第15話 壱予、爆発する

 大吾チャンネル、配信日当日。


 前回は体力を使い果たし抜け殻になってしまい、挨拶も無くぶった切るように配信を終えてしまった。


 記録の鍵のおかげであっという間に前回終了した地点にたどりつき、暗くて狭くてじめじめした通路を進む。


 そこを抜けると「B6の公園」と呼ばれるようになった場所にたどりつく。


 ダンジョンは地下にあるはずなのに、いったい東京ドームがいくつ入るんだってくらいの大空間。

 そびえる山も、流れる川も、風に揺れる木々もすべて本物。


 中国のどっかにある美しい渓谷をでかいスコップで掘り抜いて、そのまま地下に埋めたんじゃないかと誰かが言ったが、実に的確な表現であった。


 なによりここはチュートリアルではウザイほど表れた「敵」が出てこない。一匹も出てこないし、襲われたとか、敵を見たという報告もない。

 いわばロールプレイングゲームにおける「町」のようになっており、ここが「公園」と呼ばれるようになったのもそのせいだ。


「ここ、本当に地下なんだよな。ダンジョンの一部なんだよな」


 壮絶かつ美しい景色に息を飲む大吾。


「これくらいで何を驚いているのです旦那さま。奥に進めばもっと凄いことになるのですからね」


 呆然とする大吾の代わりにドローンの電源を入れる壱予。


「ああ、まだまだ。せっかくだから眺めのいいところにしよう」


 大吾が配信を開始しようとした場所は、巨大な吊り橋の前である。

 落ちたら死ぬこと間違いなしの深い谷底を繋ぐ唯一の橋。


「腕輪、ちゃんと持ってるよな」


「もちろんでございます」


 壱予の手首にはしっかりと腕輪が巻き付いている。


 この腕輪が青く光っているとき、彼女の能力値は本来の高スペックからダダ下がりして、大吾とほぼ同じになってしまう。


 これを付けているときとそうでないときの能力値や、得られる報酬の違いを見せれば、皆も腕輪がチートではないとわかってくれるだろう。


 緊張はしていたが、不安はなかった。

 嘘をついていないのだから脅える必要などない。

 大吾はそう考えていたのだが、脅威は別のところから迫っていた。


 ゴランズは待ち伏せしていたのである。


 大木を壁にして身を潜め、大吾がドローンを手に取った瞬間、一人が飛び出して、持っていたエアガンを連射した。


「いたたたっ!」


 頭を抱え、地面に突っ伏す。


「旦那さま?」


 壱予が気づいたときにはもうドローンは奪われ、踏み潰されて粉々になっている。

 エアガンを撃ってきた男は大吾にタックルをかますとその背中に乗って地面に押さえつけ、大吾の動きを止める。


「何をするのです!」


 右手を瞬く間に炎で包む壱予。

 この炎を投げつければどんな人間だろうと瞬時に倒れる。


 しかし、


「射ってきたら、こいつを殺す!」


 筋肉質の男が大吾の喉元にナイフを突きつけたので、壱予は慌てて炎を消した。


「君たちは……」


 全員がプロレスのマスクをかぶり、真っ黒い服を着ている。

 彼らがゴランズであることはすぐにわかった。


「どうして……?」


 動揺が収まらない。

 こんなことは全く予想していなかった。


 まさか、襲われるなんて。


「なんで、こんなことするんだ……」


 答えない。


 大吾の背に乗っかって地面に押さえつける男。

 鋭利なナイフを喉元に突きつける男。


 そして大吾が持っていたリュックの中身を外にぶちまける男。


 間違いなくスマホを探しているのだろうが、スマホはあいにく大吾が着ていたジャケットの内ポケットにある。伏せた状態で押しつけられている以上、スマホは安全かもしれない。


 しかし、残念ながら、このダンジョンにおける重要アイテム、記録の鍵はリュックの中にあった。


「悪いが、没収させてもらう」


 この事態をじっと見つめていた赤いマスクの男が口を開いた。

 彼がリーダーの深尾であることは声でわかる。


 奪い取った鍵を見つめ、手にしていた手提げ袋に乱暴に投げ入れる深尾。


 その生気のない瞳を大吾は見つめる。

 いったいなぜこんなことをしたのか大吾なりに考えた。


 自分の何かが彼らを怒らせたのだろうと。

 それが何なのかは不明だが、とにかくこれだけはわかって欲しかった。


「君らとやり合うつもりはないんだ。配信する前に一度話しあっておくべきだったのかもしれないけど……」


 しかし深尾は遮った。


「腕輪を、くれ」

 

 静かに壱予に近づく深尾。


「腕輪だ」


 大吾を人質に取られて動けない壱予であるが、深尾を激しく睨みつけ、敵意を隠そうとしない。

 牙をむいて威嚇する獣のように見える。


「腕輪をよこせば、これ以上は何もしない」


「……」


 腕輪に手を乗せる壱予であったが、大吾は首を振る。


「君らがなにを期待してるか、なんとなくわかるけど、あれはそんな立派なもんじゃない。こんなことする意味なんかないよ……」


「お前と話をしても無駄だとわかってる」


 深尾は淡々と、とつとつと呟く。


「腕輪さえよこせば良い。それだけの話だ」


「愚かな!」


 壱予がとうとう叫んだ。

 大吾には決して見せたことのない、氷のような眼差し。


「迷宮の毒気にやられたようですが……、旦那さまの言うとおり、この腕輪はあなたが望むものとは違います。速やかにここを去り、二度と来てはなりません。ここはあなたが耐えられる空間ではない」


「いや、俺たちはここから離れない。もう戻るつもりはないんだ」


「なんだって……?」


 深尾の意見に同調するかのように、仲間も力強く頷く。


「もう二度と会うこともないから教えてやる。俺たちはここに自分たちの国を造るんだ」


「はあ……?」


 呆れかえった。

 思わず笑った。


「自分たちの国って……、独立でもするわけ?」


「信じられないなら笑えばいい。俺は本気だ」


 深尾は突然、地面を蹴りつけ、その砂を大吾に浴びせた。

 苦くてざらざらした土を大量に浴び、大吾は激しく咳き込む。


「俺たちは誰よりも先に進んだ。だから誰よりも早く気づいた。ここは力さえあれば欲しいものは何でも手に入る。もう中身のない連中のいうことに聞き従う必要なんてなくなる。だからやる」


「……」


 呆れて物が言えないとはこのこと。

 ここまで中身のない連中だとは思ってもみなかった。


 話が通じる相手じゃ無いと失望の溜息を吐く大吾に対し、壱予は全身の毛を逆立てるくらいに怒っていた。


「あれから何千年も経ったというのに、こんな連中がまだいるとは」


 壱予は若村真の言葉を思い出さずにはいられなかった。


「想像を越える速さで彼らは迷宮を進んでいくだろう。それだけじゃない。常識を越える行為でお前を打ちのめすこともあるはずだ」


「がっかりです」


 壱予はそれだけ言うと、腕輪を取り外し、宙に浮かせた。


「触ってみればいい」


 深尾は興奮した面持ちで腕輪に近づく。

 その瞬間を待っていたかのように、壱予は言った。


「触ってみるがいい。

 

 壱予の様子がおかしいと気がついたのはその時だった。

 彼女の目が、瞳が、深紅に燃えていた。


「壱予、よせっ!!」


――――――――――


 ところ変わって、東京。

 超が付くほど高級なホテルのスウィートルームに若村真がいる。

 壱予の義理の兄であるという彼は、宮内庁の一役人に過ぎなかったが、ここのところのダンジョン騒ぎをきっかけに、政府の中で確固たる立場を築き上げた。


 何しろ数分前に首相と会って話したばかりなのだ。

 

 高いところから渋滞のライトアップを見つめる真の後ろに、一人の若い部下が息も絶え絶え駆けつけてきた。


「う、腕輪が発動したという報告がありました……」


「そうか」


 真はふうっと溜息を吐いた。


「あれだけ感情を表に出すなと妻と言い続けたが、やはり駄目だったか。犠牲者はどれほど?」


「あ、いや、死者は別に……」


 お互いにキョトンとする上司と部下。


「一人も出なかった?」


「はい。その場には誰もいなくなっていますが、強烈な爆発が起きたようで、たまたま近くで見ていた配信者が直後の映像を動画にアップしています」


 周辺は隕石でも落ちたかのように跡形もなく、吊り橋は崩れ落ち、探索者がこれ以上先に進むことは不可能になってしまった。


「なるほど」


 真はその映像を見て深く頷いた。


「爆発が起きたとき、その近くにいたにもかかわらず、この撮影者も無傷だったと?」


「そういうことになりますね……」


「どうやら我々は保本さんに感謝する必要がありそうだ。彼はどこに?」


「わかりません。当日配信する予定があったので、爆発を起こした張本人でないかと噂になってます」


「しばらく様子を見よう」


 真はすぐに結論を出した。


「ですが壱予さんは……」


「あれがどうするかはあれが決める。しばらく一人になって頭を冷やせばいい。これ以上は問題ない。夜分にご苦労だったね」


「ああ、はい……」


 仕事を終え、去って行こうとする部下に真はふと言った。


「私が一番、怖いと感じる言葉がなにか、わかるかな?」


「いや、それは……」


 わかるはずもないので戸惑う部下に真は言った。


「魔が差すという言葉だよ」


「へえ……、それはどうして?」


 その問いかけに真は答えず、ただ笑った。


「きっとあそこにも、魔に差された哀れな人間がいたんだろう」


 いずれにしろ、後の世でダンジョンの歴史なんて本ができたとしたら、この日は必ず記録されるに違いない。

 ダンジョンの中で初めて人間同士が争いを始めたのだから。


――――――――――


 作者後書き。


 読んでくださってありがとうございます。

 これから壱予と大吾、それぞれの「冒険」が始まります。


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