第7話 優しさは猫をも殺す

 働きたくない。ただその一心だった。


 外は寒いし、職場は血生臭いし、何一つだっていいことがない。


 そしてなにより、隣で私の腕を枕にして寝ているこの子が、私のやる気を殺ぐ。


 言語化できない可愛さ。どういう原理で成り立っているのかわからない。とても自分と同じ世界にいる人間とは思えない。


 そんなメイが、私がプレゼントしたネックレスを着けて、この距離で寝ている。これ以上ない至福。


「······守りたい。」


 八釘について部下の調べさせた。すると正体は案外すぐにわかり、マフィア組織『クリメイション』の総長であった。


 クリメイション、あまり聞かない組織だが、八釘は要注意人物だ。生半可な組織を作るはずがない。


 それに八釘は、メイのことを知っている。いざというときにメイを狙う可能性は十分すぎるほどにあるのだ。


 絶対に、指一本、視界に入れることさえも許さない。△の件がどうなっても、メイのことを最優先とする。


 ······メイはどうして、マフィアの私と付き合ってくれているのだろう。


 そんな疑問がふと浮かんだ。メイは私がマフィアだと知っているし、どんなことをしているのかも大概わかっているはずだ。


「恵梨さん、どうしたんですか?」

「いや······、メイが私と付き合ってくれたのが不思議で······。」


 まだ開ききらない目でこちらを見つめてくる。

 純粋無垢と言おうか、私とは相反するようで、考えると目を合わせるのすら躊躇われる。


「不思議?僕は恵梨さんのこと好きだから付き合ったんですよ?」

「いや、その、私はマフィアで、ろくでもないことばっかしてるわけで······。」


 口にするには辛いが、これはいい機会だと思う。メイの本心を知りたい。


「僕は······、屑なのかもしれません。」

「それはない。断じて、間違いなく。」

「そう思ってくれることは、ありがたいんですけど。」


 居ずまいを正して、真剣な眼差しを向けてくる。


「正直、僕は見ず知らずの他人がどうなっていようと、興味もなければ感情もそう湧きません。」

「うん。」

「なので、恵梨さんが誰かを殺したとして、それで本人も、その家族も、友達も、苦しんでいたとして、」

「うん。」

「僕は別にどうだっていいんです。誰でもない他人がどんな目に遭おうと、どうでもいい。死のうが苦しもうが。」


 そう話すメイは、まるで自分に落胆して、自らを非難しているようだった。

 心底苦しそうにしているメイを見て、疑問とともに感心した。


「当たり前だよ、それ。」

「······へ?」


 きょとんとしたメイに、続けて話す。


「結局多くの人間は自己中で、なんなら他人の不幸で幸せになるやつだっていくらでもいる。」


 私が殺してきた人間の大半も、そんな人間ばかりだった。


「それに比べメイは、友人、家族、その他自分の人生に関わる人間のほとんどに慈悲をかけられる。優しすぎるくらいだよ。」

「でも······!」

「他人の苦にいちいち反応してるのは、優しさとは言わない。」


 メイに必要なのは、自己肯定と『優しさ』の理解だと思う。


「過ぎた優しさは、本当に大切な人を傷つける。」


 自分の感情とは別に、その行き過ぎた思い込みが自らを苦しんでいる。優しさの危険性を、私はよく理解しているつもりだ。

 だから、メイにはほしくない。


「大切なのは、自分の感情のままに優しくあることだよ。」

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