夏野菜
朔月
夏野菜
茹だるような夏の中、私はひとり空を天高く追っている。空はどこまでも果てしない。空の底を捉えようと必死に雲の隙間を追いかけても瞳の中さらったかけらは陽炎のようにもやとなり消える。
存在するかわからない古い記憶を追いかけては夏に縋り付いている。
夏になると時折トマトがぐしゃりとつぶれる音がする。想像してる何倍も乱雑にできている私の脳みそはよくわからない記憶を今ある出来事のように見せかけてくる。夏の陽炎のように。
空と同じように夏も果てしないものだと思う。太陽はいつの間にかのぼり、夜はひどく長い。夜の呼吸の隙間に黄昏は埋もれるばかりだ。彼女が死んだ日もそんな長いようで短い黄昏の隙間だった。
私は彼女に愛されていた。私も仕事がちな親よりも私を理解しないクラスメイトより彼女を愛していた。祖母と孫という枠組みというよりかはもはやソウルメイトのようだった。きっと彼女もそう思っていたことだろう。
一年の中で彼女と過ごす夏だけが私が私として存在していた。
「たくさん食べな、」
彼女の作る野菜はみずみずしく生命で溢れていた。家でいつも出される有機野菜なんかよりいのちをいただいている感じがした。彼女の声や姿はしわがれたものでもただひとつ瞳だけはいつも澄んだ輝きで私を見守ってくれるのだ。私の唯一の帰る場所。
十五になった今でも愛がなんだかはわからないけれど、彼女と過ごした時間だけはいつまでも夏の太陽に照らされて眩しいままだ。夏の朝には太陽が昇るし日が沈めば長い夜が来る。
容姿も才能も努力も、何ひとつ持たない私が生きていくのにはこの世界は厳しすぎる。未来なんかに何を思えばいいってんだ。そんな諦観でいのちを放り出せるような育てられ方はしていないのだ。そんなもので彼女は私を諦めはしないのだ。私が諦めても彼女が諦めないのなら、私はこんな世界でもひっそりと息をしなければならない。
ぐしゃり、またひとつトマトがつぶれる。
こんな世界でも彼女と生きた時間は私の中で美しく存在し続けるし、今日もトマトがつぶれる音がする。
そういえばたった一度、彼女の瞳が曇ったことがある。何歳の頃だったかは忘れたが、確か夏の終わりのことだったと思う。彼女は時折近所の人に自ら育てた野菜をお裾分けしていた。ある時、中学生くらいの男の子がいる家に彼女がお裾分けしに行った。彼女がそこの家のお母さんに野菜を渡して門から出た後、怒鳴り声と共にガラスと野菜が飛び散った。トマトがぐしゃりとアスファルトに叩きつけられる。
夏野菜 朔月 @Satsuki_heat
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