第29話 門番達との戦い 後編
その頃あずさはゴランズの一人であるモデルガン馬鹿こと、井上と戦っていた。
あずさも別枠で配信を続けていたので、その一部始終はしっかり全世界に公開されている。
ただ大吾チャンネルの視聴者と違い、コメント欄はカオスだ。
『だめだ、あずさちゃん、君は戦うべきじゃない!』
『あずさちゃん、逃げろ!』
『あずさあーーーーーーっ!』
優しくて心配性なあずさファンが悲鳴を上げれば、
『早く死ね、ビッチ』
『カイジくんを裏切った罪は重い』
『戦う前に、あんたは謝罪すべきことが山ほどあるでしょ』
カイジを裏切って大吾になびいたことに怒りを覚えたかつてのファンが、激しい憎悪を叩きつける。
とはいえコメント欄を追っかける余裕がまるでないあずさは、風を使って懸命に井上の攻撃を凌いでいる。
予想外だったのは、鬼道を一切使えなかったあの男が、しっかり土の鬼道を使ってくることだ。
いったいどんなドーピングをしたのか、ハイレベルな攻撃を仕掛けてくる。
河原に散らばる小石を集めてひとつの大きな塊にさせると、浮かせてミサイルのように放り投げてくる。
かと思えば今度は逆に散弾銃のようにしてきたり。
あずさがやろうとしていた攻撃手段を井上が使っている状況。
体力は少しずつ削られている。
一度喰らったら死んじゃうほどスペックが低い大吾と違って、あずさの体力は人並み以上の数値があるが、攻撃を受け続ければ当然もたなくなる。
それに避けきれないほど小さい石や破片が手や顔に当たっているので、いつの間にか頬から血が流れていることに気づく。
もしかしたら飛んでくる石のサイズによっては骨のひとつやふたつは粉末にされる可能性も出てきた。
とはいえ相手の密な攻撃に対して仕掛ける余裕がない以上、大吾のアドバイスに乗っ取り、
「敵が疲れるまで避け続ける」
ことしか手段がなくなる。
そこで視界が開けた河原を捨て、もう一度、林の中に入った。
ここなら身を隠して攻撃をしのげる状況を作りやすい。
相手がどこにいるか判別するのが難しくなってしまうが、背に腹は代えられない。
期せずして大吾が徳永との戦いで使った戦法になったが、井上はここでもあずさの予想を超えてくる。
「無駄玉を射たせるつもりなんだろうが、俺は徳永と違って馬鹿じゃねえからな」
その言葉通り、攻撃が止んだ。
嘘みたいな静けさがやってきて、聞こえてくるのは川が流れる音だけ。
こちらの意図を読まれ焦るあずさだったが、あることに気づいた。
もしかしたら井上は大吾さんの配信を見ていたのかもしれない。
あるいは配信を見ていた別のメンバーから、無駄打ちを止めろと注意された可能性がある。
どちらにしても、これは大吾が徳永に勝った証拠ではないか?
大吾が見事に徳永を倒したから、必要以上に攻撃を続ける無意味さに気づいたのかもしれない。
「急がなきゃ」
集中力を研ぎ澄ます。
もたもたしてると大吾さんが助けに来てしまう。
これ以上他人に迷惑をかけたくない。
私一人でやるんだ……。
「ねえ! いつの間にそんな凄くなったの?!」
喉が枯れるくらい大きな声を出した。
返事はない。
相手は警戒している。
「鬼道なんてまるで使えなくて、みんなに当たり散らしてたあなたが、見ない間にこんな立派になってるなんて思わなかった!」
まだ返事がない。
井上はこちらの出方をうかがっている。
あずさも彼に呼びかけながら、その姿がどこにあるか必死に探している。
「みんながなにを言ったか知らないけど、私の本命はずっとあなただった! それだけは嘘じゃないし、その気持ちは今も変わってない!」
あずさが心理戦を仕掛けているのは視聴者もわかっているから、彼女の言葉ひとつひとつを真剣に聞いている。
「ひでえ女だな、お前……」
井上がついに反応する。
「ここまでしょうもない女だと思わなかった! そんなガキみたいな真似して俺が引っかかると思ってんのかよ!」
「思ってないわよ……」
井上が怒ってくれればそれで十分だった。
だが井上も勝利を確信していた。
あずさのくだらない誘いを聞いたことで、その叫び声がどこから出ているか探り当てていたからだ。
声が聞こえた方向にあの女がいる。間違いない。
ゆえに笑った。
勝利への確信を持って攻撃を仕掛けた。
あずさがいるであろう場所に大量の石を浴びせる。木の枝をナイフにして何百本も放り投げる。持てる力すべて使って集中砲火を繰り出した。
「死んだか?」
汗を流しながらもひと仕事終えた満足顔で近づくが、
「いない……?」
どこにもいない。
おかしい。
声は確かにここから聞こえたのだ。はっきりと……。
「ごめんね。井上くん」
ただ声だけが聞こえる。
「声を風に乗せてあちこち漂わせると、こういうことができるみたい」
あずさの声が四方八方から聞こえてくる。
「な、なんだこれ!」
周囲を見回してもあずさの姿はなく、ただ声だけが全方位から聞こえてくる。
「私はあなたがどこにいるかもうわかってる。だけどあなたには見えない」
「……」
どこから攻撃が来るのかわからず、井上の顔に焦りが出てくる。
このままやられたら、とんでもないことになる。
井上の手には十七万を越えるペナルティが刻まれていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ……」
無理矢理笑顔を作る井上。
必死の命乞いである。
「か、カイジから聞いてるんだ。雪村がお前らに嫉妬して、嘘言いまくったんだろ? お前たちのチャンネルから雪村を外して、本当に二人きりでやろうとしてるのが気に入らないから、雪村がめちゃくちゃなことをやってるって」
その言葉にざわつき始める視聴者たち。
『雪村って誰だよ……』
『あずさとカイジって二人でやってるんじゃないの?』
『雪村の嫉妬ってなんなの?』
『恐らく、知らん間にかなりエグいことがダンジョンであったな』
井上は両手を挙げ、無抵抗であることを示す。
「正直さ、雪村がドンドンヤバくなってって、俺たち困ってたんだよ。俺らのリーダーも雪村と話している内に人が変わったみたいになっちゃって。このままじゃやばいんじゃないかって俺も不安でさ。お前も雪村にひどい目にあったんだろ? 心配してたんだよ、だから……」
「だから?」
「手を組もう。本当はそれがしたかったんだよ」
井上がそう呟いたとき、彼の真横にあずさが立っていた。
「絶対いや」
「うおわっ?!」
井上の身体は首根っこをクレーンで掴まれたみたいに急上昇。その勢いのまま、大木にピタリと貼りついてしまう。
「な、なんだこれ?!」
さっきまで井上が武器として使っていた無数の木の枝がふわふわ漂って井上の体に貼りついていく。井上を大木に押さえつけるためのフタのようになった。
「ごめんね。さっき言ったこと全部嘘だから」
あずさは冷たく言った。
「けど鬼道が凄くなってるのにビックリしたのは本当。いったい何をしたの?」
「雪村の仕業に決まってんだろ!」
井上は悔しそうに呟く。
「あいつ、悪魔に取り憑かれたんだ。そうに決まってる。結局みんなあいつのせいってことだよ。お前も大吾もマジで殺される、覚悟しといた方がいい!」
「そんなことにはさせない。私はただカエデさんに謝りたいだけ。私のせいでこうなったのは間違いないから」
井上に背を向けて歩き出すあずさだったが、
「お前がカイジを説得してくれよ! さっさとよりを戻して雪村の機嫌を直せば、それで済む話だろって!」
「……」
あずさはなにも言わずに去って行く。
この二人の会話に視聴者の混沌は増すばかり。
『よりを戻すってなんなん!』
『雪村って人とカイジくんがなんでよりを戻す必要があるわけ?』
『こりゃ妙だなってか、あずさとカイジ、ヤバい感じあるな』
『大吾があずさを誘拐した意味、ちょっとわかってきた』
―――――――――――
少しずつ状況を受け入れる視聴者の中にあって、ただ一人、壱予だけはその不安げな顔を変えずにこわばっている。
「弱すぎる……。風見さまの手とは思えぬほど……」
大吾は見違えるような成長を遂げているし、あの泥棒猫も大したものだ。
それは認めるとしても、あまりに相手が弱い。
元の入れ物が貧弱だったとしても、風見の力を少しでも注がれれば、壱予の手にすら負えないほどの強化を見せるはずなのだ。
「風見さま、いったい何をお考えなのです……?」
風見のことを考えると壱予の体は勝手に震えだす。
百合若壱予にとって風見は義理の姉というだけではない。
どれだけ努力しても決して追いつけない絶対的な高みにいる存在。
憧れであり、希望であり、それ以上に恐ろしい存在。
風見が想像を上回る速さで暗躍しているのは間違いが無い。
しかしその目的がなんなのか、壱予はつかみきれずにいたのである。
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