第30話 見張り塔の攻防
徳永を氷漬けにした大吾。
井上を大木に貼り付けたあずさ。
敵がペナルティを喰らっては大変だから、彼らを倒すことなく、それでいて身動きできないようにする作戦は思いのほか上手くいった。
二人は再度合流し、お互いの無事を喜び合ったが、それでも大吾は気を緩めない。
「ディフェンス優先で慎重に進もう」
大吾は自らのステータスを確認し、険しい顔になる。
「俺の場合、一発食らったら終わりだろうから……」
『体力低すぎだもんな』
『逆に体力15でよくいけたよ』
『ここまで一度も被弾してないのか、凄いじゃん』
たかがチュートリアルくらいで真っ白に燃えつきていた大吾が、今や視聴者も驚く成長を見せている。
しかしゴランズをある程度知っている者達は、ここからが本番だと指摘する。
『一ノ瀬も深尾も手強いぞ』
『そこは間違いない』
ゴランズのリーダー深尾、そしてサブリーダーの一ノ瀬ともにかなりの高学歴。
おまけに趣味が筋トレというくらいだから毎日鍛えていたようで、二人ともマッチョである。
一ノ瀬に至っては一流商社に勤めていたのも有名な話で、つい最近、会社を辞めてゴランズ一本でいくと発表して世間を驚かせた経緯もある。
何より大吾だけが知っている重要な点がひとつ。
ゴランズに襲われたとき、井上がモデルガンを撃って大吾を押さえつけ、徳永がリュックを漁って大事なものを奪った。
リーダー深尾はそのさまをただ見ていただけ。
消去法でいけば、あのとき大吾の喉元にナイフを突きつけていたのは一ノ瀬しかいなくなる。おかしなことをしたらこいつを殺すと壱予を黙らせた男こそ、一ノ瀬に違いない。
ゆえに大吾は緊張していた。
ゴランズの知性、チームでただ一人の紳士と呼ばれていた一ノ瀬こそ、実は一番ヤバい奴ではないかと。
門をくぐってガレキだらけの階段を上りきると二階の中庭に出る。
かなり広い。
朽ちた噴水から緑と赤の植物が豪快に花を咲かせている。
「正面にある大扉を入っていけば私達が寝泊まりしていた場所です。そこから通路の幅が狭くなるから、そこで襲われると厄介かもしれません」
「きっと俺らの配信を見てるだろうし、相手からすれば待ち伏せするのが一番いい戦法だろうからね」
そのとき、はるか高くそびえる物見用の塔がピカッと光った。
激しい攻撃が繰り出されたと気づいた二人は同時に動く。
崩壊して横倒しになっていた城壁まで走り、その下に飛び込んでヘルメットがわりにした。
直後、激しい音と共に強烈な落雷が噴水に落ちる。
退避していた大吾とあずさの体に、ビリビリと静電気が走る。
「一ノ瀬さんです」
「塔の上からか……」
あんな高いところに陣取られると、こちらの攻撃は難しくなる。
相手が命中率90なら、こちらは30程度に考えておくべきだろう。
一ノ瀬もそれくらいのことはわかっている。
「お前らがどこにいるかわかってるぞ! 本気で勝ちたいなら配信を切った方がいいんじゃないのか!?」
いつもは低音イケボを淡々と呟くクールな男として知られていた一ノ瀬が、城全体に響くほどの大声を出してくる。
視聴者には衝撃的な姿だ。
『あのイチが叫んでる』
『初めて見た』
『見ない間にゴランズのキャラ変が悪い意味で凄いな』
『頭打ったのかレベルで人が変わってる』
大吾の配信をリアルタイムで見ている一ノ瀬だから、コメント欄の空気もしっかり感じ取っているのだろう。
一ノ瀬が語りかける相手はもはや大吾とあずさではなく、世界だった。
「もう俺達を放っておいてくれ! 俺らは新しい国で生きるんだ!」
『はあ?』
『ひでえワードが出てきたな』
「理解してもらおうとは思わない。ただ後悔するなよとは言っておく」
一ノ瀬は唐突に大吾とあずさがいる付近に雷を落とした。
地面が激しくえぐれ、火花が飛び散り、草木を枯らす。
焦げた臭いが大吾にも届いてきた。
「わかるだろ保本! 俺はいつでもお前らを殺せる! お前らはアリだ! どれだけウロチョロ逃げようが結局踏み潰されるアリなんだよ! いいか警告するぞ。10数える間にここから出て行けば攻撃はしない。それで終わりだ。考えろ!」
宣言通りカウントを始める一ノ瀬。
あずさが厳しい顔で大吾に訴えた。
「私が最初に出ます。囮になるから大吾さんがその間に」
「丹羽さん、ちょっといい?」
大吾はあずさとの距離をいきなり詰めた。肌と肌が触れあうくらいになったので、
「え、あの、いきなりそれは」
真っ赤になって戸惑い、なぜか目を閉じてしまうあずさであったが、大吾はただ内緒話がしたかっただけだった。
「俺たちの目的は壱予のライセンスと鍵を取り返すことであって、一ノ瀬くんをやっつけることじゃないんだ」
この話は一ノ瀬に聞かれたくなかったので耳打ちした。
「一ノ瀬くんがブツを持ってないなら、放っておいていいんじゃない?」
「あっ」
言われてみればその通りなので、あずさの緊張も解けてしまう。
「ちょっと探ってみよう」
そろそろカウントがゼロになるタイミングで、大吾は叫んだ。
「帰るわけにはいかない! 俺たちは取り返さなきゃいけない物があるんだ!」
カウントするのを止め、無言になる一ノ瀬。
「君らが奪った壱予のライセンスカードと、俺と丹羽さんの鍵! そいつを返してくれたら俺たちは帰る! どうかな!?」
壱予のライセンスカードは奪ったのではなく拾ったんだろうけど、返してくれないなら盗んだも同然である。
その提案に対し、一ノ瀬はしばしの間沈黙を続けた。
たかだか三十秒の静けさが一時間にも思えるほどだったが、一ノ瀬は結局、大吾とあずさを笑うのだった。
「無理だね。お前らに深尾は倒せない。大バカだ。せっかくこっちが譲歩してやったのに、俺の親切を無視するなんてなあ!」
一ノ瀬の提案を拒否したことが彼のプレイドを深く傷つけたらしく、人が変わったように荒れだした。これが彼の本性だったかのように。
「終わりだ! ここで死ね!」
ゲリラ豪雨の如く大量の雷を繰り出す一ノ瀬。
「クズの弱男にヤリマンが俺を拒んだ! お前らは死ぬしかないんだ!」
「あんなに怒るようなこといったかな……」
「さあ……」
首をかしげる二人に対し、
『一ノ瀬より深尾のことを気にしてるから癪に障ったんだろ』
『もう勝った気でいるって一ノ瀬には思えたんじゃないの?』
「なるほど。みんな鋭いね」
コメント欄を見て感心する大吾であったが、
『あずさ、大吾っちが耳打ちしようとしたとき、目を閉じたな』
『どんな勘違いしたんだw』
『俺たちはそこら辺、見落とさないぞ』
『この泥棒猫! ちょっといい気になりすぎでございます!』
鋭すぎる視聴者に気づいてうろたえたあずさは急いで大吾に呼びかける。
「だ、大吾さんっ! あの人はライセンスも鍵も持ってないみたいですよ!」
確かに大事なのはそこだ。
「これ見てください」
あずさがリュックからぎょっとする物を取り出した。
井上との戦いで手に入れていた、あのトラウマの元凶、エアガンである。
敵を大木に貼り付けた際、井上の腰から落ちていたのだ。
「何かに使えないかと思って拾っておいたんだけど」
あずさはそう呟くなり、エアガンを浮かせて、塔の上に高速で移動させた。
『おお、すげえ』
『あずさちゃん、日増しに強くなってる』
『日増しどころか秒増しだ』
『それくらいで私は誤魔化されませんからね、泥棒猫』
あずさが浮上させたエアガンは、塔の上にいる一ノ瀬の前でピタリと止まった。
「おいこら卑怯だぞ!」
エアガンの銃口を見て一ノ瀬はさらに荒れ狂う。
「ダンジョンにいるなら鬼道で勝負せいや!」
雷でエアガンを撃ち落とそうとするが当たらない。
一ノ瀬のまわりを衛星のようにくるくる回転し続ける。
「ちょこまかと!」
これでも喰らえと雷を打ち続けるがすべて無駄打ち。
一ノ瀬の手と頭の動きに連動しているので、一ノ瀬が動けば動くほど、攻撃は当たらないのである。
「おらおらおら!」
侵入者のことなど忘れ、エアガンとの戦いに夢中になってしまった一ノ瀬。
その姿を大吾は静かに見つめていた。
「昨日の敵が今日の友になったか……」
「呑気なこと言ってないで、行きましょう!」
大吾の手を取って進むあずさ。その間も一ノ瀬は叫んでいた。
「おらおら! 死ねやあ!」
エアガンに夢中になりすぎて、二人が場内に入っていくのをやすやすと許してしまうし、それすら気づかず、エアガンとイチャイチャしてるだけ。
『馬鹿すぎるw』
『だせえぇぇw』
『こいつも結局どっかで頭打った感があったな』
『これで残りは……、何人?』
そのコメントからある真実が浮かび上がってきた。
『深尾とカイジだな』
『いや雪村って女もいる』
『なんだよ雪村って』
『あずさちゃんの配信で急に出てきた謎の女』
『あずさとカイジはぜんぶ演出だったらしいね』
『まじ?』
『いきなりドロドロ感が出てきたw』
『雪村ってのがここのボスだったりしてなw』
さりげなく事実に迫ってしまう視聴者をよそに、戦いはいよいよ大詰めになっていく。
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