第40話 ファイナルラウンド
大吾の指示を受けた壱予は深呼吸すると、小刀を持ってゆっくりと風見に近づいていく。
相対する二人の鬼導士。
「保本に何を言われた?」
その答えが楽しみで仕方がないといった風見。
「賭けを持ちかけろと言われました」
「ほう?」
「制限時間は三分。その間に三度、風見様に攻撃を当てたら私の勝ち。それができなければ私の負け。私が差し出す物は私と旦那さま、ふたつの命でございます」
命という言葉に風見の口が歪む。
「で、わしが負ければお前らは何を得る?」
「あのふざけた三の罰則を無くすこと。あなたが乗っ取った雪村カエデ様の体を元通りにすること。このふたつでございます!」
「そうか……」
風見は笑顔を崩さない。
大吾の読み通り、面白そうだと思ったのだろうか。
一方、視聴者は壱予のある言葉に衝撃を受けていた。
『乗っ取ったって言ったか?』
『確かに言った』
『あの女、取り憑かれてんのか?』
『そんなアホな……』
『いや、まわりの反応見てるとそういう感じはあったんだよ』
「壱予、その申し出、受けよう」
剣を肩に乗せ、風見は言った。
そして雪村カエデが使っていたスマホを胸ポケットから取り出し、宙に浮かせ、指で触ってもいないのにストップウォッチを立ち上げた。
「全力で来い。お前がこの時代に生きて何を得たのか、見せてみろ」
「……」
壱予は大きく息を吐き、背後で倒れたままの大吾をチラリと見ると、もう一度風見に飛びかかっていく。
風見が繰り出した炎と土の砲撃。
そのわずかな隙間をかいくぐって壱予は風見の足を狙う。
しかし風見は振り上げた足に風の術を乗せて、壱予を弾き飛ばした。
それでも壱予は起き上がってまた向かっていく。
そして風見は容赦なく壱予を弾き飛ばす。
「同じ事を繰り返すつもりかい?」
ガッカリさせるなよと言わんばかりに首を振り、カウントを続けるスマホを見る。
「ただ時は過ぎていく」
何か手はあるのか?
そう言おうとしたとき、風見の背後から一人の男が近づき、持っていた剣を滝のような勢いで振り下ろした。
その男がいなくなったはずのカイジだと気づき、流石の風見も不思議な顔をした。
カイジが繰り出した攻撃は雪村の肩に当たったはいいが、特にダメージを与えたわけでもなく、むしろ剣の刀身にヒビが入ってしまう。
しかしそれでも壱予は言う。
「一つ目でございます」
さらに続けて壱予が前、カイジが後ろからと、挟み撃ちを仕掛けたものの、風見は二人を同時に吹き飛ばしてそれを退けた。
「操心を使ったか」
気を失って倒れたカイジの顔を踏みつけ、さらに靴底でゴリゴリこする。
「あれほど嫌っていた術を、お前が最も忌み嫌う気質の男に使ったか。なるほど。とことん勝ちにこだわる。それがお前の答えかね」
壱予の変化を感じつつも、風見は無駄だと首を振った。
「同じ手は通用せんぞ」
あえて受け身に回っていた風見がとうとう動き出す。
剣を振るたびに炎が生じ、風が起き、大地が揺れる。
壱予は時に避け、時に小刀で受け流し、時に跳躍して反撃の機会を伺うが、風見はつけいる隙を与えない。
むしろ壱予の体のあちこちに切り傷とあざが増えていく。
鋭さを増す風見の攻撃と、全身が朱に染まっていく壱予。
一方的な戦いを見せつけられる視聴者も、風見によって精神的なダメージを喰らっている状況かもしれない。
『あの壱予姫がここまで……』
『もうやめてくれ。血だらけじゃないか』
『あと一分三十秒……』
状況は変わらないどころか不利になっているように思えてならない。
向かっては返り討ちにされる壱予。
次第に足の動きがおぼつかなくなり、風見はその隙を逃さず、攻撃の手数を増やしていく。
殴り、蹴り、投げる。
これではサンドバッグと同じ。
もう見ていられないと視聴者が目を背けるようになると、
「動きが鈍ってきたようだな!」
風見は壱予を容赦なく拳で殴りつけ、足を払って地面に横倒しにする。
そしてついに紫の剣を壱予の首に振り下ろした。
壱予は術を使って、風見の剣を、肌に触れるギリギリのところで制した。
術を打ち破って串刺しにしたい風見と、なんとか押さえつける壱予。
お互いの術を使った激しい押し合いが始まる。
「お前もようやく命を賭けるようになったか……」
剣を持つ手をぶるぶる震わせながら、風見は壱予に微笑む。
「国を捨て、家族を捨て、友を捨て、裸一貫やり直すのに保本という男は実に良い模範になったことだろう。しかしこれ以上お前たちを伸ばすわけにはいかぬ。我ながらつまらぬ事をするが……、壱予、死ぬのだ」
剣を持つ手に力を込め、グッと押し込もうとする風見であったが、本人の予想と裏腹に、その剣は逆に押し返されていく。
「む……?」
「風見様、私、旦那さまからもう一つ仰せつかっておりました。雪村カエデ様の体には傷ひとつ付けてはならないと」
「お前……?」
風見は壱予を完全に追い詰めたと思っていた。
かつての弟子はすっかり消耗し、無駄な攻撃を続けているだけで、それでもわずかに残った精神力だけで戦っていると思っていたのに、ここに来て風見の力をはねのけようとしている。
その力はどこから来るのか。
壱予の右腕に腕輪がない。
さっきまでは身につけていた。
しかし今は無い。
どこかで外したのだ。
「お前、わしに逆らったな……?」
その顔はこれ以上無いほど喜びに溢れている。
とうとう自分の愛弟子が師匠の命令に逆らった。
風見にとってこれは紛れもなく弟子の成長の証であり、この期に及んで彼女はそれを無上の喜びと感じたのである。
「そうか。時を稼いでいただけか」
「はい」
壱予は鼻から血を流しながら、ついに笑った。
「後のことは俺がやると旦那さまが言うもので」
「……!」
その言葉にがく然とした風見は、大吾が倒れていたはずの場所を大急ぎで見た。
そこにはもう誰もいない。
「いかん」
どこだ。
どこに行った。
まさかあそこまで深手を負って、なお動けるとは。
「真さまは仰っていました。想像を越える速さで彼らは迷宮を進んでいく。そして常識を越える行動で、私達を打ちのめすこともあると」
「……」
立ち尽くす風見に、氷の粒がポンと飛んできてその右頬に当たってすぐ溶ける。
「これが二つ目」
大吾の声が風見のすぐそばから聞こえた。
保本大吾は動かない体を手だけで引きずってここまで来ていたのである。
目を丸くして大吾を見つめる風見の顔に大吾は手を伸ばした。
「次が三度目……!」
血に染まった手から放出された氷の塊は、雪村カエデのあごに命中、強烈なアッパーカットとなった。
「な……」
軽い脳しんとうを起こし、雪村の足がふらつく。
「は……」
風見は笑った。
今までの悪意のこもった笑みとは違う、白い歯をむき出しにした豪快かつ爽快な笑顔だった。
「見事だ」
そして風見はいなくなった。
雪村カエデの体を捨て、まだ誰も踏み入っていないダンジョンの奥へと退避したのである。
意識を失い、頭から倒れていく雪村の体を壱予がしっかりと支える。
古城を覆っていた竜巻や天井に漂っていた黒煙はすべて消え失せ、ダンジョン内部は再び光と熱を取り戻していく。
「壱予、どうなった……」
雪村と同じく、意識を失いつつある大吾。
「どうやら落ち着いたようでございます」
ダンジョンの景色が元通りになっていくのをしっかり確認する壱予。
「なら、締めを頼む……」
大吾もとうとう意識を失い、壱予はスマホに向かって満面の笑顔で言った。
「それでは今日の配信はここまででございます。良いと思われた皆様、楽しいと思われた皆様、私もダンジョンに行きたいと願われる皆様、この私を応援してくださる皆様、チャンネル登録と高評価を切にお願いいたしますわ~」
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