第16話 ひとりぼっちです
「ここは……」
目が覚めたとき、壱予はダンジョンに繋がる扉の前で倒れていた。
見覚えのある小さな池の面が風に揺れる様を漠然と見ているうちに、なぜ自分がここにいるのか、あの時何が起きたかをようやく思い出した。
「旦那さま……っ!」
急いで戻らねばと、扉を開けようとしてもびくともしない。
「カードを……」
首にぶら下げていたライセンスカードを扉に貼り付けようとするが……。
「ない……」
どこにもない。
迷宮の中だ。
あの爆発でどこかに吹っ飛んでしまったのだろう。
がく然とする。
「やってしまった……?」
あの日のことを思い出さずにいられない。
迷宮で学びたいですと勇気を振り絞って風見に直訴したあの日。
風見は壱与を拒んだ。
「お前の力が強すぎて箱が壊れてしまうよ。無理なんだ。許しておくれ」
しかし激しく落ち込んた壱与を憐れに思ったか、風見は腕輪を造ってくれた。
「これがあれば、お前の力は生まれたばかりの赤子のように弱くなる。迷宮に居る間これを身に着けるのであれば入館を許す。だけど万が一、お前の力が剥き出しになって誰かを傷つけでもしたら、腕輪がお前を箱から追い出す。それでいいね?」
「はいでございます!」
喜ぶ壱与を見て風見は安堵したようだが、こうも言った。
「本当なら、こんな道具に頼らず自分のことは自分で抑えて欲しいんだけどねえ」
そして自分は間違った。
若村真の忠告を思い出し、頭を抱える。
確かに、スライム倒すのにメラゾーマ使ってもろくな事にはならなかった。
「なんて愚かな……!」
拳で扉を何度も叩くが、皮がむけて血が出るだけ。
もちろん、手首にはあの腕輪が巻き付いている。
ああ、風見さま。
「お許しください……」
そして壱予は途方に暮れる。
「どうすれば……」
そう、これからどうすればいいのだろう。
まず旦那さまはどこにいったのか。
ここにいてもしょうがない。
もしかしたら家に戻っているかもしれないし、大急ぎで帰宅する。
しかし玄関は鍵が閉まっていた。
中も暗い。
自宅の鍵だけは失くすなと大吾に厳しく言われていたおかげで、これだけはちゃんとポケットに入っていた。
どうにか家には入れる。
しかし、誰もいない。
「旦那さま……」
呼んてみたところで返事はない。
風呂にはいない。
トイレにもいない。
寝所にもいない。
「やっぱり、まだ……」
テーブルの上に置かれたノートパソコンを立ち上げてみるが、電源の入れ方はわかるけれど、ここからどうするかは大吾に任せてしまっていた。
壱与を夢中にさせる最高の友「ブラウザのクロームさん」に会うにはここからどうすればいいのか。
クロームさんがいればダンジョンでいまなにが起こっているかわかるというのに。
クロームさんを頼れない以上、不本意だがテレビくんにすがるしかない。
しかし壱予はこのテレビくんとしっくりきていない。
薄い体のわりに顔面がやたらデカいテレビくんは、自分のことばかりで、こっちの言うことを聞いてくれないのだ。
「旦那さまは今どうしておられるか、わかりますか?」
正座して聞いてやってるのに、あのダンジョンは新しいビジネスだのなんだの言ってるだけで、こっちはガン無視である。
テレビはやはり好きくない。
「わたくし、もしかして、すごく馬鹿なことしているのでしょうか……」
ダンジョンに入れない。
パソコンやテレビの使い方はわからない。
何よりスマホを持ってない。
旦那さまがいないと、私は何もできない。
これはもしやして。
いや、まさかとは思うが。
「ひとりぼっち……?」
違う。
そんなことはない。
そう、旦那さまは三日の罰を喰らってしまった。
それだけの話。
三日経てば、ふらりと戻ってくるはず。
そしたら、ダンジョンに入って愚かなゴロンズとかいう輩を懲らしめてやればいい。
三日待てばいい。
そう、たったの、三日。
このガランとした家で、一人……。
「旦那さま……」
誰もいない部屋で壱予は泣いてしまった。
「壱予は寂しいです……」
――――――――――
配信を予告していたにもかかわらず、ドタキャンをしでかした大吾チャンネル。
当然の如く、様々な憶測が流れていく。
配信予定日にダンジョン内部で起きた原因不明の爆発に大吾と壱予が巻き込まれたか、あるいは彼らが爆発を引き起こしたか。
いずれにしろ、二人の行方はわからなくなり、憶測はさらに広がる。
ゴランズとのトラブルが原因で不測の事態が起きたという疑問も出たが、ゴランズ自身がすぐさま否定した。
ゴランズは大吾と壱予が行方不明になったことには一切関与がなく、大吾チャンネルと意見の相違があったことは認めるものの、いったんその問題を棚上げし、二人を探すことに全力を尽くすとしれっと宣言したことで、汚名挽回に成功した。
――――――――――
さて、草原に繋がる唯一の交通手段だった吊り橋がぶっ壊れてしまったので、ダンジョンにやって来たのに足止めを喰らう人が増えてきた。
すると橋が壊れる前に先に進んでいた人たちが、
「俺の鍵を使えば先に進めます。ひとり千円でどうですか」
などと持ちかける、ダンジョン転送ビジネスが増えていく。
新規のビジネスゆえに金銭トラブルも起こるようになり、結局、
「早く橋を直して」
という催促が宮内庁に雨あられとやって来て、その対応に若村真はかなりの時間を奪われている様子。
さらに困ったことに、
「橋を直すなら私達に」
「いや私らに」
「橋なんか止めて、埋め立てましょうよ」
「コンビニ作りたいです」
などなど、ここぞとばかりに稼いでやろうという業者がうじゃうじゃ若村真に近づいていく。
恐るべし適応力の速さというか図々しさというか。
『ダンジョンビジネスが動き出す……』
『先に進んでた奴、笑いが止まらないな』
『これこそ日本人の図々しさw』
『なんだかんだ平和だよ、この国は』
などといった世論が新聞やネットを賑わす中、いつもなら真っ先にダンジョンビジネスに乗り出すであろうゴランズは変わらず沈黙を貫いていた。
実を言うと彼らは恐れていた。
大吾と壱予を処理しきれず、二人が共に行方不明になったからだ。
爆発に巻き込まれて死んでいたら助かるが、もし彼らが生きていたとしたら、いずれ自分らのしたことを明るみに出され、ゲームオーバーである。
彼らは誰よりも早く大吾と壱予を捕らえたかった。
ゆえに血眼になって探し続けているが、見つからない。
まさか壱与が地上に追い出され、無人島に遭難したのと同じ状況になってしまったとは思ってもみないだろう。
とはいえ、保本大吾はどこに行ってしまったのか。
――――――――――
彼は壱予の予想通り、ダンジョンにいた。
爆風に吹っ飛ばされ、深い谷底に落ちていたのである。
あれほどの落差なら、三日のペナルティどころか永遠の眠りについてもおかしくはなかった。
しかし生きていた。
激しく流れる川に飲まれることなく、鋭く伸びる木々の枝に串刺しになることもなく、一日眠っただけで済んだのだ。
「んが、ここはどこだ」
目を覚ますと、若い女性のどアップがあった。
「あ、おはようございます……」
小さな声で挨拶してくる女の子に大吾は激しく驚く。
「だ、だれ!?」
そういえば俺は襲われたんだと思い出し、飛び起きて距離を置く。
「怪しいものじゃないです!」
おさげ髪に太いフレームの眼鏡をかけた地味な女の子。
しかしゆったりとした服に隠れた体はモデル顔負けのスタイルだ。
「大吾さんですよね。配信いつも見てました」
頬を赤くして大吾に話しかける女の子。
シャイな性格らしく、普通の挨拶だけで緊張するようだ。
「あれ、もしかして……」
見覚えがある。
それどころか彼らの配信を毎日見てたじゃないか。
「ダンジョンめぐりあい配信の人達だよね!」
「見ていてくださったんですね! 私、
嬉しそうに手をあわせるあずさ。
北海道と沖縄からほぼ同時にダンジョンに入り、十分もしないうちに出会うという不思議な体験をしたことで、日本中がダンジョンに注目するきっかけを作ったあの伝説の「めぐりあい配信」
彼らこそ、それをきっかけに交際を始め、超人気カップル配信者となった「あずさとカイジ」ではないか。
真面目で礼儀正しく、読書好きなあずさちゃんと、好青年で美青年でファッションセンス抜群の王子様カイジ。
女の子なら誰もが憧れるカイジくんがあずさちゃんを溺愛しており、その甘々なやり取りが面白くて可愛らしく、ダンジョン配信から料理、買い物、ゲームと、何をやってもバズりまくる、現在最強のカップル配信者である。
ゆえに大吾は、自分が置かれている状況などすべて吹っ飛ばし、まず言った。
「サインもらっていいかな」
「い、今ですか?」
「ほら、壱予もサイン貰えよ。見てただろ。あの人たち……って」
ここで壱予がいないことにようやく気づいた。
「あれ……? おい。どうした、壱予?」
本来なら、飛び跳ねるくらいに喜んであずさちゃんに抱きつくだろうに、壱予がいない。どこにもいない。
「大吾さん、話を聞いてほしいんです」
あずさちゃんがまっすぐこちらを見つめてくる。
その深刻な顔に、これはただ事ではないと大吾も姿勢を正す。
「あ、そういやカイジくんはどこ?」
「はぐれてしまったんです」
「はぐれた……」
ようやく周囲を見回す大吾。
かなり深い谷底に落ちたことに気づく。
「もしかして……、君もあいつらに襲われたの?」
あずさは静かに頷いた。
「私は運良く助かりましたけど、ゴランズはすでに五人の配信者を殺害しています」
――――――――――
作者後書き。
読んで頂きありがとうございます。
大吾に新たな仲間が増えました。
しばらく大吾パートと壱予パートで話が分かれていきます。
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