第38話 壱予、駆ける 前編

 壊れていた吊り橋を摩訶不思議な術で修復し、ダンジョンに取り残されていた93名を無事出口へと誘導した壱予。

 残る14名を探すベく丹羽あずさと橋を渡ったはいいが、配信を見守り続ける視聴者は状況を危ぶんでいる。


『こんな広い場所を当てもなく探すのはしんどいぞ』


 確かにここは広大で、どこまで続いているか誰もわからない。

 地図すらできていない有様なのだ。


 しかし壱予は動じない。


「救出に必要なのは速度と感受性でございますから、皆様の申すとおり、当てずっぽうで動くなど愚の骨頂。時に泥棒猫。あなたは風の鬼道がそこそこの、人並みよりちょっとだけましな、いわば中の上の腕前と見ました。ですからあなたが遭難された方々を捜し当てるのです」


 風の鬼道を操るのが巧みな貴方ならできるはず、とは決して言わない女。

 

「研ぎ澄ますのです。ここは地上と違って気脈が溢れています。ここなら鬼道を用いて人の心を感じ取ることができるはず」


「ダウジングするってこと……?」


 いくら何でもそれはできないと戸惑うあずさ。

 コメント欄も一様にそりゃ無理だの嵐。


 それでもやはり壱予は動じない。


「取り残された人と同じ立場になって考えなさい。自分ならどうなると考えるのです。 気持ちを合わせるのです。取り残されたことで感じる焦り、孤独、不安、怖れ、緊張。あなたはどうです? どうなりたいのです? 空気を読めない女か、空気が読める女か、どっちになりたいのです!」


「うっ……」


 空気が読めない女と言われて色々フラッシュバックしたのか、表情が見る見るうちにこわばるが、短い葛藤の末、あずさは答えに辿り着く。


「空気が読める女になる……!」


 目を閉じ、体全体をアンテナのようにしてウロチョロ歩き回る。


 その間、壱予は橋を渡っている男女に近づき、彼らが持っていた電動キックボードを、百倍にして返すから貸して欲しいと頼み込んだ。

 もともと壱予を知っていた若い男女は快く応じ、壱予と一緒に自撮りすると、気前よくキックボードを二台貸してくれた。


 そしてあずさは叫んだ。


「あ……、聞こえる! 寒いって声が……!」


 あっちだと草原の方を指さす。


「それで良い。さあ、これを使うのです」


 キックボードをあずさの前に置く。


「え、これ……」


 どう見ても浮いている。車輪の意味が無い。


「言うたでしょう。人捜しに必要なのは感受性と速度であると!」


 壱予は助走も無しにボードに両足を乗せた。

 浮いたまま勢いよく動き出し、草原を滑走していくボード。

 これはもうキックボードではない。ホバーボードである。


『またまたすげえことやらかした!』

『なにが起きても驚かないって言ったけど驚いてしまった……』

『ダンジョンに行けば同じことできるのかな? やってみたいんだけど』


 うらやましい。私も乗りたいと興奮するといったコメントが満ちる中、呆然とみているだけだったあずさも意を決してボードに両足を乗せた。


 彼女にとってはリニアモーターカーにまたがるのと同じようなもので、


「はやああああああいいいいい!」


 ハンドル操作やブレーキの仕方もわからないが、先を行く壱予の後をついていく設定になっているようで、あずさの仕事は前を行く壱予への声かけだけ。


「泥棒猫! この後はどう動くのです!」


「だいたいみぎいいいいい!」


 そう叫んだ途端に直角にカーブするボード。


 地球上に存在する絶叫マシンを優に越える乱暴な走行を繰り返し、ようやく遭難者の発見に成功する。

 キャンプ目的でダンジョンにやって来た四人の女子大生が、身を寄せ合って座っていた。雪山に遭難したのかと思うくらい、ぶるぶる体を震わせていたし、吐く息も白い。


 あまりの寒さに意識がもうろうとしているようで、壱予とあずさの姿を見ても、これといった反応をしない。

 ただひたすら震えている。


『そんな寒いのか?』

『同じところに行ったことあるけど、めちゃ快適だったが』

『まさか、あの雲……』


 一部の視聴者はもう気づいたようだし、壱予も既にわかっている。


「泥棒猫、上を見なさい」


 ダンジョンを食い潰すはずだった第三波の黒煙が空に浮き上がって天井を覆っている。このせいでダンジョンはずっと薄暗い。


「あの雲のせいでこの場の熱が遮断され、谷を転がり落ちるような速さで冷え込んでいます。大変危険な状況です」


「私はなんともないけど……」


 首をかしげるあずさは確かに半袖でピンピンしている。


「ならば私に感謝することです」


「あ……」


 言い方にトゲがあるが、壱予はあずさが寒さにやられないようにこっそり術を使って守っていた。

 壱予のフォローがなければ、あずさも四人の女子大生のように生と死の狭間をさまようはめになっていただろう。


『あの煙のせいで寒冷化してってるのか』

『光が遮断されて光合成できないから植物がどんどん枯れてってるのもリアリティあって怖いな』

『地球の終わりをシミュレートしてるみたい』

『あの雪村って奴、なんでこんなめちゃくちゃやったんだろう』

『そもそもなんでこんな芸当できるんだ』


 コメント欄がシビアになっていく中、壱予は震える女子大生一人一人に術をかけてその体を芯から温めていく。


「橋へお急ぎください。出口へ走り、すぐここを出るのです」


 壱予とあずさに深々頭を下げる四人だったが、壱予は痛々しい顔で首を振る。


「謝罪するのは私の方です。まことに申し訳ないことをしました……」


 この事態を招いた自分と、それを悪化させた主の非礼を詫びる。


 女子大生たちが駆け足で戻っていくのを見送ったあと、壱予はあずさに問いかけた。


「残りの方たちの声も同じく聞き取れますか?」


「なんとなくコツはつかんだから、いけると思う」


「ならばあなたに任せます。不本意ですが」


 壱予は黒煙を睨む。


「事態は想像していたよりも悪い。これから寒さはますますひどくなる。それにあの黒煙の中には噴火の際にまきあげた石やガレキがたくさん詰まっています。それらすべてを一斉に落とされたら私でも抑えようがありません。皆を助けるという宣言を撤回するのは心苦しいのですが、煙の元凶を断つことを優先せねばなりません」


「大丈夫」


 あずさは力強く答え、撮影に使っていたスマホを宙に浮かせて壱予に寄せた。


「私が残りのみんなを絶対に助けるから、壱予さんは大吾さんの元へ!」


 そしてあずさは優しく付け加えた。


「大吾さんならきっとそうするよ」


『そうだ! 行ったれ!』

『やれ壱予姫!』

『そろそろ俺らを休ませてくれ!』

『他のことに手が付かない!』

『午後から仕事なんだよ!』

『腹減った!』


「ええ、ええ、わかっております皆様。必ずや昼飯前に終わらせてご覧に入れましょう!」


 飛び跳ねるような動きでボードに両足を乗せる。

 動き出す前、あずさにしか届かないくらいの小声でそっと言った。


「感謝します」


 そして勢いよく駆けていった。


――――――――――

 後編へ続きます。


 いつも前後編に別れるときは一日に二話分公開しておりましたが、ちょっと間に合っていないため、今日は前編のみとさせていただきます。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る