第74話 運命の日



 そう、その魂の全てを兄に捧げる決意。

 もう何からも逃げたりしない。





[ ▼挿絵 ]

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 こうして殻を破って覚醒したルナ。


 すると空手の才能を大きく開花させ、道場の誰もが驚く程の上達を示し始めた。師範もこれ程は見た事が無いとの驚嘆ぶり。



 そしていつもの女子卜イレ。


「最近堂々としちゃってぇ。 アタシらの下ぼくのクセに……ホラ、返事くらいしろよ。ちょっと……何無視してんだよ、……おいっ、付け上がってんじゃねーよ!」


 いつもの様に小突き回してきたイジメグループリーダー。そして取り巻きの者たち。


 パシッ……


 手をはね除けるルナに場が凍る。―――と、


「テメェ、生意気なん…」

「っルサいっっっ!!!」




ドゴォッッ!!




 一瞬で叩き込まれる肝臓への正拳付きからの顔面へ不可視の右上段廻し蹴り。リーダー女子は壁まで3mぶっ飛び激突、そのままずり落ちる。前歯三本も吹っ飛ばされ、完全に失神して伸びていた。



「……」 


 呆気に取られ恐怖に固まるグループ全員。



[ ▼挿絵 ]

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 そこには堂々たる残心のポーズのルナの姿が。そしてフー……と長くひと吐き、残った者へ『キッ』と刺し貫く様なひと睨み。



 ――― 全てが終わった。





 後にリーダー女子は担任に被害を訴えるも、事なかれのクズ担任は『正当防衛による偶然』として今回はルナ側について事態を隠蔽した。今までの全てが明るみに出るのを畏れたのだ。そう、真のクズであるがそれがルナに幸いした。




 ―――以降、完全に虐めは終焉を遂げた。





 覚醒後の目覚ましい成長を確と見た兄は自分の全てを伝えるべく手取り足取り徹底的に付き合った。


 その甲斐もありルナが小5の後半になると既に兄のレベルに近づく程の驚異的な進歩となった。


 また、幸いにも道場の仲間達の寄付により手術、兄は視力をとり戻した。




――――その頃のジュニア大会で


「おい、あいつら兄妹で決勝出てるぞ。本当に二人共ガチ天才だな」


「しかも天才と言われる兄と比べても妹は2つも下なのにもうほぼ互角、特例で女で無差別枠にだなんて」


「正にあれはチ―ト級。超天才だ……特にあの蹴りは分かってても避けきれない……」


 だがその大会では僅差で兄が優勝した。悔しさより一層兄への憧憬が強まるルナ。


「さすがお兄ちゃん、やっぱり敵わなかった」

 ……と兄を誇らしげに表彰台で仰ぎ見る。


「どっちが勝ってもおかしくなかった。ルナはホント凄いよ。僕の倍の成長スピードだ!」


「ううん。お兄ちゃんに全部教わったからだよ。自分の練習も犠牲にして」



『――――それでも僕の自慢の妹だよ』



 激しい高揚と武者震い。この兄に一人前と認められた事がルナにとってどれ程のものだったか。


 それは一生の宝物。



 いつもあり得ないほど丁寧に教えてくれた。

 惜しげもなく全部くれた。

 カラテだけじゃない。私の人生の何もかも……


「貰うばかりでゴメンね。でも、まだまだ学ぶ事ばかり」


「違うよ。もう教える事も殆ど無いしね。

 それに、



 ……え?……


 この人は何言ってるの?

 世界一優しくしてくれたんだよ? 

 私なんてまだ何ひとつ……。

 いつか返したい……だからお兄ちゃん、

 今度は私が守る番だよ !!



 ただそうなりたくて―――。



 夕暮れ遅くまで更に狂ったように練習に打ち込むルナ。


 守られてばかりはもう終わり!

 あの星に届くまで私はやる!

 必ずお兄ちゃんの為になる!

 お兄ちゃんの為に生きる!

 お兄ちゃんの誇りとなるっ !!



 焼けるような茜空に誓うルナ。その空には三日月と一番星が煌々と輝く。




[ ▼挿絵 ]

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 そしてが兄が中2、ルナが小6に。



 だが平穏な生活になったはずのルナには未だ心の安寧は訪れてはいなかった。まだ何も恩を返せていなかったからだ。

 親の虐待は完全に無くなったが、離婚した母は酒に溺れて廃人化。

 そのため、家事や育児の放棄は寧ろ助長。


 兄は新聞配達など、生計の為に寝る間を惜しんで必死でアルバイトをこなしてルナの世話をした。ルナはせめて家事で家を支えた。


 それでもカラテだけは続けた二人。更に伸びる才能。




 そうして練習でも実力が逆転してきたであろうことを感じ始める。道場でも注目の的だ。特に兄をも凌ぐその蹴り技に周囲も皆、息をのむ。


 その乱取は熱を増す。


 吐く息、一瞬の目の動き、それを手掛かりに凄まじい応酬を繰り広げて飛び散る額の汗。稽古を終え、


「フウッ……ルナ、本当に強くなったな! 次の大会、ヤッパリこっちが負けそうだな」


「うん! 絶対に勝つよ!……でも、それも私の恩返しだから……」



 今のルナに出来ることはそれだけだった。だからこそ、それだけは成し遂げたかった。



 楽しみにしてるよ、とそう言って肩に置かれた温かい手が胸まで熱くする。



[ ▼挿絵 ]

https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16818093078412038080





 期待される事の嬉しさが、応えてあげられる自信が……正にその日が目の前に来ている。


『これでようやく一つ恩返しが出来る』


 無上の喜びに瞳が潤む。と同時に頭ポンではなくなってしまった事が少しの寂しさを滲ませる。だがすぐに思い直すルナ。


『そっか、これからはそう言う立場なんだ。自慢の妹として……絶対に役立ってみせる!』


 そこで早速兄の額の汗に初めてタオルを当ててみた。




[ ▼挿絵 ]

https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16818093078412043547




 うやうやしく拭うと照れくさそうな兄の笑顔。

 あり得ぬ程の胸の高まりに『遂に届き始めた』

 そう思えて目を細めるルナ。


 余りに夢中で忘れてた呼吸を一つ。


『はあ―……』


 と何故か思わぬ溜め息が出た事に驚いて苦笑。

 ――――幸せでも出るものなんだ……


 もう何もかも生まれ変わってしまった気さえした。



 そしてその帰り道。

 二人でランニングして家へ戻る途中にそれは起きた。





『運命の日』―――――――





 居眠り運転による突然の加速と進路変更。

 二人は気付いて振り向く。




[ ▼挿絵 ]

https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16818093078412049321




 既に目の前に来ていた大暴走の大型車。

 正に一巻の終わり。


 二人して一緒に助かるのは無理と直感した。そして同時に気付いたこの事態。

 誰よりも大切にし合った二人が互いに考える事は同じ。




『一瞬で相手を突き飛ばすしかないっ!』




 と。その極僅かな時間。刹那の闘いに長けた二人の積み重ねた想いが瞬時に交錯する。





 兄の確信――――


 きっとこの子はもう自分が居なくても大丈夫。だから今、あの日の約束通り、絶対に守りきってみせる!

 この闇を照らしてくれたキミの為になって閉じれる人生は最高の幕引き!

 だからルナ、これが最後の手ほどきだっ!

 この体勢でルナが選ぶのは『右上段廻し蹴り』

 予測されたら弱点にも、利用される事にもなるんだっ!






 妹の想い――――


 ルナには何の迷いも無かった。今がまさに恩返しの時。


 こんな日が来るのを待ってた。やっとこの人の為にこの命を使える。いや、もしかしたらこの日の為にこの様な人生を……こんなご褒美! 神にどう感謝したら……有り難う! だってこんな結末エンディング! 



 ――― これ以上幸せな事は、ないっっ!―――



 だけどきっとお兄ちゃんも私を突き飛ばしに来る!

 でも今やこの研ぎ澄ませた最速の蹴りなら間違いなく先手を取れる! 絶対に負けない!


 そしてサヨナラ…………

 あの世でも決して忘れないよ、何もかも。


 今まで本当に、本当に、ありがとう!





「うおあああああああああ―――――――っ!!!」





『目も追いつかない不可避の所業』とさえ言われたその超天才の一閃は。




 先を読め、ルナ! 力や速さでまされば勝てる訳じゃない! 僕の教えられる最後!


 自分の力でふっ飛んでしまえっっっ!!

 愛してたよっ!

 ルナァァァァァァァァァ―――――ッ!!!!



 その間際、僅かに半身を右に巻く兄。


 ルナの放つ魂の一撃を敢えてその身に受ける。


『とった!』


 妹は喜びを確信し、全ての恩を込める。


 だが次の瞬間、その力をも利する事で爆発的な回転加速を得た兄の後ろ回し蹴りが。




[ ▼挿絵 ]

https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16817330662048965565





 その猛威は全ての想いを載せて、愛する小さな背中を遥か遠くへと弾き飛ばした――――








 ドガアァァァ―――ン!!




 飛ばされたルナを掠め、大型車は電柱を傾け大破して止まる。


 その凄まじい震動と轟音を耳にしながら更に数メートル転がされたルナは、受け身で反転し無我夢中で走り出す。


 直ぐに視界に映った『それ』 は道路に伏して微動だにしない。


 血の気が失せ全速で駆けつけ、その頭を膝に抱く。震える声で、


「……何で……うそ……うそだよね……

 だ……大丈夫……だよね……」



「ルナ……無事か……よかった。

   ……今まで……沢山くれ……て……

      あり……が…………とう……」



 最期まで妹の身を案じながら静かに半眼となり、そして瞳から光が消えていった――――――――




 逆上して猛烈に震え出すルナ。

 見開かれ血走る眼。異常に暴走する呼吸。


 沸騰した血が全身から吹き出さんばかりにバクつく動悸となって体中に鳴り響く。

 


「はぁぁぁっっ、どうして……

 はぁぁぁっっ……どうして私なんかがっ……

 はぁぁぁぁっ、何も返せてないのに……

 やだ………

 はぁぁぁっ、

 やだよ……はぁぁぁっっっ……………




 っいやだああああああああああああああああああああああああああ―――――――っっっっ!!」







 ―――― これは夢に違いない。



 それだけは絶対に有ってはならない事実。


 こんなの絶対にウソだ!

 とばかり無理に揺さぶり起こそうと悪足掻わるあがく。







「お兄ちゃん……」

       いたわるように揺する。


[ ▼挿絵 ]

https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16818093078412054291









「お兄ちゃん?」

       これは違うよね、とゆらす。


[ ▼挿絵 ]

https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16818093078412059018








「おに……い……ちゃ……」

      ただ挫けそうに震えながら……


[ ▼挿絵 ]

https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16818093078412064357








「……っっお兄ちゃんっっっっっ!!! 」

       もう力づくでガクガクと。


[ ▼挿絵 ]

https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16818093078412071241








『―――――――――』








  抱いた腕の中、ハラリ、と兄の腕は下がり、その手は地に落ちた。


[ ▼挿絵 ]

https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16818093078412079955









 いかなる時も守り、優しく包んでくれたその温かい手はもう二度と――――。









[ ▼挿絵 ]

https://kakuyomu.jp/users/kei-star/news/16818093078414466436






「ぁ……ぁぁ……は……はああ……ぁぁぁ……はあぁ……

 はあぁ、はぁ――、


   はぁ―――っ、


     はぁぁぁ――――っっっ、

















っうわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――っっっっ」








 ルナの空から消えた一番星。





 それは再び灯ることはなかった。





[ 挿絵 ]

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