第23話 あずさ、語る 前編

 私、丹羽あずさは母親と揉めており、今も和解できていない。


 母は私を一流のバレエダンサーにしたくって、親としてやれることはなんでもやった。

 でも、良くあることと言えば良くあることなんだけど、それは母の夢であって、私の夢じゃない。

 

 私に才能が無いことは初めてすぐに思い知らされたし、このまま続けていっても結果に繋がらないことはわかりきっていた。母以外には。


 バレエを続けていけばいくほど、自分が惨めになる気がして、もうこれ以上は無理だと思った。

 私のまわりには本気で自分の夢を叶えようと文字通り血の滲む努力をしている子がいっぱいいる。

 その隣で「逃げたい、やめたい」と考えているばかりの私の存在はあまりに汚れていて、いるだけで申し訳ないと思う気持ちも強くなっていた。


 それでも私は母と向き合うことができず、父親経由で「やめる」という意思を伝えると、そのまま逃げた。バレエと母親から。


 家から飛び出して、小さなアパートで一人暮らしを始めたときは自由になったと思ったけど、それはあくまで最初だけ。

 低賃金のアルバイトだけでは暮らしていけず、父からこっそり援助してもらっている私の状況は、結局のところ母の言葉を証明するだけに過ぎないと気づいた。

 

「あなたは何をしても中途半端で、ひとつもやり遂げることができない」


 私の家を探し当てた母は、私にこうも言った。


「臆病者、卑怯者、薄情者」


 こんな娘に育てた覚えはないと最終宣告を告げられた私は悔しくて、惨めで、情けなくて、外をさまよっている内に、あの場所にたどりつく。


 世界の果てに通じているような大きな穴。

 

 おいでおいでと誘われている気がして、ふらふら入り込んだ。


 彼と彼女に会ったのはそれから五分後くらい。


 カイジくんもカエデさんも、自分たちは沖縄に住んでいるというので、私は混乱した。だって私は札幌にいたんだから。


 カエデさんが着ている服や、持っている免許証を見て嘘をついてないとわかったとき、私は怖くなり、帰ろうとした。


 その時、カエデさんが叫んだ。


「ねえ、この状況撮影して公開したら、凄いことになる気がしない?」 


 カエデさんの指示で、テイク2を作った。

 私とカイジくんにスマホを持たせ、撮影中にばったり出くわすという「作品」をその場でつくって公開した。


 これが私達の始まりだった。


 カエデさんはプロデューサーになり、私とカイジくんは演者になった。


 カエデさんには確信があった。

 

「丹羽さんみたいな地味な子、いわばモブキャラを、カイジくんのような超イケメンが徹底的に可愛がるわけ。丹羽さんからじゃなく、あくまでカイジくんが丹羽さんを愛でるわけ。これ、必ず受けると思う。みんなが丹羽さんに自分を重ねて、カイジくんに夢中になるの。いいと思わない?」


 カエデさんの言うとおりになった。


 みんなが私達の配信を見た。

 みんながカイジくんの美しさに驚いたし、夢中になったはずだ。


 私もこんな綺麗な男の子がいるんだと最初はびっくりして、慣れるのに時間がかかった。


 カイジくんは子供のような無邪気さがあった。

 底抜けに明るい子だった。

 自分の魅力がわかっていて、どうすれば女の子を夢中にできるのか完全に把握しているようだった。


 一方、配信の中で私は確かにモブキャラだった。

 顔のパーツを消しゴムで綺麗に消し取り、ここにあなたの顔を入れ込んでくださいって役割を、私は一生懸命頑張った。

 

 この配信のおかげで、私は親の援助無しでやっていけるようになった。

 カエデさんが、私を自由にしてくれた。

 

 カエデさんに感謝したくて、彼女が求めることは全部やった。


 けれど、カイジくんがどことなく他人事のように事態を見ていることに、いつしか私は気づくようになる。 

 

「いつまで続けるのかな、これ」

 

 そう呟くカイジくんの独特な冷たさが私には怖かったけど、カイジくんは私のような地味な子には興味が無いらしくて、いつだって同僚のように接してきた。


「まあ、稼ぐだけ稼いだらやめようよ」


 淡々と呟くのに、いざスマホの録音ボタンが押されると、天使のような笑顔になって私の髪を撫でたり、頬を指で突いたり、どれだけ私のことを大事に思っているかという、カエデさんが考えた台詞を情感たっぷりに完璧に音にして紡いでいく。


 カエデさんは私達に満足してくれているようだった。

 

 カイジくんの凄さを世の中が気づくようになるのが嬉しいみたいで、いつか雑誌の表紙になるよと、カイジくんに抱きついたりして。

 

 それと同時に、視聴者に自分の存在を気づかれたら終わりだと、徹底的に自分の存在をひた隠しにする。

 センス抜群だった私服のレベルをどんどん落とし、いつも完璧に整えていた髪もまるで徹夜明けの会社員みたいにボサボサにしていく。


 飽きられたら終わりだと考えていたカエデさんが、次第に私達に厳しくなっていったのは事実で、多分、その頃からカイジくんは息苦しさを覚えていたんだろう。


 その頃、ゴランズが私達にホーリーズを交えてのコラボを持ちかけてきた。


 自分の存在を明るみに出すのはいやだとカエデさんは拒んだが、カイジくんは乗り気で、絶対受けようと珍しく引き下がらなかった。

 ダンジョン配信に子供のような興味を抱いていたカイジくんは、もっとダンジョンの奥まで進みたいと常々口にしていたくらいなので、この話だけは絶対に逃したくなかったんだと思う。


 結局、私達はコラボすることになった。

 カエデさんは途中参加のただのスタッフになり、ゴランズやホーリーズの前で私とカイジくんは本当の恋人にならなくてはいけなかった。


 カメラが回っていないときは私に関心を持たなかったカイジくんが、ゴランズたちの視界にいるときだけはやけに密着してきて、仕方ないとはいえ、私は困惑した。


 時々本当にキスしようとしてきたり、卑猥な冗談も投げつけてきたりして、私は息苦しくなってきたし、なによりそれをカエデさんの前でやろうとするから、カエデさんも本当に苦しくなっていたと思う。


 それからダンジョンに対する向き合い方で揉めるようになると、カイジくんとカエデさんの意見も割れていく。


 いったんダンジョン配信から離れたいというホーリーズに同調するカエデさんと、ゴランズと共に自分たちがダンジョンのパイオニアでいるべきだと訴えるカイジくん。


 そんなときでもあくまでスタッフとしての立場を貫こうとするカエデさんと、演技するのも忘れて「お前にはうんざりだ」とカエデさんが彼女であることを隠そうとしないカイジくん。


 お互いの感情がぶつかり合ってひどいことになって、あのゴランズのみんなまでもがいったん落ち着けと制するくらい。


 ただこれをきっかけに、私達のいびつな関係に皆が気付き始めたのは間違いない。


 カイジくんはカエデさんと目も合わせないようになり、まるでゴランズのメンバーであるかのように彼らとべったりになる。


 私は完全にどっちつかず、ここでも母の言うとおり「何をするにも中途半端で、何ひとつやり遂げられない、自分で決められない」女になってしまって、ホーリーズの女性陣二人になんとなくくっつくだけの日々。


 そして決定的な日がやって来る。


――――――――――


 後編に続きます

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