第73話 もうこの命はぁっ、お兄ちゃんのものだぁぁっっ!








『アンタをいたぶる事でオマエの兄さんは楽出来てんだよ! 』


《ドカッ……ドカッ……》


 『……いちせ(一星)もアンタに感謝して貰わないとね―っ』


 《ドカッ、ドカッ》


『小さい頃のヤツは《ドカッ》もっと泣き喚いて楽しかったんだよ!』


 《ドカッ……ドカッ……ドカッ……ドカッ……》




 ―――お兄ちゃんを巻き込ませるもんか…






  : + ゜゜ +: 。 .。: + ゜ ゜゜ +:。. 。.







 ルナの苦しみの一端は自分にあるのかも知れない。

 ――― 親の暴力から守る決心をする兄、一星。


「明日からなるべく学校から一緒に帰るよ。家でも出来るだけ一緒にいよう!」


 だからいつも一緒だった。

 家へは出来るだけ遅く向かう。




 帰り道、夕暮れ時。


 ルナの手を取りしっかり握る兄。それ以上でもそれ以下でもない絶対的安心温度。


 その愛おしい温もりにぎゅっと握り返すルナ。燦めく瞳で指差す先に、



「あ、お兄ちゃん、一番星 !!」

「うん。ホラ、月もキレイだよ、ルナ」




[ ▼挿絵 ]

https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16817330664814672321





 しばらくして学校では表向きイジメは減って来たが、実は更に陰湿化して継続。

「お前、兄に言いつけたんだろ」

 となじられ、しょっちゅう物が無くなりハブられ続ける。 消しゴム、鉛筆、筆箱、教科書……買直し。



 それにより家では親に叱られまた虐待。凍える寒い冬に薄着で外へ出される事もしばしば。


 湯で温めた保冷剤をカイロ代わりにして妹にこっそり渡す兄。



 その後、学校では兄の目が届かぬよう女子トイレで続く虐め。言葉で罵りまくり、小突き回し、やがて一人が頬を張ると、エスカレートして取り囲む全員がマネる。

 諦め顔で涙一つ溢さないと、泣けよ、とばかり髪を掴まれ引きずり回し、水責め、果ては衣服剥ぎ取りの羞恥責め。

 遂にはトイレの水を飲めと迫る。涙を溢すか土下座する迄なぶられた。


 また、そうした輩の中にはルナを助ける兄の行動が気に食わず、イジメグループの兄や年上の仲間達に兄・一星は呼び出され、取り囲まれてリンチされたりもした。



 キズだらけで家に帰ると激しく心配するルナ。


「お兄ちゃん……それ……私のせいなの?……」

『ルナ……心配しないで。大丈夫』




[ ▼挿絵 ]

https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16818093078174988720




 いつもの優しい目とその言葉。そして頭にポンと置かれた温かい手。それはまるで魔法にでも掛けられたかの様に、いつでも安心させられてしまうルナ。


 兄は根本解決を計り妹の担任に掛け合うも、今迄の放置が明るみに出るのを恐れた担任は、その事実を隠蔽し、更に兄を『休み時間、妹の教室までやって来て付きまとう異常なシスコン兄』として噂を流布。兄妹は更に窮地に立つ。

 

 だが兄はメゲなかった。悔しくてもっと鍛えた。

 お陰で実力がメキメキ伸びて道場の仲間からは天才扱いされ出した。


 学校ではギリギリの時間までルナを見守り先生に叱られ、家では虐待から守るため出来るだけルナと一緒に過ごしたが、それでも虐待は続いた。


 家に帰ればある時などは酒乱の父親にキレられたルナは熱湯を浴びせかけられる。「危ない!」と寸前で庇う兄。

 その背中にはもう消えることのない大火傷の跡が残った。


 ルナを守るために片時も目を離せない限界的状況と二人にとっての地獄の日々。



 そうした中、兄はどうにかしようと特訓ばかりしてる内に成績が下がって行き、ある時テストでかなり悪い点をとって帰った。

 ここぞとばかりガタイのいい再婚相手と共に夫婦で容赦の無い暴力的虐待を受ける兄。


「お前なんか妹がいなけりゃもっとこうなってたんだよっ!」


 夫婦で殴るケルを続けた。見かねたルナが怯えながらも思わず身を挺して庇う。


「お兄ちゃんは悪くないの! 私のせいだからやめてっ!……ぎゃっ……」


 居間の端まで義父に蹴り飛ばされるルナ。


「ルナ、来るな、危ないから下がってろっ!」


 やっぱりルナがいなかったら今まで僕がこうなってたんだ……ルナはずっと身代わりになってくれてたんだ。

 ……でなきゃ、きっと僕は潰れていただろう。

 だけど、こんなんじゃダメだ! どうにかもっと守ってあげないと! 例え命を削ろうと!


「ルナは何も悪くないじゃんか! 罪もない者に手を出すな! それ以上やるなら……」

「何だとぉ、ゴルァ~ッ!」





[ ▼挿絵 ]

https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16818093078174994282





 命懸けで抵抗する兄。一矢でも酬いて嫌がられる事で少しでもルナへの虐待を減らせればと―――。


 その空手技で顔面をボコボコに出血させるも相手は格闘技経験者のマッチョ男。小学生が敵う筈もない。

 すばしこく戦うもやがて捕らえられ、立ち上がれない程の半殺しの目に逢う兄。


 だがその目だけは死んでいなかった。血ダラケの顔で尋常ではない睨みを続ける兄。

 畏怖した義父はそれを断ち切ろうと血相を変えて更にシバキ続けた。


 だがその形容しがたい怨念に満ちた様な目がどこ迄も追って来る。恐怖すら抱く義父。寝首を掻かれるかもと思わされた。実際、兄にはその位の覚悟が有った。


 ……今は戦わずして勝つ。そのうち手を出す事が怖くなるくらい強くなればいい!


 義父の体格を考えるとそれは未だ未だ到底無理だった。だが生き残った兄はその後も黙々と鍛え続けた。


 そしてその狂おしい程の何かに怯えた義父は兄の前でルナを虐待するのを控え、以後は陰でやるようになった。

 

 その命懸けの闘いで暴力が半減しただけでもルナにとっては救いとなり、兄に感謝した。





  : + ゜゜ +: 。 .。: + ゜ ゜゜ +:。. 。.






 その後、兄は成積も落とさずジュニア大会で優勝。道場にも恩返し出来たことで、師範に事情を話して更なる助力を嘆願した。

 そう、妹も特待生を認めてもらい一緒に練習させて欲しいと。勿論快く受け入れてくれた。




 そんなある日



「ルナ、いつも大変な目に会ってツラくないか?」




[ ▼挿絵 ]

https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16818093077207853769



 どんな時でも気にかけて見守り続けてくれるその優しい眼差し。 大好きだった。




『私の空にはいつでも一番星があるから平気だよ』


 ――そう思いながらも照れ臭くて口には出せなかった。別の言葉で、


「う……ん……お兄ちゃんがいつも助けてくれるから全然大丈夫。お兄ちゃんさえ居てくれたら私は何もこわくなんかないよ」


 ―――兄は陰で泣いた。


 きっとこの子がいなかったらずっと闇だけの人生だった。 身代わりで救われ、頼られて嬉しさと責任を自覚出来た……

 そう、僕は一人の人間になれた。




『この世界に生まれてきた意味、それがここに有ったんだ!……』




 この子こそが僕の闇を照らす一筋の月明かり。この子の為なら僕は何でもする! 何にでもなれる、なってみせる!


 小学校の工作で作った三日月と一番星のマークを入れたオブジェ(ペン立て)を握り締める兄。




[ ▼挿絵 ]

https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16818093075827722663




 そうした頃、何故かルナの体のアザが酷くなって行き、どんどん体調も悪化してゆく。兄は自分の知らない所で何が起きてるのか心配でならなかった。


 原因はルナに下剤や抗不安薬の過剰摂取をさせ、それにより入退院を繰り返すようになっていた。そうやって保険金詐欺で遊び回る親。

 ボロボロになって行く体。死線を彷徨うこともあった。しかしそれでもルナは気丈に振る舞う。


 その理由。




 ―――苦しいよ……もうこんな私、死んじゃったほうが良いのかな……いや。でも、今死ねばこの虐待の矛先はお兄ちゃんへ必ず向く。


 あの再婚相手の男はヤンキー上がりのならず者で格闘技経験者。体も大きい。まだお兄ちゃんでも敵わない。

 せめてあと1年……お兄ちゃんが大きくなれば絶対に負けない。だからまだ死ぬ訳には行かない。

 なんとしてもお兄ちゃんを守る! 死ぬのはそれからでも遅くない……





 そう、それらは兄が小6になったばかりの頃のこと。

 だが兄はルナへの入退院の真相を調査に来た民生委員から知った。烈しく怒りに震える兄。


 その朦朧としたルナを目にして遂に耐えかね行動に出た。


 僕が居ない時ばかり狙ってルナを!

 もはや人間として扱ってないじゃないかっ!



 兄は全てを賭け勝負に出た―――――



「お前ら、もう絶対に許さない !! 」


「んだとぉ?……テメェ!」





 余りの体格差、大人のパンチの重さ。


 それでも立ち向かい大乱闘。


 研ぎ澄ませた空手技で烈しく応戦。


 それこそ互いにボロボロになる程の打撃の応酬。


 吹っ飛び、吹っ飛ばされ、家中めちゃくちゃに。


 やがてもうフラフラな二人。




「ハァ、ハァ、このガキィ……ブッ殺す……」


 兄は健闘するも徐々に体格差が物を言い始める。

 遂に絶対的窮地まで追い詰められた兄。




「ハァ……ハァ……ガフッ」

「お兄ちゃんっっ!」


 泣きそうな顔で見守るルナ。しかし兄の魂が叫ぶ。



「そ……それでも……諦める訳には……」






 ユラリ……






「……いかないんだあぁ――――――っっ!」


 一瞬視界から消えたように見えた。





[ ▼挿絵 ]

https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16818093078175001585



  『バキャッッッ!!…………』




 死に物狂いで放った兄の『胴廻し回転蹴り』が見事相手の頬骨に炸裂。顔の半分まで食い込むかかと


 それは自尊心ごと粉々に打ち砕き、吹っ飛ばした。



 その激痛にヒィヒィと泣き喚き、のた打ち回る男。

 更に馬乗りとなり、そこへ追撃の正挙突き。

 変形する顔面。泣いて許しを乞う男。

 助けに来た母親もボコり、最後には両親二人に二度としないと誓わせた。


 一瞬、ルナヘと振り返る兄。

 腫れ上がった顔でニコリ。


 ――― そこで兄はバッタリ倒れた。






 あくる日


 親子三人はその乱闘による酷い骨折により入院していた。


 その兄を見舞いショックを受けるルナ。



『お……お兄ちゃん……その眼……』



 それは網膜剥離となって片目が失明寸前に。しかし悔いの無い声で、




『ルナ……ボクはよ……』




[ ▼挿絵 ]

https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16818093078013460371



 今迄見せたことも無い様な兄の晴れやかな笑顔。



 ―――ルナは哭いた。





[ ▼挿絵 ]

https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16818093078175006686




 その包帯だらけの兄の胸の中にしがみついて泣きじゃくった。



 せまくる程に。


 息継ぎも危うくなる程に。




 きしむ体の痛みに苦笑いしつつ、その温かな手で優しく包む兄。



 その時、常に怯えた目をしていたルナがその胸の中で初めて、まるで睨むような形相となった。





[ ▼挿絵 ]

https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16818093078175010708




 しがみつく手は震えるほど固く握りしめられ、そして心に誓った――――。




 こんな私の為に何もかも……


 はぅ……




 お兄……ちゃん……

 こ、この恩を返す迄……


 もう何からも逃げたりしないっ!……




 もうこの命はぁっ…………




   お兄ちゃんのものだぁぁっっ!!!




[ ▼挿絵 ]

https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16818093078175017099






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