第21話 大吾、戦う……?

 丹羽あずさと共に深い谷底から脱出した大吾。

 両者ともに記録の鍵を奪われている手前、ダンジョンから抜け出す手段として最も安全と思われるのが「他の探索者に会って助けてもらう」という策。

 

 二人はあちこち歩き回った。


 しかしダンジョンはあまりに広すぎた。

 三時間以上歩いて誰にも会わない。


 無駄に時を過ごしたことになり、懐中電灯でもなければ進めないくらい周辺は暗くなっていく。

 そもそもダンジョンの中なのに朝と夜の概念があるのが不思議だが、今日もまた、当たり前のように夜になる。


 大吾もあずさも照明として使えそうな物は何一つ持っていないので、お互いの顔すら見えないくらいになってしまうと、林の中で身を隠すしかなかった。


「誰にも会わないのも当然っちゃ、当然か」


 あれだけの爆発が起きた上に、そのあとの焼け野原を見てしまえば、脅えてダンジョンに来なくなる者もいるだろう。


「ホーリーズの茜さんが言ってたことがあるんです。ここは私達が手を出しちゃいけないところだったんじゃないかって……」


「あのアカさんが……」


 ホーリーズは一流大学に在籍している現役学生で構成されたグループだが、その中でもアカさんこと来島茜きじまあかねは、群を抜いて頭の良い子だった。


「もしかしたら、ダンジョンの中には、見えないところで私達を見張ってる誰かがいて、私達にあわせてダンジョンを調整してるんじゃないかって。広さも、敵の強さも、ダンジョンにいる探索者の人数や強さにあわせて変化させてるって」


「本当だったら、凄い話だね」


 壱予に今度聞いてみようと思う大吾であったが、あずさはこうも言った。


「でも茜さんは言ったんです。ぜんぶ悪意から来てるって……」


「悪意?」


「みんなを楽しませよう、強くさせよう、人間の新たな可能性を開く鍵がここにあるんだよってワクワクさせておいて、その裏には作り手の悪意が隠れてる。それが門限と、そのペナルティからひしひし感じる。それだけ言って茜さんはもうダンジョンから手を引くって言い出したんです。そこからみんなが揉めて、ホーリーズのみんなはゴランズに襲われて……」


「……」


「いまなら、茜さんの言ってたことがわかる気がします。ここにずっと居続けると、何かがおかしくなってくる……、心が荒んでいくんです」


「怖いね……」


「すみません。こんな夜にする話じゃなかったですね」


 謝罪するあずさの表情は周囲が暗すぎて見ることができない。

 少し離れたところから声だけが聞こえる状況だった。 


 改めて大吾は自分の手を見つめる。

 もう少し時間が経てば、おそらく大吾のペナルティは27日になる。あずさに至っては聞くことすらためらわれるほどの日数になるだろう。


「なんとかしないとな……」


 やはりゴランズの拠点に忍び込んで鍵を奪い返すしかないのだろうか。


「あ、大吾さん、向こう見てください……」


 あずさが近づいて、あそこを見ろと指を差す。


 遠くから灯りが見える。

 粒のように小さいオレンジ色の光が揺れている。


「誰か、歩いてる……?」

「人だといいんですけど」

「ついでに味方なら最高だけどね」


 ここで立ち止まってはいられないと、音を立てぬよう、しゃがみながら歩いていく。


 見えてきたのは、懐中電灯を持った若い男一人。


 彼が着ている服を見て大吾は思い出した。


「俺のリュックを漁った奴だ……」


 ゴランズに襲われて身動きが取れなくなった大吾から記録の鍵を奪い、それをリーダーに渡した男に違いない。

 ゴランズは配信中はマスクで顔を隠しているが、素顔をさらけ出しているところを見ると、録画や配信はしていないようだ。


「ゴランズの徳永くんです」


 あずさは無論、彼を知っている。


「気をつけてください、彼、ゴランズの中では一番、魔法が上手です。確かランクDだったと思う……、それに、その」


 優しいあずさは、徳永という男を説明するためにトゲのない言葉を探そうとしているようだが、結局こう語るしかなかった。


「暴力で人を傷つけることに戸惑いを感じない人です」


「そっか……」


 あずさが言いたいことはきちんと伝わった。


「でも私が離れたところから風を起こして気をそらせば……」


 その直後に大吾が攻撃を仕掛ければ「勝てる」だろうか。


「丹羽さん、よそう」


 大吾は静かに言った。


「俺を襲ったときと同じ服着てる。着替えてないとしたら全然帰ってないってことだよね。それで彼を襲って、もし俺らが勝ったとしたら、彼は何日後に目を覚ますんだろう」


「あっ……」


 あずさはハッとした様子でうつむいた。


「そうですね。私、ひどいこと……」


 自分で自分が信じられないあずさ。


「しょうがないよ。元々あいつらが悪いんだから」


 大吾は大木を背にしながら様子を見る。


「彼、なんでこんなところにいるのかな」


「人を待ってるんでしょうか……」


 その読みは当たった。


 五分もしないうちに、別の男が近づいてきた。

 その顔を見て大吾は驚き、あずさの表情は険しくなる。


 甲斐順平。

 通称カイジ。


 丹羽あずさの彼氏として「あずさとカイジ」と名乗り、トップ配信者となっている男である。


「え……?」


 戸惑う大吾。


 あずさはカイジと「はぐれた」と言っていた。

 彼もゴランズと揉めてひどい目に遭ったと思っていた。

 あずさがカイジと再会できるよう、できるだけのことをしようと考えていた。

 なのにどういうわけか、カイジは徳永と仲よさげに話しているのである。


「あの……?」


 おもわずあずさを見た。

 しかしあずさはじっとうつむいているだけだ。


 こりゃワケありだ。しかもただのワケありではない。

 超ワケありだ。

 

 あずさを見ていると気まずくなるので、とりあえず一旦は沈黙を貫いて徳永とカイジのやり取りを見る。


「そんじゃ、買い出しに行ってくるわ」

 カイジは右手にメモ用紙を握り、左手には自分用の鍵を握っている。


「悪い。手間かけるねえ」


 馴れ馴れしくカイジの尻を叩く徳永にカイジは苦笑する。


「徳永さんって結婚して子供もいるよな。さすがにここまで帰れないといろいろしんどいだろ?」


「どうかな。もう別の相手探して一緒に暮らしてるんじゃねえの?」


「そんな悲しいこと言うなよ……」


 茶化すように徳永の肩を揺らすカイジ。


「だって、いくら連絡してもこっちに来ないんだぜ。戻ってこいしか言ってこねえ」


「しょうがないよ。小っちゃい子がいりゃ、冒険するのはしんどいさ」


 徳永を慰めるカイジの顔はやはり美しい。

 立っているだけで絵になるカイジが、地味でおとなしい丹羽あずさにベタ惚れしている関係性が彼らの売りであった。


「わかってる。それにお尋ね者になっちまってるしな。なおさらさ」


「ああ、それなんだけど。やっぱりあんたらのことはぜんぜん話題になってないよ。ビビりすぎなんじゃないの?」


「いやいや。あれだけのことしちゃったんだ。外に出たら即逮捕。決まってるさ」


「そうかなあ。意外とバレてない気もするんだけど……」


 煮え切らないカイジを見て、徳永は真面目な顔になって話しかける。


「ちょっと前にここを出ようとする若い子に聞いたんだ。政府がしばらくダンジョンに行かない方がいいって声明を出したから、いったん帰るって」


「ほんとかよ……」


「例の爆発だよ。あれの原因がわからないから調査するのと、壊れた橋を直すのを同時に行うから、それが片付くまではダンジョンから出ろって」


 思わぬところで有益な情報を手に入れた。

 やはり周囲に人がいないのは政府、おそらく宮内庁が口を出したからだ。


 ってことは、若村真という役人はダンジョンでなにが起きたか把握しているに違いない。つまりゴランズ達がしでかしたことも彼らは……?


「むかつくな」


 カイジは吐き捨てるように言った。


「すっかり自分らがダンジョンの管理人みたいな態度じゃねえか。国がいちいち口を挟んだら、なにもかもがつまらなくなる」


「仕方ないって」

 

 徳永は疲れたように笑い、その場にしゃがみ込んだ。


「勝てないよ、そういうパワーには」


「しっかりしろよ。そのための革命だろ? やれるさ」


 徳永の肩に手を置き、天使のような笑みを投げかけるカイジ。

  

 破壊力抜群だなと思う大吾だが、カイジが口にした革命という大げさな言葉にドン引きしたのも事実だった。


「そうだな。やるしかないよな」


 そう呟く徳永の肩を優しく叩きながら、カイジは鍵の力を使ってダンジョンの外に出ていった。

 買い出しというくらいだから、ダンジョンから出ようとしないゴランズのために必要な物資を調達してくるつもりだろうか。


 となると、カイジはゴランズとは仲違いしているどころか、むしろがっつり協力関係を維持しているように思える。


 ではなぜ丹羽あずさはゴランズに襲われ、崖から放り投げられたのだろうか。


 彼女の切羽詰まった顔を見ると色々想像がはかどってしまうが、それはまず置いておこう。


 今すべき事はひとつしか無い。


「丹羽さん、ちょっと彼と話してくる」


「えっ? 大吾さんそれはあぶな……」


 大きな声を出しそうになって慌てて両手で口を塞ぐあずさ。

 その時にはもう大吾は、徳永の視界に入ってもおかしくない場所を普通に歩いていた。

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