葉を失っている二人に話し掛けた。
「
「は……良きものを拝見しました……」
「山県殿に同じく……」
二人が神妙な態度で頷き合った。
まだ驚きの色は消えておらぬが、既に万一が生じた時のことを考え始めたらしい。
戦となった時のことをな。
我が身一つならともかく、領地が民百姓ごとこちらへ飛ばされたとあっては、守る術を
ミナや辺境伯とは争いたくはないが、これは俺の願望に過ぎない。
敵となり得る者の力は知っておかねばならんのだ。
山県と左馬助は家中でも重きをなしている。二人が理解すれば、家中全体に広がるのも早かろう。
これも
「魔法はもういいのか?」
「十分だ。手間を掛けたな」
「それはそうと、森にいるのはシンクローの兵なのだろう? 当家としては早く退かせて欲しい」
「もちろんそのつもりだ。山県」
「はっ」
「直ちに兵を退き、領地の守りを固めよ」
「……よろしいのですな?」
山県が念を押すように問う。
辺境伯は敵にはならぬのかと尋ねているのだ。
「案ずることはない。それよりも、この地には厄介な連中がおる。魔物と言われる異形の怪物どもだ。ミナ、話してやってはくれぬか?」
ミナが主だった魔物の話を山県と左馬助に説明する。
俺が戦った『ごぶりん』以外にも『こぼると』や『おうく』などと申す魔物がいるらしい。
この三種は特に数が多く、それ
「そ奴らには出会いましたぞ。とりあえず『小鬼』、『犬頭』、『大猪』と呼んでおりました」
「怪しげな見た目をしておりましたので兵に狩らせております。今頃森では討ち取った魔物で山が出来ておりましょう」
「そう言えば一つ目鬼のような魔物もおったな」
「あれには多少てこずりました。何せ頑丈にござりましたから」
二人が事も無げにそう言うと、ミナが驚きをあらわにした。
「サ、サイクロプスまで討ち取ったのか!? 熟練の戦士が束になっても手を焼く相手だぞ!?」
「ほう、左様な化け物だったとは」
「大人数で取り囲めば、なんとかなるものでござる」
「あ、あなた方は魔物を初めて目にされたのだろう? どうしてそのように平然としているのだ?」
ミナの問いに、二人はやはり平然と答えた。
「井伊や島津を相手に戦った時の方が余程恐ろしゅうござる」
「然り。連中を鬼とはよく言ったものにござります」
「魔物より恐ろしい連中……異世界とは一体……」
ミナが肩を落とす。
異世界に対する憧れが音を立てて崩れておるのかもしれんな。可哀想に……。
心中で手を合わせておいた。
「では、それがしはご命令通り引き上げまする。行き掛けの駄賃代わりに魔物を狩りますが、よろしゅうござるか?」
「むしろ徹底的に狩れ。民百姓に害が出てからでは遅い」
「はっ!」
「若はどうなさりますか?」
「俺は辺境伯に話がある。
「では供を選び出し――――」
「左馬助が供をせよ」
「……よろしいので?」
「よい。大人数で赴いても、言葉が分からぬでは仕方あるまい。この地の者を無用に刺激することも避けたい。心配するな。明日には戻る」
「はっ!」
「心得ました!」
こうして、俺は再びネッカーの町へ戻ることとなった。
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