第17話 彼らになにが起こったか
ゴランズは五人の配信者を殺した。
とんでもない情報をあびた大吾は本当に腰を抜かした。
「こ、殺すって、意味がふたつあるよね、このダンジョンの場合」
確かにここでいう「殺す」にはふたつの意味がある。
ひとつはステータス上における死。
ダンジョンの中で戦って、体力がゼロになって、三日のペナルティを喰らうこと。
もう一つは、他人の生命を奪うこと。
人としてこれ以上の罪は存在しないという意味での殺しである。
「難しい言い方になるんですけど、殺したも同然という表現が正しいかもしれないです」
あずさは自分の左手を大吾に見せた。
高レベルのステータスは惚れ惚れするほどだが、243という赤い数字が他よりでかく書かれていることに目がいった。
「大吾さんはこのダンジョンに門限があること知ってますか?」
「いや……?」
「二十四時間以内に鍵を使うなりしてここから外に出ないとペナルティがあるってわかったんです。大吾さんは一日ここで過ごしたから、多分、左手に9って書かれてるはずです」
手の甲に9という赤い文字がはっきり刻まれている。
「その状態で体力がゼロになると、地上に戻ったときには九日経ってます。門限を破ったことでペナルティが増えるんです。この赤い数字は今やられたら九日のペナルティを喰らうぞっていう、警告なんです」
「じゃあ、君の場合は243日分のペナルティがあるってこと?」
「はい」
険しい顔のあずさ。
「それ、ヤバくない……?」
ダンジョンで倒れ、目が覚めたら243日経ってるって、訴えて良いレベルのひどさだと思うが……。
「やばいんですけど、どうにもならないんです。ペナルティを消すには鍵を使って外に出るか、それが無理なら出口まで歩いて帰るしかないみたいだから、今のままじゃ帰れなくて……」
確かにその通りだ。
鍵は奪われてしまったし、ならば歩いて帰ろうとしたところで、深い谷底にいる現状では進みようがない。
「最悪だぞ……」
頭を抱えて当たりをうろつく。
しばらくなにも考えられないなか、丹羽あずさはダメ押ししてくる。
「一日経つごとに、三の累乗でペナルティは増えていきます」
「え、どういうこと?」
数学は得意じゃないので累乗とか言われてもピンとこないので、あずさはできるだけ噛み砕いて説明してくれる。
「凄く大雑把に言うと、電卓で3かける3をした後でイコールを押してくと出てくる数字がペナルティになるんです」
「じゃあ、あと一日ここにいるとすると……」
ポケットに入れたスマホを取り出し電卓を使おうとしたら、
「うわ、バッテリーが切れてる……」
またひとつ最悪な状況。
これではなにもできない。
誰かに電話して助けを求めることも、配信を使って視聴者になにが起きたか訴えることも、壱予を探すことすらできない。
「最悪だ……」
今ここで大吾がやられたら目を覚ますと9日経ってるわけで、もう一日、ダンジョンにいれば27日後ということか。
それ以上を暗算で計算するのは電卓を使えない大吾には無理なので、こちらが代わりに計算すると……。
4日間ダンジョンに居続ければ243日の罰になり、10日留まれば177147日の罰という、とんでもない状況になる。
「あと私のスマホもとっくに駄目です」
自分のスマホを見せるあずさ。
画面真っ暗の置物状態だ。
さらにさらに、
「大吾さんと同じように、私も鍵を奪われています」
「だよね。持ってたらこんなとこいないもんね」
大吾は頭を抱え、金縛りに遭ったように硬直し、やがて叫んだ。
「ゴランズの奴ら、なんでこんな馬鹿なことしたんだ!」
襲われたときはゴランズを理解するべく気持ちを静めようとしたけど、ようやくここに来て連中への怒りがわいてきた。
「あの人たちは凄く危険な状態です。追い詰められたせいでやけっぱちになって、何をしても構わないと開き直って、人を傷つけることにもためらいがありません。このままだと本当に大変なことになっちゃう……」
もう今の状態でもかなりヤバくなってると思うが、あずさによれば、既にゴランズは五人殺しているというのだ。
「その言葉の意味、詳しく説明してくれるよね」
大吾の訴えにあずさは頷き、彼らに起きたことを静かに話し始める。
――――――――――
先にも述べたが、ダンジョン配信においてゴランズは第一人者であった。
さらにゴランズは「ホーリーズ」という同世代の男女混合五人組と組むようになり、とどめとばかりに「あずさとカイジ」ともコラボする。
ダンジョン配信におけるオールスターとなった彼らは向かうところ敵無し状態。
どんな動画を流しても毎日バズる。
「あの時はすごく楽しくて、みんな仲が良かったし、ゴランズも見た目ちょっと怖い人だったけど、ぐいぐい引っ張ってくれて頼りになったし……」
「確かに面白かったよ。笑えるし、ドキドキするし」
大吾もゴランズの配信は何度か見たが、動画で見せていた雰囲気と、襲ってきたときの凶暴さにギャップがありすぎて、同一人物か疑ったほどだ。
「変になったきっかけは壱予姫さんの配信です。あのあたりから政府が凄い速さで法整備を整えて、鬼道がないとダンジョンに入っちゃいけないことになって……」
「……」
狙っていたわけでは当然無いが、大吾と壱予がゴランズを追い詰めたのは間違いない。鬼道なんてモノが世に出てくるまで、ゴランズはそれこそ石や手作りの武器を使ってダンジョンを進んでいたのだ。
それが例の配信で壱予が主役の座を全部かっさらっていった。
意図せずして、壱予と大吾は彼らをオワコンにしてしまったのだ。
自分たちがダンジョンの先駆者だというプライドがゴランズにはあっただろうし、それを踏みにじられた悔しさもあったはずだ。
「この頃から言い争いが起こるようになったんです。とにかくダンジョンの奥の奥へ進んで誰よりも早く先へ行こうってゴランズは言うんだけど、ホーリーズも私達もいったんライセンスを取って、鬼道もちゃんと勉強しようって。それで一度お休みしたんです」
「そうだったね」
確かに国が法を整えた以上、言うことを聞かないと犯罪者になってしまう。
準備を整えるために配信を一旦休もうと訴えたホーリーズとあずさたちは間違ってはいない。賢明な判断だったと褒めてあげたいくらいだ。
「けど、鬼道を扱える人たちと、そうでない人が出てしまって、そこからバラバラになっていって……」
「……」
コラボが崩壊するのは時間の問題だったが、それが決定的になったのが恐ろしきペナルティの発覚だった。
「政府がダンジョンを解禁して全部の扉にゲートをくっつけた時期から、門限のペナルティが起こるようになったんです。それまでは何日ダンジョンに居続けても、三日で済んだはずなのに」
ある配信者が九日間の罰を受けたことを知って脅えたホーリーズはこれからは自分たちのペースで、ゆっくりやりたいと離脱を申し出る。
しかしゴランズは許さなかった。
ダンジョンの素材が金になると気づいた彼らは今のうちに素材を独占しようと考え、人手が減ることを許さなかったらしい。
意見が激しくぶつかり、やがて手が出て足も出て、しまいには鬼道も出て、最終的にホーリーズが勝った。
鬼道の能力で言えばホーリーズが断然上回っていたので、負ける直前になってゴランズが降伏したそうだ。
これにてコラボは解消。
ホーリーズは晴れてダンジョンを抜け出たと思いきや、
「大吾さんにしたのと同じことをゴランズはしたんです」
「ひでえな……」
呆れるしかないが、一応聞いておきたい。
「あくまでステータス上の体力がゼロになったって意味だよね。ほんとに殺しちゃったりとかしてないよね?」
「はい。四人が81日のペナルティを課されたはずです」
「ほぼ三ヶ月か」
「で、残りのひとり、リーダーの来島さんが……」
「きじまさんが……?」
「2187日のペナルティを喰らってしまって……」
「に、にせん……?!」
年に換算したらだいたい六年くらいだろうか。
目が覚めたら六年経ってる。
これが自分だったらと思うと恐ろしくて吐きそうになる。
「この国の法律に当てはまるかどうかわからないけど、ゴランズがしていることは犯罪の域です。人殺しと変わりがありません」
だからあずさは五人殺したという表現を使ったのだろう。
「確かに死んだも同然だね」
その時、あずさが使ったこの国の法律という言葉が、大吾に気付きを与えた。
「あぁ、そういうことか……」
思わず立ち上がり、空を見上げ、また頭を抱える。
「あいつら自分らの国を造るなんてわけ分かんないこと言ってたけど、ようするに捕まりたくないんだな」
「国、ですか?」
「考えてみて。俺たちがどうにかしてここから出られたとするよね。そしたらとりあえず警察に行くよね。ひどい目に遭ったって、言うよね。被害報告出すよね」
そもそも大吾の場合はモデルガンで撃たれているので、それだけで犯罪として成り立つ。
「ホーリーズの四人が目を覚ますのは81日後だよね」
「はい。あれから日も経っているので、もう少し短いとは思いますけど」
頭の良いあずさちゃんは大吾がなにを言いたいかわかったようだ。
「そっか。ホーリーズのみんなが目を覚ましたら、自分たちのしたことが全部バラされると思ってるんだ。ゴランズのみんなはそれが怖いんですね」
「そう。だから自分らの国を作って日本から独立しちゃえば、捕まんなくて済むじゃん、って考えたんじゃないかなあ……」
大吾とあずさは目を合わせて言った。
「バカだね」
「大バカです」
「あいつらが腕輪を欲しがったのは、あれを付ければ無敵になって、自分らを捕まえに来た奴らに対抗できると考えたんだろうな。壱予が付けてるからそういうアイテムだって誤解して、それで俺たちを襲ったのか」
大吾は溜息をついた。
「あの腕輪にそんな力ないんだよ。壱予が強すぎるから力を抑えてるだけで、俺たちが使ったところで損しかないのに……」
「じゃあ、あの爆発は?」
「壱予が腕輪を外したら起きたから、多分、壱予がやったんだと思う」
あの時、文字通り目の色を変えた壱予を見ただけで大吾は悟った。
「あの腕輪がないと、あいつは迷宮まで壊しちゃうかもしれない」
「そんなにすごいんだ……」
「だから急がないと」
大吾は立ち上がった。
壱予がどこに行ったのか、それだけが心配だった。
ダンジョンにいようが地上にいようが、一人にさせていると思うと胃がキリキリしてくる。
「さあ、どうする?」
スマホは動かない。
記録の鍵も奪われている。
この深い谷底をどうやって抜け出すか。
「考えろ、どうする?」
自分で自分に活を入れる。
選択肢は三つある。
「ここから出て、来た道を戻って外に出るか。ここから出て、あいつらから鍵を取り戻して外に出るか。ここから出て、あいつらをやっつけたあとで外に出るか」
「……」
あずさは大吾がどんな答えを出すか心配そうに見ているだけだ。
彼女の場合、谷底から出られないと気づいた段階で思考が止まっていた。
「まずはここから出ないと始まらないね」
大吾はあずさに微笑みながら、小さなメモ帳を取り出した。
「ちょっとだけ、時間ちょうだい」
このメモには、今まで壱予から教わったすべてが書きこまれていた。
「壱予、待ってろよ……」
大吾はそう呟き、メモ帳をめくった。
―――――――――――
作者後書き。
読んで頂いてありがとうございます。
次回以降、頼りになる壱予の不在がきっかけとなって、大吾の確変が始まっていきます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます