第22話 勝負は一瞬 恨みは永遠

 大吾は堂々と、真っ正面から徳永に近づいていく。

 あずさが見ていられないと目を閉じるほど、無防備に。


「あの~、ちょっと話をしない?」


 呑気に手を振る隙だらけの男があの保本だと気づいた徳永。


「お、おまえ!?」


 驚きのあまり、アニメのキャラクターを思わせるほどのハイジャンプを見せるが、すぐに野獣のような顔になると、持っていたライトを投げ捨て、両の手を合わせる。


「ほのお、ほのお、ほのお! 燃やせ! 焼けっ!」


 早口でまくしたてると、徳永の手から大きな炎の弾が三発、超高速で大吾に向かって飛んでいく。


「避けてっ!」


 後ろからあずさの悲鳴が聞こえたが、大吾は避けなかった。


 炎は大吾に命中……、したように見えたが、実際は当たる直前になって冷水を浴びたかのように蒸発して消える。


「おい、なんで!?」


 攻撃が無効化されたことに苛立ちを感じた徳永はあとずさりながらも、死ねとか、くたばれとか、Fランクが、などなど、憎しみのこもった言葉と共に炎の攻撃をこれでもかと浴びせていく。


 しかし届かない。すべて消えてしまう。


「な、なんで……?」


 とうとう力を使い果たし、尻餅をつく。

 その姿を大吾は呆れながら見つめる。


「だってそんなに、ほのおほのお、言ってたら、なにするかわかるだろ……」


 なぜそんなことに気づかず、言葉に頼るのかわからない。

 

「じゃんけんするまえに、パー出すぞって言ってホントにパー出しちゃってどうすんだよ」


「……」


 ショック状態の徳永に向けて、大吾は世間話をするように近づく。


「ペナルティのことは聞いた。今、君の手にはなんて書いてある? 見ただけで吐きそうになるくらい凄い数が書いてあるんだろうね」


 1対1のバトルなのにマイペースを貫く大吾がかえって不気味に見えるのだろうか、徳永は口をあんぐり開けたまま、後ずさりしていく。


 徳永は自分の立場を思い知ったのだろう。

 自分はもう詰んでいる。目の前のおっさんを倒すすべが自分にはないと。


「俺がこれからどんな術を繰り出すか、君はわからないだろう。火か水か雷か。どちらにしろ言うつもりはないけど、俺の攻撃に耐えられなかったら君はどうなる? もう、わかるよな。何日後に目が覚める?」


「わかった……、わかったって!」


 顔面蒼白の徳永。


「降参する!」


 両手を挙げ、汗びっしょりになって叫んでくる。


「さすがは所帯持ち。懸命な判断だ」


 大吾はにっこり微笑むと、徳永の両手両足に水を巻き付け、即座に凍らせた。

 まるで縄で縛られたように身動きが取れなくなる徳永。


 大吾は近づいて彼の手の甲を見る。

 177147という数字に、立ちくらみを覚えるほどショックを受けた。


「なんでこんなになるまで……!」


「バカみたいだろ」


 徳永は自らを嘲笑う。


「もう後戻りはできないんだよ」


「……ああ、そう」


 大吾は適当に受け流すと、徳永が背負っていたリュックを剥ぎ取り、中の物をぜんぶぶちまけた。


 奪われた鍵があれば万々歳だが、そう上手くはいかず、入っていたのは徳永の私物ばかり。

 だが大容量のモバイルバッテリーとUSBケーブルを見つけると、心の底から安心感を覚え、今までのストレスと重圧を全て溜息にして口から放出した。


「悪いけど、勝手に買わせてもらうよ」


 戦利品として奪うにはどうにも気が引けるので、財布から五千円取り出して徳永の近くに置いた。


「ああ、好きにしてくれや」


 憤然としていた徳永だが、突然子供のようにやんちゃな顔になる。


「あんた、たいしたもんだな。Fランクだと思って甘く見すぎた」


「そりゃどうも」


「バカ真面目に金払ってくれたお礼にいいこと教えてやる。お前の女のあのバケモノは外に逃げたよ」


「教えてくれてありがとう」


 大吾も薄々そう考えていたから驚くこともない。

 きっと家の中はめちゃくちゃになっているだろうと覚悟はするが、ひとまず自分のスマホとバッテリーをケーブルで繋ぐ。

 充電が始まり、大吾はあずさに向かって、やったとばかりに笑ってみせる。


 しかし徳永の減らず口は収まらない。


「おまけにもっといいこと教えてやる。あのバケモノのライセンスカードは俺たちが持ってる。拾ったんだ。つまりあのバケモノはここにはもう入れないってことさ」


「……」


 思わず相手をにらみつける。

 その反応を徳永は大いに喜んだ様子。


「どうする保本さん。あのバケモノ抜きでなんとかできるか? なんとかするか? ええ、おい?!」


 できるはずないだろ、やってみろとばかりに高笑いする徳永。

 なすすべなく大吾に負けたのが悔しくて、少しでも憂さを晴らしたいだけで内密にしておくべきことをどんどん話してしまう。


「はあ……」


 大吾は重い溜息を吐いた。


「こんな面白いダンジョン見つけても結局人間同士で争うなんてバカみたいだ。そりゃ壱予もガッカリするわな」


 そして動けない徳永を失望の眼差しで見下ろす。


「ここにいればいずれカイジくんが戻って来るだろ。彼に助けてもらって、あとは好きにしたらいい。カイジ君の言うとおり、一度くらい家に帰っても問題ないんじゃないか?」


 あずさと共に去って行こうとする大吾に徳永は捨て台詞を投げつける。


「やっぱりあの女の言うとおり、息の根を止めておくんだった。お前の喉元を切り刻んどきゃよかったんだ」


「女……?」


 ついつい首が勝手に丹羽あずさの方を向いてしまった。


「わ、私じゃない!」


 あずさが顔を真っ赤にして叫ぶ。


「気をつけろよ~、大吾っち」


 徳永はあえて馴れ馴れしく接してくる。


「あのヤリマン、カイジがいるのに、ホーリーズの男全員と寝たんだぜ」


「ちがう、そんなことしない!」


「……」


「あんな根暗な顔してんのに、大股開いて俺たちの気を引こうとしたんだ。恐ろしい女だよ。あいつのせいでみんなバラバラになったんだ。笑えるくらいにな」


「ちがうちがうちがう!」


 激しく首を振るあずさ。


「あのヤリマンがぶっ壊したんだ! 全部だ!」


 徳永は激しい怒りをあずさにぶつける。


「あんたも用心しとけよ。気がついたらみんなあの女が奪ってる。それとももう寝たか? 寝ちまったか? だったらごしゅう……」


 言い終える前に徳永の口に氷が貼りついて、喋れなくなった。


「丹羽さん、行こう」


 口をもごもごさせながらジタバタする徳永をほっぽって、大吾は歩き出す。


 そのすぐ後ろをあずさがついていく。


 しばらくは無言だった。

 復活の兆しを見せ始めるスマホのライトを使って、林の中をひたすら歩く。


「大吾さん、なにも聞かないんですね……」


 とうとうあずさが口を開く。


「いや……、正直、聞く度胸がないんだ」


 あずさの方を見ず、背中で話す大吾。


「聞いたら聞いたで受け止められるかどうかもわかんないけど、俺はあの男より、君の方がよっぽど信頼できると思ってるよ」


「……」


 そして大吾は本心を言った。


「本当に、辛い目にあったんだね」


「……」


 あずさはふうっと息を吐き、意を決したように呟く。


「これから独り言を言います。独り言だから聞かないでいいです」


「あ、うん……」


「あずさとカイジは、二人で始めたんじゃないんです。他にもう一人います。その人がカイジくんの、本当の彼女です」


 あくまで独り言だから、


「マジかよ!」


 と言いたいのを必死でこらえる。


「雪村カエデさんといって、私はただ、彼女が書いた筋書きの通りに喋って、動いてただけなんです」


 まーじーかー!


 夜空に向かって叫びたいのを必死で耐える。


「彼女は今もダンジョンの中にいます。まるで何かに取り憑かれたみたいに、古城の奥深くにこもって、出てきません」


 それから丹羽あずさは雪村カエデとその周辺においてなにが起きたのか、そのすべてを語りはじめた。

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