第14話 旦那さまに伝えたいこと

 ゴランズと大吾チャンネルの争いは、誰が見ても大吾チャンネルが優勢だった。

 

 理由はいくつかある。

 一つは、大吾チャンネルの対応が早かったことで、大吾の唯一の武器と言ってよい、バカが付くくらいの真面目さをネットユーザーが好意的に受け取ったこと。


 もう一つは、その後のゴランズが一切のアクションを起こさなかったことだ。

 あのディスり動画からひたすら沈黙を続けていたため、結果的に返事に困っているという印象を持たれてしまい、そもそも彼らの主張は根拠の無い言いがかりではないかというネガティブな意見が目立つようになる。

 

 あとは壱予の腕輪がチートアイテムなのかどうかはっきりしないことには、これ以上は何を言い争っても無駄という空気になり、現在のところ、騒ぎは収まった感がある。

 そういうわけで、大吾チャンネルの次回配信はより多くの注目を浴びる結果になり、始まる前からバズりが決定しているような、予期せぬ展開になった。


 とはいえ、今回はゴランズの嫉妬から来る勇み足であろうという意見がネットの総意になってきたのは事実であった。


 この結果を壱予はさぞ喜んでいるかと思いきや、その表情は晴れない。


 寝ているときと食べているとき以外はネットに夢中だった壱予が、なぜか縁側でふてくされたように寝ている。

 まるで干物のように伸びきっていた。


「どうした? さすがに見るものが無くなったか?」


 からかう大吾は人気ダンジョン配信者のライブを見ていた。

 自分たちより先を行く四人の女子大生グループが広大な平原を走り回り、本当にここは地下なのかと驚いている。


 若さが爆発するまばゆい動画を微笑ましく眺める大吾が壱予には不満らしい。


「……私は不安なのです。旦那さまがもうダンジョンに興味を失ったと思って」


「飽きたってことか?」


「そこそこ稼ぎも増えたし、これで十分だと思ってらっしゃるのではないかと」


「いや、そんなことは……」


「抱いてやったんだからもう帰れよと、脱がせた服を乱暴に女に投げつける乱暴者と同じ、私はもてあそばれたのです」


「また変なのをネットで見たな……」


 呆れつつも配信アプリを閉じ、壱予の隣に座る。


「身体にはしんどいけどダンジョン歩くのは楽しいよ」


 これは大吾の本音だ。


「今配信してるこの子達がいるところに自分も行けるんだからな。年甲斐も無く興奮しちゃってるくらいだ」


 冒険という文字を見ただけでワクワクした子供の頃を思い出す。

 次にダンジョンに行く日が楽しみで仕方がないほどだったのだが、壱予にはそれが伝わってなかったらしい。


「ではどうして発表した文書に配信を止めるかもなんて書いたのです?」


「ああ、それで不安だったのか?」


「……」


 むすっと口をとがらす壱予。

 気づくのが遅いのですと言わんばかりにふてくされている。


「配信は止めるかもしれない。けど、ダンジョンに入るのは止めないよ」


「む?」


 そういう考え方もあったのねと、目からうろこ状態の壱予。


「今配信してるこの子たち、ダンジョンで手に入れたアイテムとか石を科学的に調べてくれてさ。そしたら大量のレアメタルやレアアースが大量に含まれてることがわかったんだ。そこら中に散らばってる素材からね」


「れあめたる、れあああす? 新しいガンダム?」


「いや、そっちのジャンルじゃなくて……」

 

 わからないことだらけの壱予にわかりやすく説明するのは本当に大変だが、ガンダムレアアースはありかもしれないとは思った。


「あればあるほどみんなが幸せになれるモノが迷宮にたくさんあったんだよ。それを回収するだけで結構な仕事になるってこと」


 この数日、大吾は実感していることがある。


「この国って、俺が生まれたときからずっと悪くなってるって言われてて、なんか、ずっと暗い感じだったんだよ」


「そうなのですか?」


 食べ物に困らないだけで十分幸せじゃないかと壱予は思っていたのだが、大吾はそうではなかったらしい。


「でも最近、良い感じがするんだ。登っていってる感じっていうのかな、良い具合に世の中が回っていってるような……」


 これは肌で感じていることだし、きっと自分以外の多くも実感しているはずだと大吾は確信していた。


「ダンジョンが見つかったからだよ。あれで何かが確実に変わったんだ」


「そうですか……」


 いまいち壱予にはつかめない話である。


「でも皆が幸せならそれで良いのです」


 壱予は起き上がり、正座して大吾を見上げる。


「旦那さま、私がこの時代に来た理由は、迷宮の最奥に向かい、を今度こそ打ち消し、まっさらな状態にして今のお国に提供するためです」


「ああ、前にも聞いたよ」


 素っ裸の壱予を拾った日の夜に聞かされたときは、作り話にしたって、とんでもないと嘲笑ったが、今はもう受け止め方が全然違う。


「私は旦那さまと一緒に行きたいのです。旦那さまと一緒に目標を達成したいのです。改めて伺いますが、よろしいのですよね……?」


 迷子になった子供のような顔。

 散歩に行きたいけど遠慮して近づかない子犬のような潤んだ目。


「……」


 いつもはキャッキャはしゃぐだけの壱予がたまに本音をさらけ出し、こういう顔をすると、たまらなくなって抱きしめたくなる誘惑に駆られる。

 しかし大吾はそれを何度もこらえてきたし、今日も頑張って耐えた。


「大丈夫だ。約束しただろ」


 頭をポンと叩いて、大吾は壱予に微笑んだ。


「さて、風呂を洗うかな」


 軽やかな足取りで浴場に向かう大吾を壱予は心配そうに見送る。


「胸騒ぎがするのです。旦那さま……」


 自分でも理由がわからないが、壱予は不安だった。


――――――――――


 一方のゴランズ。

 すっかり自分たちが悪者扱いされる状況になってしまったが、肝心の本人たちはなぜかこの結果に満足しているようだった。


 大吾と壱予が「記憶の鍵」を拾った場所からさらに進んだところに古城がある。

 ゴランズはそこにいた。


「あいつらの配信日が決まったぞ」


 自分のスマホを仲間に見せる、リーダーの深尾。


「奴らは必ず腕輪を持ってくるはずだ。作戦通り、配信前に襲って奪い取る」


「やっと釣り上げたな……!」


 ハイタッチでこの状況を喜ぶゴランズの面々。


「準備は抜かりないな?」


 深尾は緊張した面持ちで皆を見るが、仲間達は力強く頷いてみせる。


「これでもう逃げ回る必要はなくなる……」


 深尾は自分の手首を見つめる。

 そこには黒く書かれた自分の能力と、177147という謎の数字がある。


「やってやる……」


 グッと拳を握りしめる。

 この手にあの腕輪が巻かれたとき、望んだすべてを手に入れることができる。


 彼らはそう信じていた。


――――――――――


 作者後書き


 読んで頂きありがとうございます。

 

 次回、大吾と壱予にとんでもないこと(大げさ)が起きます。

 

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