第41話 リザルト

 三十分以上も気を失っていた。

 

 目を覚ましたときには修復した橋のたもとにおり、体のあちこちに包帯が巻かれていた。

 傷を消毒してもらったようで、体中がヒリヒリと痛い。


 大吾の横には同じく包帯だらけの壱予がいた。

 疲れ切ったのか、放心状態だ。


 そんなふたりを温かい笑顔で見つめるのが丹羽あずさだった。


「ふたりともお疲れさまです。107人、全員無事に帰れました」


「そっか」

 良かった良かったと頷く大吾。


「あと、猫も大丈夫だって。本当にありがとうございましたって、あのふたりが言ってました」


「ああ、良かった……」


 緊張から解放され、思わず上を見る。

 黒煙も消えている。

 

 改めて周囲を見ると、大勢の警察官があちこち忙しく動き回っているが、その表情は険しい。


「機材を持ち込んでも動かなくなるみたいで捜査にならなくて、どうなってるんだここはって、困ってるみたいです」


「はは……」


 なのにスマホだけはしっかり動くのだから、やはりここは変だ。

 こんな不思議な地下迷宮を作った張本人は、はたしてどこに消えたのだろう。


 キョロキョロ頭を動かす大吾に、彼を治療した医師が近づく。

 宮内庁が手配したチャーター機に乗っていた初老の医師だ。


「起きたようで何よりですが、これは応急処置です。これからちゃんとした所でちゃんとした治療を受けてもらいます。いったい何針縫うことになるか、覚悟しておいて下さい」


「は、はい……」


 ゴクリとツバを飲み込む大吾であったが、もしかして横にいる壱予のテンションが激しく低いのは同じことを言われてビビっているからではないだろうか。

 縫う、なんて治療、あいつが生きていたときはなかっただろうし。


 あずさもそこに気づいているようで、顔面蒼白の壱予の肩に手を置いて、大丈夫だからと声をかけていた。


 そんな三人の横を、警察官に囲まれながら雪村カエデが通りすぎる。

 手錠がかけられた姿に大吾とあずさは共にショックを受けた。

 

 雪村カエデを待っていたのは若村真の部下、三人だ。

 警察官と言葉を交わすと、警官たちは雪村の身柄を彼らに引き渡した。


 青山という女性が雪村の手錠を外そうとするが、雪村はそれを拒んだ。


「乗っ取られていたわけじゃありません。同意の上です。何が起きたのか全部見ていました。あの人は何をするにも私の許可を取ってから動いたし、私が嫌だと言ったことはひとつもしなかった。だから私もあの人と同じように、みんな死ねばいいと思っていました。それって罪になりますよね」


 その言葉に警官らはぎょっとするが、青山はあくまでも冷静だ。


「それを決めるのは貴方ではないし、私たちでもありません。あなたが誰であろうと保護します」

 

 丹羽あずさが雪村の元に走ったのはその時だった。


 手錠を外され、その体に毛布を掛けられた雪村カエデは、何か言おうとするあずさを見て、嘲るように口を歪ませた。


「今度は彼を選んだわけね」


 ちらりと大吾を見てから、冷たい視線をあずさにぶつける。


「あなたはいつもそう。弱い自分を守ってくれる誰かを見つけて、うまく懐に飛び込んで、たっぷり栄養を吸ったら、また違う誰かを探す。今までずっとそうだったんでしょ」


「……」


 きつい言葉を浴びせられて苦しいのか、それともその通りだと思って何も言えないのか、いずれにしろあずさは沈黙する。


 かわりに雪村に近づいたのは大吾だった。


「君の言うとおりだったとしても、それは俺で最後になる。丹羽さんが自分と向き合えるだけの時間と場所を俺がしっかり作る。少なくとも彼女を利用したりはしない。君がやったように」


「……ああ、そう」


 雪村カエデはこうして大吾とあずさの元から去って行った。


 彼女やゴランズがダンジョンでした行為が犯罪として成立するのか、成立したとしてどんな罪になるかは、専門家の判断に委ねられることになり、その間、雪村カエデとゴランズはしかるべき施設に身柄を保護されることになった。


 ゴランズが大吾を襲撃した件に関しては、大吾と壱予以外に目撃証人がおらず、その立証が難しいこと、さらに大吾自身が騒ぎになることを望まず、情状酌量を求めたことで結局うやむやのまま終わってしまい、毎日のようにあふれかえるニュースの中に埋もれ、人々の記憶から消えていくことになる。


 だがゴランズはコラボ相手のホーリーズにしたことに対して真剣に向き合う必要があった。

 彼らに消されたホーリーズのメンバーは今だ現れない。

 幾人かのメンバーが81日後に目を覚ますことは確実視されており、雪村カエデとゴランズの調査が本格的に始まるのはそこから、ということになる。

 

 しかし、ただ一人、世界中に自らの暴力行為を配信したカイジだけは殺人未遂などの罪で現行犯逮捕された。

 俺はやってない、騙されたと言い張っていた彼も、手錠をかけられると子供のように泣きじゃくり、裁判でも泣いて詫び続けるだけで逆に反省の色がないと言われる始末である。

 

 ダンジョン配信のきっかけを作り、数多の配信者の中でも人気上位だった「あずさとカイジ」は空中分解という形で唐突に終わったが、その事を騒ぐ連中はもういなかった。

 

 替わりがいくらでもいるのが、ダンジョン配信の厳しい現実である。

 

 まして、ホーリーズのサブリーダー来島茜が2187日の罰則を喰らったまま、今も行方不明になっていることなど、ほとんどの人たちが忘れてしまう。


 だが、丹羽あずさは決意していた。

 雪村カエデが去った後、彼女は大吾に告げた。


「私、茜さんを探します。当てなんかないけど、このダンジョンのどこかにいるはずだと思うんです。私、徹底的に探します」


「なら手伝うよ。俺もホーリーズのファンだったし……」


 大吾も決意を固めていた。


「こうなったらとことん奥まで行ってやる。どこまで続いてるかわからないけど、こんなに広いんだ。きっと来島さんもいるはずだよ。それにゴールまでたどり着けば……」


 大吾の視線の先にはもちろん百合若壱予がいる。

 相変わらず地べたに座り込んで天井をぼんやり見つめている。

 精根尽き果てるとはああいう姿のことを言うのだろう。


「このダンジョンのゴールに着けば、あいつも自由になる」


「そうですね」

 

 壱予を見るあずさの眼差しは優しさに満ちていた。


「丹羽さん、君も俺らのチャンネルの一員なんだから、やりたいこととか試してみたいことがあったら、いつでもいってね。っていうか、ドンドン企画を出していって貰えるとすごく助かる……。俺これからのこと何にも考えてないから」


 正直に告白する大吾にあずさは思わず吹き出した。


「是非」


 じゃあ、とりあえず私はこれでと深く頭を下げてから、あずさは宮内庁の役人たちに連れられてダンジョンを出て行った。


「壱予、俺らも帰るぞ」


「むっ?」


 はっと大吾の顔を見る。


「我が家に帰るのですか?」

 

「いや病院だ。救急車を手配してくれたらしい」


 救急車に乗るなんて人生初だが、ここまで対応してくれたことに正直ホッとしている。実を言うと体のあちこちがズキズキ痛いし、そのせいで高熱が出ているらしく、立っているのもしんどい状態だった。

 

「病院に行ったあとで、家に帰れるのですね」


「そりゃそうだが……」


 なんでそんなことを聞くのか不思議だが、壱予はさらにダメ押しで確認してくる。


「これでひとまず安心、ということでよろしいのですよね?」


「そう思うよ。これから何が起こるか分かんないけど、ひとまずは……」


 安心だ。そう言おうとしたとき、壱予がすごい勢いでしがみついてきた。


「おい、どうした……?」


 壱予は何も言わず大吾の体に顔を埋め、その小さな手を精一杯伸ばして、絶対離れてなるものかとばかりに全力で抱きついてくる。


「壱予……」


 一人でいたことがどれだけ壱予にとって苦しい日々だったか。

 帰ると聞いた瞬間、壱予はいろんな重圧から解放されたのだろう。


「そうだな。お互いきつかったな……」


 大吾は壱予の頭に手を置き、その髪を撫でた。


「一人にして悪かった。もう大丈夫だから……」


 壱予は大吾にしがみついたまま何度も首を縦に振った。


―――――――――――


 ひとり、またひとりとダンジョンから去って行く中、来島茜は真っ暗闇の中で目を覚ました。


「なんなのここ……?」


 いったいどうしてこんな所にいるのだろう。

 仲間達がゴランズやカイジに暴力を振るわれ、消えていくのを覚えている。


 そして「あずさとカイジ」のスタッフがいきなり服を剥ぎ取った。


 ってことは私、下着姿じゃないかと気づき、大慌てで胸を覆うが、どうやらこの場には自分しかいないとわかるとどうでも良くなった。


 手探りで部屋を歩いてみると、どうやら六畳一間くらいの小部屋にいるようだが、ここから出るためのドアや窓は何一つなさそう。


「閉じ込められてるじゃん」


 ゴランズの人たち、ここまでするのかと、呆れるやら、ガッカリするやら。


 かつては一緒にダンジョンを遊び回ったのに、ゴランズもカイジも人が変わったように凶暴になっていって……、男ってのは本当にアホばかりだ。


 あずさちゃんは無事だろうか。

 可哀相にすっかり脅えていたけれど……。


 とはいえ、まず自分のことを考えなければ。


 こんな所に長居するつもりはないが、あの忌々しいペナルティのことを思うと、気が遠くなるような罰を受けてしまったはずだ。


 自分の手の甲に書かれた数字を確認したくても、暗すぎて何もわからない。


「なんなのよ、もう!」


 苛立ちと不安に襲われ、壁を殴る。


 声がしたのはその直後だった。


「娘よ。お前に伝言を持ってきたぞ」


「だれ?!」


 人の気配はしない。ただ声だけが聞こえる。


「雪村に頼まれたのだ。衝動に襲われ心にも無いことをした。怖い思いをさせたことを心から詫びる。そう伝えてほしいと頼まれたのだ」


「雪村さん……、あのスタッフの子?」


「なるほど、お前はそういう認識か」


 声は不敵に笑う。


「お前は利口だ。誰より頭がいいのにそれを誇らぬ。人を責めず常に気遣う。この期に及んでも既に前を向こうとしている。強く、いい子だ」


「それはどうもありがとう……」


 なんだろう。この声に褒められると心がじわりと温かくなってくる。

 

「ならばお前が眠っている間に起きたことを教えてやろう。それだけではない。この世のことわり、すべてをお前に伝えてやる」


「……」


 強烈に声の主にひきつけられている。

 直感ですぐわかった。この人は嘘をついていない。

 

「娘よ。名乗るがいい」


「来島茜です。あなたは?」


「風見だ。百合若風見。さあ、共に行こうではないか」


 こうして来島茜は誰よりも早くダンジョンの奥底へと入っていった。

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