第24話 あずさ、語る 後編
国が決めたライセンス制度に従うために、しばらく更新をお休みしますという配信を皆で行ったあと。
一人で後片付けをしていた私に、カイジくんが近づいていた。
「あいつになんか言われた?」
あいつとはもちろんカエデさんのこと。
「いえ、何も」
「あいつ、最近うるさいよな。俺たちだけじゃなく、ゴランズやホーリーズにもああしろこうしろって命令してるみたいでさ」
「そうなんですか……」
私は怖くなっていた。
カイジくんと二人きりになっていると気づいたから。
そしてカイジくんがその時を伺っていたことがわかったから。
「そういや、あずさちゃん、最近綺麗になったよね」
「そうですか?」
いやな空気になってると思った。
「ずっとみんなに見られてるから磨きがかかったって言うのかな。でも、もともと可愛かったよね。みんなが気づいてないだけで」
カイジくんは私が逃げられないよう、少しずつ、隅の方に誘導してくる。
私は本当に怖くなっていた。
「そんなことないです。わたし、ちょっと手を洗いに……」
部屋を出ようとしたとき、カイジくんが私の手をつかんだ。
「よく見たらスタイルも凄く良いよね。バレエやってたんでしょ。そのせいかな」
「……あの、離してください」
手を振りほどこうとよじっても、カイジくんの力は強い。
「俺のこと好きなんでしょ。だからこんな馬鹿なことずっと続けてきたんだ。違う?」
「違います。私はただ……」
母から逃げたかったから。
自立したかったから。
カエデさんに恩返ししたかったから。
「あいつを捨てて、本当のカップルになってさ、俺たちだけで配信しようよ。その方が絶対いいって!」
「離してください!」
もうこうなったら大きな声を出すしかなかったから、私は全開で叫んだけど、真っ先に駆けつけたのは、カエデさんだった。
「なにしてるの?」
カエデさんは幽霊みたいな顔で私達を見ていた。
カイジくんはそれを見てぎこちなく笑った。
「ああ悪い。この子が誘ってきたから、ちょっとその気になっちゃって。悪い、酔っちゃったかな」
カイジくんはそう言うと、
「今日のところは忘れて、ノーカンで」
子供のように無邪気に言って、部屋を出て行った。
カエデさんはカイジくんには目もくれず、私を睨んでいた。ずっと、ずっと。
「違うんです。カイジくんの方から……」
必死で弁解しようとしたときにはもう、カエデさんも部屋を出て行った。
カエデさんを傷つけてしまったと思った。
カエデさんは、カイジくんのことを日本中に見せたいといっていた。
こんなに綺麗な子がいることを世の中に気づかせたいと。
あまり裕福とは言えなかったカイジくんの生活は、すべてカエデさんがなんとかしていた。
そのせいで、カエデさんの家族に亀裂が走っていたのもカイジくんから聞かされていた。なのにカイジくんはカエデさんが惜しみなく投資することを、当然だとばかりに考えていた。
「だって、あのこ、俺のことめちゃくちゃ好きなんだぜ」
そんなカイジくんが一方的に離れようとしていると気づいたとき、カエデさんは壊れてしまったと思う。
そして壊したのは私。
そこから地獄が始まった。
カエデさんがゴランズの面々に私についておかしなことを言い続けたのだ。
「あずさがカイジくんと縁を切りたがっている」
「かわりになる男を捜している」
「あなたがいいんじゃないかと私に相談してきた」
それをゴランズの全員に言うのだ。
全員がおかしな視線を私にぶつけてきた。
カイジくんのように二人きりになろうとしてくる人もいた。
一分一秒が怖かった。
ここを抜け出したかった。
でも、この状況を抜け出すすべがなかった。
助けになったのはホーリーズのみんなだ。
彼らはカエデさんがおかしくなっていると気づいており、カエデさんが嘘を言っていると認めて、私を守るために常にそばにいてくれた。
ホーリーズのサブリーダー茜さんは、皆がダンジョンに居続けた結果、何かが壊れてしまったのだと真剣に考えるようになった。
「帰ろう。このままだと本当に誰か死んじゃう」
茜さんは勇気を振り絞って皆に告げた。
「もう私達は出て行く」
そして意見がぶつかり合って、茜さんが頑として引き下がらなかったから、激しい戦いが起きて、何とかホーリーズが勝ち、私達は翌日出て行くことになった。
だけどその日の夜。
バットを持ったゴランズとカイジくんがホーリーズを襲った。
彼らは鬼道ではなく、本当に、文字通りの暴力をホーリーズに振るった。
男性にも女性にもためらうこと無く。
殺しはしなかったし、命を奪いかねない部位への攻撃も彼らは自重したはず。
だから血は流れなかったし、意識を奪われるようなこともなかった。
だけどショックは大きかった。
茜さんは「やめて」と泣いていたくらいだ。
そしてホーリーズは消えた。
体力がゼロになり、ペナルティをあびて、きっと今も眠っている。
私が一人残ったのは、襲撃のまっただなか、カエデさんに連れられて外に逃げ出したからだ。
ゴランズとカイジくんがバットでホーリーズを打ちたたくさまを震えながら見ていたとき、カエデさんが私を外に連れ出した。
「急いで。このままだとあなたも消される」
「ありがとうございます……!」
ホーリーズのみんなが心配だったけど、それ以上にカエデさんが私を助けてくれたことに心の底からほっとした。
だけどそれは一瞬。
外に連れ出されて安心していた私は、それから数分も経たないうちに、カエデさんの手で、崖から落とされることになる。
「さよなら」
とだけ呟いたカエデさんの声は今も頭から消えることは無い。
それでも私は生き延びた。
地面に叩きつけられる寸前、自分の力を使って風船のように一瞬だけ浮き上がって着地に成功した。
でも、結局は死んだも同然だった。
自力で這い上がることなど不可能な谷底に落とされ、途方に暮れながら、ただその場を歩き続け、何日も過ごした。
お腹は減ったけど、流れてくる川の水でどうにか生き延びて、この後どうすればいいのか、結論も出ないまま、時を無駄にした。
そこで私はようやく気づいた。
こうなったのは全部自分のせい。
母から逃げずにちゃんと向き合っていれば、カエデさんとカイジくんに会うことはなかったし、カイジくんに対して毅然とした態度を取っていれば、カエデさんを傷つけることもなかった。
こんな目に遭うのも当然だし、私がいる限り関わる人たちみんな不幸にするくらいなら、川の中に飛び込んでしまえばいいと思ったときもある。
でも、できない。
死にたいと思うほど、生きたいと思う気持ちに気づいて、嘘がつけなくなる。
結局私は一人でなにもできない、中途半端な駄目女。
ただそれだけを思い知る。
爆発で吹きとばされた保本さんが私の前に現るまで、あともう少し……。
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