第18話 大吾、知らずに好感度を上げていく 前編

 かつて壱予は言った。


「よろしいですか旦那さま。ダンジョンは自然の産物ではございません! あくまで人の手で造られた遊具であり、すべてにおいて作り手である風見さまのご意志が反映されていると考えるのです」


 それはつまりどういうことか。


「閉じ込められた。出口にたどりつかない。こんな高い崖登れない。何をやっても扉が開かない、などなど。歩みを止める障害物はダンジョンにそれはもう山ほどあるのでございます。けれどすべてに試みが隠され、すべてに答えが用意されていると考えるのです。いいですか。負けないこと投げ出さないこと逃げ出さないこと信じ抜くこと、駄目になりそうなとき、はい次!」


「それが一番って……、くそ、歌ってしまった!」


 あの時は悔しかっただけだが、メモ帳に「それが一番大事」と書かれた文を見ているうちに大吾は気づいた。


「ここにはすべてに答えがあるって壱予は言ってた。この崖にもきっと答えがあるはずなんだ。ここから抜け出せる仕掛けがきっとあるはず……と、おもう……」


 そして大吾はあずさを見つめる。


「ここでじっとしてても意味が無い。一緒に探してみよう」


「あ、はい……!」


 足場の悪い、岩だらけの道なき道を慎重に歩いていく。

 その間も大吾はメモ帳をひたすらめくり、使えそうな情報を探していた。


「このまま進むと、滝にぶつかりますけど」


「たき……?」


 高い崖の上から凄い量の水が落ちてきている。

 水が岩を叩く音で互いの声が聞き取れないほど。

 

「滝か……」


 メモをめくって「保本大吾は水属性」と殴り書きされた部分を開く。


 また思い出す。

 あまりに暑く、着ているシャツすら脱ぎたいと壱与が言い出して大吾を困らせた日だった。


「よろしいですか旦那さま」


 壱予は外の蛇口にホースを付け、その先端を指でつまんで水の流れをいじる。


「鬼道は火だけにあらず。水、風、土、雷と、ありとあらゆる自然現象を生み出し、変化させることができるのです。また人によって属性がございます。私の場合は火であり、旦那さまは水。生まれたときから持っている決まりのようなものです」


 壱予はホースから噴き出す水を使って地面に蝶の絵を描く。驚くほど精密だ。


「力なきものが使えば水ほど弱いものはない。ですが水ほど自由なものもございません。液体になり、固体になり、気体にもなる。かつて風見さまは、鬼道とは結局のところ水を極めることだと仰っていました。その意味が今になってよくわかります」


 そして壱予はホースから吹き出る水だけでアスファルトの道路をゴリゴリ削って穴を開けた。

 大吾は大いに驚き、壱予は得意げに笑い、そして役場に呼び出されてもの凄く怒られ、ふたりでしょんぼり家に帰ったのである。


 水。

 滝は水の塊だ。


 大吾はじっとそれを見つめる。


「あの、大丈夫ですか……?」

 

 あずさが心配するくらい、直立不動で滝を凝視している。


「大丈夫、考えてるんだ」


 この滝がどうなってくれたら、俺たちに得になるのか。

 この滝がいなくなってくれたら、どうなるだろう。


「そうか、無くなればいいんだ」


 答えにたどりついた直後。


 滝が消えた。

 岩がただむき出しになっている。


「え、あれ、うそ?」


 なにが起きたかわからず、何度も目をこするあずさ。


「水を消したんですか?」


「いや蒸発させた」


 他人事のように淡々と呟く大吾にあずさは圧倒される。


「す、凄すぎるんですけど、そんなことできるんですか?」


「できちゃったね」


「……」


 望むものを頭でイメージし、それを徹底的に写実に寄せろと、壱予は嫌になるくらい大吾に言い続けた。


 いつだったか、肌が透けるくらい薄い服を着て、


「私の裸体を想像するのです。この服を手を伸ばさずに放り投げるさまを思い描きなさい。そして私を抱くのです。骨が折れるほどに熱く強く抱くのですよ! さあ!」


 と挑発までしてきた。

 まあ、無視して怒らせてしまったけれど。


「壱予、こういうことなんだな」


 どうやら自分は知らず知らずのうちに、超英才教育を壱予から受けていたようだ。


「滝の真下に行ってみよう」


 あずさに声をかけながら、大吾は早足で歩いていく。


「はい!」


 これはもしかしたらいけるかもしれない。

 手応えを感じたあずさも興奮を抑えながら後を追う。


「あった、やっぱりありました!」


 飛び跳ねて喜ぶあずさ。

 滝の真下にあったのは、大理石のような質感の丸い床である。

 十人くらいは簡単に入れる大きなサークルだった。


「これ、鬼道の種類で効果が変わる装置なんです」


「さすがにくわしいね……、こんなの見たことないよ」


「火を起こせば十日以上は燃え続けるし、雷を射てばレアアースがたっぷり入った素材が出てくるし、土をかければどんな作物でも一日で芽吹くような魔法の土になるし、風を起こせば……」


「起こせば……?」


 あえて答えを言わず、白い壁面に手を乗せるあずさ。


「今度は私の番です」


 にこり笑って、力を込めると……。

 ずん! と下から突き上げを感じたと同時に、床がエレベーターのように上昇していく。


「こうなるんです!」


 ドンドン小さくなっていく谷底を見て大喜びのあずさと、

 

「おわわわわ……」


 二本足で立っていることができず、四つん這いになる大吾。


 高いところが苦手で、絶叫マシンなんか一度も乗ったことがない男である。

 現代のダンジョンである遊園地とやらを味わってみたいとねだる壱予に、あそこでは毎日死者が一万人でているからやめなさいと大嘘を言って誤魔化すほどであった。


 ともかく大吾は深い谷底から簡単に這い上がることができた。

 丹羽あずさからすれば、かれこれ三日ぶりの解放である。


「で、出られたぁ……」


 膝を突きながら涙をぽろぽろ流すあずさ。


「もうだめかと思ったぁ……」


 張り詰めていた糸が切れたのか、子供のように泣きじゃくるあずさ。


「丹羽さんは……、風を操るのが凄く得意なんだね」


「そうみたいなんです。崖から落とされても風を起こして何とか助かって……」


「さらっとえぐいこと聞いたけど……、おかげで助かったよ」


 大吾はあずさと同じ目線になるように身を低くした。


「俺が落ちたとき、丹羽さんが助けてくれたんだね。ありがとう」


「え、そんなことは……」


 真っ正面から見つめられ、心のこもった感謝を浴びる。

 そんな経験無かったので、あずさは顔を真っ赤にしてうつむく。

 基本が重度の人見知りなので、これくらいですぐうろたえてしまうらしい。


「あ、丹羽さん見て。吊り橋が壊れてる」


「ほんとだ……」


 B6公園の入り口にあった巨大な吊り橋。

 あの吊り橋の前で大吾と壱予は襲撃されたのだが、意図せずして吊り橋を越えたところにやって来たようだ。


「ひどい爆発だったんだな……」


 吊り橋を破壊しただけでなく、周囲にあった木々もなぎ倒して、あの場をただの焼け野原にしていた。


 あれほどの爆破を喰らって火傷ひとつしなかったのは奇跡かもしれない。

 ゴランズの連中もどうなっただろう。


 だが何よりも気にかかるのはもちろん、


「壱予……」


 ついついその名が口からこぼれてしまう。


「連絡の取りようがないと、不安ですよね」

 

 あずさも大吾チャンネルのファンみたいなものだったから、壱予姫の行方は大いに案じている。


「でも壱予さんは凄い力があるから、絶対大丈夫ですよ」


 そうであってほしいという願いでもあったが、大吾は悲しそうに首を振る。


「生きているとは思うんだ。だけど、無事でいるとは思えないんだよね……」


――――――――――


 後編に続きます。


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