第9話 「領地丸ごと神隠しだと!?」新九郎は驚いた
「若っ! ご無事でっ!?」
「この通り怪我一つない。また会えて嬉しいぞ!」
「はっ! ご無事で何よりでござります! しかしながら我らは若をお守りできず……。この上は一同腹を切ってお詫びする所存!」
「馬鹿を申すな! 地震に敵う人間などおらぬ。
「お許し下さるので……?」
「許すも何もない。不問だと申したであろう?」
「有難きお言葉……」
左馬助は目の端に涙を浮かべて顔を伏せた。
「常日頃、冷静なお主が
膝を突き、左馬助の肩に手を置いた。
「我らの身に何が起こったのか、お主は存じておるか?」
「詳しくは分かりませぬ。美濃とは異なる何処かへ来たのだとしか……」
「俺は神隠しだと思うことにしておる。他に心当たりもないのでな」
「神隠し、にござりますか?」
「現実味のない話であろう?」
「
「相変わらず
「若ほどに落ち着いてはおりませぬ。動揺しております」
「抜かしおる。それはそうと、他にもこの地へ来た者がおるのだろう?」
「はっ! 森に控えております」
「森から赤い鎧の軍勢が現れたと騒ぎになっておるのだ。ほれ、あの石の塊のようなものが見えるだろう?」
ミナや黒金を残してきた砦を指差した。
「あれは物見の砦でな。この地の領主の兵が詰めている」
「やはりそうでしたか。若をお探し申し上げる内に森の外へと出てしまったのでござりますが、無用な争いを招いては詰まらぬと思い、皆で森の中へ退いたのです」
「良い判断だ。他の者は何人いる? 伝令は数百人もの兵が現れたと申しておったが、さすがに言い過ぎであろう。俺と共に京へ向かった者は五十人程度だからな。そう言えば、わざわざ
「実は、森に控えるのは若にお供した者達だけではござりません」
「何と! 他にも神隠しに遭った者がおるのか!?」
「者……と申し上げればよいのか……。とにかく、それがしより詳しいお方がおります」
左馬助が森に向かって手を挙げると、森の外へと出て来る者が一人。
小走りにこちらへ向かってくるのは、三十代半ばの
男の全身を包むのは赤い甲冑に赤い
まさに赤備えそのもの。そして、左馬助同様にこちらもよく知る相手だった。
「
「ご無事でなによりにござります」
山県は左馬助と同じく当家の家臣であり、家中きっての戦上手。
信頼する家臣の一人だが、山県が現れたことに俺は驚きを隠せなかった。
「お主には領内での
「若の申される通り、確かに留守居をしておりました。三野郡から一歩も出てござらん」
「一歩も出ずに神隠しに遭うのか……?」
「神隠し?」
「山県殿、若は此度の出来事を神隠しと申されたのです」
「左様か。ならば、神隠しの意味を考え直さねばなりませぬな」
「何? どういう意味だ?」
「驚かずにお聞きください。神隠しに遭ったのは人だけにござらぬ。三野郡全てでござる」
「三野郡全て? まさか……土地が丸ごと神隠しにあったと申すか!?」
「土地だけではござりません。城も町も、村、田畑、山、川……家臣から民百姓、牛馬にいたるまで、ことごとくにござる」
「若、森の向こうにそびえる山々の形に見覚えはござりませぬか?」
昨日、ミナと森を出た時は濃い霧が山のように立ち込めていた。
霧の代わりに現れた山々は、京から三野郡へ戻る道中、何度も目にしたものだった。
「……こんなことがあってたまるものか!」
「ご心中お察し申す。さりながら現実にござる」
戦場で鍛えた山県は、こんなときにも淡々とした口調だ。
だが、膝に置いた拳は強く握りしめられている。
山県でさえも、動揺の色が見られた。
……これ以上、俺が騒ぎ立てることは出来んな。
主君の顔を見せねばならん。
「領内の様子はどうなっておるか?」
「しからば申し上げます。領内では筆頭家老の佐藤様のお指図で各所に兵を配し、民の動揺を鎮めております。今のところ大きな騒ぎは起きておりませぬ」
「さすがは佐藤の
「領内はともかくとして、領地の外が気掛かりでござります」
「西については案ずるな。西は俺が世話になっておる領主が治める土地。話せば事情を汲んでもらえよう。他はどうか?」
「まず北にござるが、
「三野郡がスッポリ入った上に釣りが出る広さだな。遠方の山とやらにたどり着くだけでも数日は必要であろう。家臣の配置は?」
「北へ
「領地の外には兵を出しておらんのだな?」
「はっ。佐藤様から、領地から一歩も出てはならぬ。あくまで守りに徹するようにと厳命されております」
「重ね重ね、さすがは佐藤の爺。俺の意図をよく見通しておるわ。こんな時に戦にでもなれば目も当てられん」
「若のお言葉を聞けば佐藤様もお喜びになりましょう」
山県はそこで言葉を切った。
いつもなら『御下知(おげち)を』と決断を促してくるのだがな。
多少は加減してくれているらしい。
出来た家臣は有難いものよ。
「あの砦に、領主の娘が来ておる。お主らを引き合わせよう」
二人を促し、砦へと足を向けた。
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