第2話  全速力であの子のもとへ

 マフィアとは、もとはイタリアのシチリア島を起源とする組織犯罪集団であり、海外のヤクザ、と言ったところだった。


 この日本の裏社会では、極道にヤクザ、テロリスト、どころかもっと大きななにかがうごめき、しのぎを削っている。


 その中で、マフィアは異質な存在と言えるだろう。マフィアは時を経てニュアンスが変わってきている。特に異国、日本では。


 海外のマフィアの認識は先の通りだが、日本では『比較的武力が高く、進歩的な犯罪組織』と考えられる。


 そのため、私達は他の組織よりも警戒されやすく、同時に下手に手をだそうとしてくる者も少ない。


 が、稀にその未知の武力に興味を持ち、ふらふらと寄ってくる虫もいる。


「撃て!蜂の巣にしろ!!」


 怒号と銃声はこの寂れた倉庫に響き渡るものの、戦闘は現在停滞状態にある。撃って、隠れて、撃って、隠れて、の繰り返しを互いに続けているのだ。


 だが、それも直に打ち破られる。こちらも、おそらく相手も、特攻隊を用意している。勝敗はこれにかかっているだろう。


 が、そんなことより。私が気が気でないのは、勝敗でも生死でもなく、時間。メイとは七時半に帰り、一緒に録画していた映画を観ると約束していた。


 ここから家まで最速でも十五分はかかる。現在七時五分。早く、早く終われ!終われ!


「てめえらっ、どっから!?」


 相手側の悲鳴に似た叫び声。おそらく、特攻隊の用意がこちら側の方が一歩早かったのだろう。


 死体が転がり、さすがに血生臭くなってきた。汚れならまだしも、この臭いはなかなかとれない。


 次第に怒声も収まってきた。銃声も気付けば緩やかなリズムになっている。


「ボス、もう終わりそうです。」


 よし、あとは最速で用事を済ませ、一刻も早く家に帰るだけだ。


 ······が、そう上手くいくことはなかった。


 倉庫の奥の、頑丈な鎖で固く閉ざされた大きな扉。それが一気に吹っ飛び、中からは白い煙とえげつない臭い、そして、人間離れした巨体をもつ男が現れた。


 これが、こいつらの最終兵器か。おそらく例の人体実験のサンプルだろう。


「下がれ、お前ら。」


 部下達に声を飛ばし、自分は最前線に立つ。側近の制止は耳に入れない。


「おい、デカブツ上裸。聞こえてるか?自我も理性もなさそうだが······、」

「ウ······、ウルアァァァァー!!」


 鼓膜が破れそうな大声。唾を飛ばしながら、ただその虚無感を周囲にぶつけようと必死なようだった。


 そして、叫び声が止むと同時に、その剥き出しになった血色の悪い腹に9ミリ弾を一発撃ち込んだ。


 血はあまり出ない。実験の影響か、巡っている血が常人よりも少ないのだろう。


 その傷の痛みも感じていないのか、当たり前のように足を踏み出し、その長過ぎる腕を振り回して攻撃してくる。


 距離はざっと三メートル弱あるはずなのだが、こいつはでかすぎる。


長谷はせ日山ひやま、手出すな。全員表出てろ。」

「んな、でも······!」

「いい。それだけアサルトライフル貸せ。」


 投げられた銃を持ち直し、リロードを済ます。軽量型だが、威力はそこまで低くない。


 この化物の耐久性がどれ程かはわからないが、確実に急所と思われる部位に全弾撃ち込めば、なんとかなるだろう。


「お前に長々構ってる時間はないんだ。三分で終わらす。」


 狙いは、下腹部のどす黒い痣。明らかにダメージが集中しているように見える。


 銃口は確かに奴の痣に狙いを定めた。眼球は薄い膜に覆われていくような感覚にある。······よし、



「長谷さん、大丈夫なんですか?」

「ん、ああ、お前見たことなかったなあ。」


 考えてみれば、日山もそう古株ではない。つい先日、特攻部隊長になったばかりだった。


「ボス一人なんて、いくらなんでも無謀過ぎますよ!」

「ハッ、安心してろ。あの人、さっきのデカブツよりもよっぽど化物だ。」


 組織の中でも見たことがあるのは数人のみ。あの人が本気を出せば、どんな相手も一捻りとなってしまう。


「それって、どういう······、」

「さあな。」


 会話はそれで終わる。あの人の秘密には、立ち入らないほうがいい。

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