第42話 今日もダンジョンは騒がしい

 若村真はダンジョンに関わるどんな配信も見ようとしなかった。

 拒絶と言って良いほどの反応に、部下たちも上司がいるときはダンジョンについて語ることを避けるようになった。


 しかし心境の変化でもあったのか、部下たちのいる前で保本大吾と雪村カエデが争う配信のアーカイブを見ているのだから、部下たちは当然驚き、真がどんな反応をするか不安に襲われた。


 雪村カエデの中にいる「別の女性」が真にとって特別な存在なのは部下たちも知っている。だからこそ心配だった。


 映像の中の「百合若風見」は一言でいえば「壊れていた」

 そんな姿を見るのは辛いだろう。


 だが始めから終わりに至るまで若村真はいつもと変わらず淡々としていたし、風見について何か言うこともなかった。

 ただひとつだけ、部下に指示を出した。


「保本さんの家族について調べてくれないか。これ以上は無理だと言い切れるくらい、徹底的にご家族についてさかのぼって欲しい」


「家族……、ですか?」


「彼個人とは面識はないが、彼の祖先とどこかで繋がりがあった可能性がある。どこかの段階で鬼道に触れていないと、ああはならない」


 そして真は無意識のうちに笑みを浮かべた。

 それは配信の中で雪村カエデが見せた歪みのある微笑みと良く似ていた。


「風見が壱予を見つけたときの喜びようが今になってわかる。凄いものを見つけたとあいつは言っていた。私はまさに今、そんな感じなんだ」


「……」


 若村真は恐ろしく長い時間を生きている。

 その点について部下たちは今もなお半信半疑だ。

 彼の知識や洞察力、そして豊富すぎる人脈を見れば只者でないとはわかるが、それでもまだ確信には至らない。


 けれど、この男に付いていこう。

 三人の部下たちはその決意の元、ひたすら若村真の背中を追いかけている。


 指示を受けた部下たちは一斉に職場を離れ、真は一人になる。


 静まりかえった事務所の中、真のスマートフォンがある通知を告げる。

 保本大吾があの戦いから久しぶりに配信を開始するとSNSで告知したようだ。

 その短いメッセージに大量の「いいね」がクリックされていく。


「そう、それでいい」


 真はそう呟くと、さっきまで見ていたアーカイブの映像をまた再生し、雪村カエデが笑うシーンばかりを選んでは、再生と巻き戻しを繰り返すのだった。


――――――――――


 ところ変わって保本大吾の自宅。

 

 バキボキにひび割れた浴槽を見て、業者のおじさんは頭を抱える。


「ここまでひどいと、新しいの買った方がいいんじゃないすかね」


「やっぱりそうですよね」


 予想していたことだったので平然としている大吾であるが、その後方から様子をうかがう壱予は激しくショックを受けている。


 一方、業者のおじさんは物珍しげに浴槽を観察する。


「いったい何をしたらこんなになるのかな。ここまでひび割れてるのに原形保ってるのが奇跡ですよ。珍しすぎるんで写真撮って良いですか」


「どうぞどうぞ」


 なんなら俺もやろうと、おっさんふたりで壊れかけの風呂をパシャパシャ撮影している中、壱予がおそるおそる近づいてくる。


「じ、実を言いますと、私、見たのでございます」


「……見たって何を?」


「巨大……、巨大な妖怪が! 風呂に入って身を清めているのを!」


「……」


 風呂場を壊したのは私じゃないと訴えたい壱予を冷たく見つめる大吾と業者の人。


「妖怪ってのは、どんなだ?」


「毛がいっぱい生えた、わかめの塊みたいなやつで……、こーんな大きいんでございます。こーんな」


 両手を豪快に広げて大きさをアピールする。


「そいつがなんで家の風呂に入るんだよ。銭湯に行けばいいのに」


「どうしてもと言うから……」


「でもここには大きい温泉宿とかいっぱいありますけどね」


 大吾の味方をする業者の人に向かい、貴様、殺すぞ! と言いたげな視線をぶつける壱予。


「でもおかしくないか。湯船ぶっ壊すくらいデカい妖怪を家に入れたのに、風呂場以外どこも無傷ってのは、変じゃないか」


「……そ、それは」


「なんで?」


 問いただしつつ、内心では笑いをこらえる大吾。

 いつもペースを握られているので、少しくらいマウントをとってみたい。


「それは、ですから……」


「だからなんで?」


「……ちっ」


「おい、舌打ちしたな!」


 くだらないことで盛り上がる集団にそっと近づく女性がいる。


「お茶にしませんか? 和菓子を用意したので、みんなで食べましょう」


 大吾の近所に引っ越してきた丹羽あずさである。


「くっ、泥棒猫……」


 なんでこいつがここにいるのか、どうしても納得できない壱予であるが、あずさはしょっちゅう大吾の家にやって来ては家事全般手伝ってくれるし、配信で盛り上がりそうな企画もじゃんじゃん出してくれる。

 しかも、毎回差し入れてくる菓子全般が見事に美味いので、ここから去れとも言えないのが壱予には辛いところだ。


「丹羽さん、ありがとう。じゃあ、向こうで新しい湯船の話を聞いていいですか」


「了解しました」


 業者の人を連れて居間に戻っていく。


「くっ、どこまでも男受けする、いやな女でございますわ……」


 やはりあの女は危険だった。

 悪気もなく野心もないのに男を自然とひきつける。

 ゴランズや、カイジだかコダマとかいう役立たずのクズも、こういう感じでおかしくなっていったに違いあるまい。

 風見があの女を崖から突き落としたのは間違っていなかったかもしれない……。


「はっ、私としたことがおぞましいことを考えてしまいました」


 私のバカバカと頭を振る壱予に、他ならぬあずさが近づいてくる。


「あの、今度の配信の企画を考えてみたんだけど」


「む」

 

 シンプルかつスッキリとしたデザインで書かれた企画書。

 それでいて壱予が読んでも理解できる明快な内容。

 

 読んでいるうちに壱予の顔はパッと晴れやかになっていくが、憎き泥棒猫を前にその姿は見せたくないので、笑いたいのに笑いをこらえる変な顔になる。


「ま、まあ、貴方にしてはいい出来ではないですか」


「じゃあ、次の配信はこれでいきましょう!」

 

 あずさは嬉しそうに手を叩いた。


――――――――――


 日本に突如現れた、果てしないダンジョンは多くの人々をひきつけ、鬼道、ダンジョン配信、新たな資源など、全く新しい文化、価値観、そしてビジネスを生む結果になった。


 ゴランズや雪村カエデが引き起こした混乱と暴力はダンジョンの危険性を見せつけるものになったが、ダンジョンの熱は冷めることなく、増していくばかり。


 むしろあの混乱を利用して宮内庁はダンジョンに関する管理をさらに掌握し、その権威を増した感すらある。

 神武石という未知なる物質に世界中が関心を抱く中、すべてを知るという若村真の存在感は日増しに高まっていく。

 ダンジョンの存在がかつての大国日本の価値を再び高めていくことに間違いはないと期待するものも多かった。


 しかし多くの人たちにとってダンジョンは今なお究極の娯楽であり、その頂点に君臨するのはそう、大吾チャンネルだ。


 そして大吾チャンネル、久々の配信。


「皆様、お久しぶりでございます! 百合若壱予、50針縫って、帰って参りました! 皆様もお変わりございませんか~!」


 またしても紙吹雪を撒き散らす壱予。その隣では困惑顔で立っている大吾。


「ええと、この前の配信はやたら長い上に、色々わけ分かんないことあったと思うんで、本当に申し訳なかったです。話せることと話せないこともあって、ひとつひとつ説明すると……」


『そんなのはどうでもいい!』

『壱予あああ』

『おひさあああ』

『やっぱりかわあああいあああ』


 とりあえず配信が始まったらコメントもまず発狂するというのも大吾チャンネルの恒例行事になってしまったが、こんなコメントもちらほらあった。


『あずさ、あずさはどこだ!?』

『無事なのか!』

『あずさああああ』


「あ、みなさん、わたしもいますよ~」


 明るい声を出すあずさはカメラマンに徹していた。

 なんの権限なのか、壱予の命により、しばらくは裏方で修行せいと言われ素直に従っているのである。

 そんな命令、聞かなくていいと大吾は言ったのだが、あずさは裏方の方がしっくりくると言って、むしろホッとした様子。


「大吾さんの配信を見てる人たちは、壱予ちゃんに振り回される大吾さんと、大吾さんが大好きな壱予ちゃんを見るのが一番楽しいんです。私がそうなんだから」


 あずさが言うとおり、大吾と壱予が並んで立っている姿を見て、


『なんかホッとするわ、この構図』

『壱予ちゃんはこれくらい能天気でいいんだ』


 と書き込む視聴者も多かった。


「さあ、皆様、こちらに見覚えございませんか?」


 電動キックボードを宙に浮かせながらレンズの前に移動させる壱予。


『空飛ぶボードになった奴じゃん!』

『今日の配信はそれか!』

『それ乗ってみたかったんだよ~』


「ここで客人を紹介いたします。さあ泥棒猫、カメラを移動させる!」


「は~い」


 カメラに写ったのはキックボードを持った大勢の人たち。

 まさに老若男女が勢揃いであるが、その真ん前に立っていたのが、あの戦いの日、壱予とあずさにキックボードを気前よく貸してくれた若いカップルである。


 壱予は百倍にして返すと彼らに約束したが、それがまさに今日だったのである。


「さあ、皆様、今から私と一緒にこの広い草原を駆け巡るのでございます!」


 その呼びかけに招かれた人たちが一斉に歓声を上げて応える。


『すげえ人数やな!』

『俺も行きたかった~』

『てか、どうやったら浮けるの?』

『早く教えて~』


「えっと、皆さんが使っている電動キックボードはすべてジェイフォックス社さんに提供していただきました。ご協力に感謝します」


「ジェイフォックス! すべての道はジェイフォックスから始まるのでございます!   ジェイフォックス! 素晴らしきジェイフォックス! 皆様もご一緒に!」


 コメント欄が企業名であふれかえる中、


「さあ、旦那さま! まずは旦那さまから、いけに、じゃなくて、先方を切って頂きましょう!」


「おまえ、生け贄って言おうとしたよな……」


「空耳でございます。さあ乗ってみる!」


 大吾の前にキックボードを突き出す壱予。

 その目のキラキラは大吾には恐怖でしかないが、喜びであるのもまた事実。

 

「はいはい……」


 片足を乗せてみても何にもならない。


「まずはいつものようにイメージでございます! 想像するのです。愛しい妻の体を手が届くギリギリの高さまで浮かし、一枚一枚と服を剥いでいき……」


「なんでそうなるんだよ!」


 両目を閉じて乗る気満々だった自分が嫌になったが、いったい何が良かったのか、叫んだ瞬間にもの凄い速さでボードが走り出した。


「なんでええええええ!?」


 あっという間に見えなくなる大吾。


「さすがは旦那さま。成長著しいことでございます」


 腕を組んで頷く師匠ヅラの壱予と、やっぱすっげー、と感心する参加者たち。その姿をほほ笑みながら眺める丹羽あずさ。

 そして視聴者たちも、


『なんだかんだこのおっさんが一番凄いことになってきてる』

『どこまで行くんだw』

『壱予ちゃん、わざとやっただろw』

『いや、もしかしたらあずさちゃんの策かもしれないw』


 久々に緊迫感のない配信を大いに楽しんでいる様子。


 そして五分後には、壱予の教えを受けた参加者全員が気持ちよくホバーボードと化したキックボードを自在に乗り回していた。


「みなさん! 先を行く大吾さんに最初に追いついた人にジェイフォックスさんからプロ野球の観戦チケットがプレゼントされるそうですよ!」


 あずさの呼びかけに皆が歓声を上げるが、誰よりも先を行くのはやはり百合若壱予であった。


「勝負事となれば手加減は無用でございます!」


 壱予は目を輝かせてホバーボードの速度を上げる。


「旦那さまを一番最初に見つけるのはいつだってこの私でございますから!」


 と、いうわけで、今日もダンジョンは騒がしい。


――――――――――


 作者あとがき。


 読んで頂いてありがとうございます。

 今作は一応、これきりとさせて頂きます。


 まだまだやりたいことやアイデアもあるのですが、様々なジャンルに挑戦し、それなりに完成させていくというのが現在の目標でございまして、現在は異世界モノに挑戦中です。

 ですが、自分でも思い入れのある作品に仕上がりましたので、また別の機会に再開できたらと考えています。


 今作に関しましては、自分史上、一番多くの方々に読んで頂き、たくさんのいいねやコメントを頂きました。

 感謝の言葉もありません。


 またどこかで私の新作が目に入ったら、こいつ、またなんかやってんなと、数分間だけでもお付き合い頂ければ幸いです。


 ありがとうございました。

 

 

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底辺配信者、フルヌードの姫を拾う。一緒にダンジョン配信はじめたら最強に覚醒してバズる。 はやしはかせ @hayashihakase

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