第19話 大吾、知らずに好感度を上げていく 後編

 生きてはいるが、無事ではない。

 壱予のことを思うと大吾は不安に襲われる。


「あいつは一人が得意じゃないんだ……」


 壱予のことが心配すぎて、とうとうあずさに愚痴りだしてしまう男。


「暗いところが苦手らしくて、明るいまま寝ようとするんだよね……」


 とにかく一緒に寝たがるし、静けさを嫌う。

 眠れない。なんでもいいから喋ってくれと夜更けにせがんでくるときもあった。


「あいつの身になって考えれば、無理もないんだ」


 もし自分が同じ立場だったら、発狂していると思う。


 目が覚めたら知らない世界にいる孤独。

 

 ビル、車、スマホ、汚い空気、異常に暑い町。

 科学の発展と裏腹にいまだ完成に至らない人間。

 眼に入るもの、耳に飛び込んでくる音、すべてが恐怖だ。


 無戸籍のまま裸で放り投げられ、ここで生きろと言われたって無理だ。


「あいつはまだ一人じゃ生きていけない。ゆっくり慣れていかないと駄目なんだ。だからそれまで俺がそばにいないと」


 それが今の大吾の気持ちであったが、聞かされるあずさにとっては対処に困るかもしれないと気づいた大吾。


「ごめん、いきなり変なこと言ったね」


「いえ、凄いです、尊敬します」


 あずさは正直に自分の気持ちを伝えた。


「生半可な気持ちじゃできないことだと思います」


 褒められた大吾は照れたように頭をかく。


「変な言い方になるけど最初に拾ったのは俺だからね。大昔の先輩たちから預かった大切な子だから、こっちも命かけて守らないと……」


「……」


 命をかけるという言葉にあずさは圧倒された様子。


 大吾の配信を見ていたあずさは既に気づいている。

 大吾チャンネルは壱予の存在で成り立っていると皆は言うけど、壱予が天真爛漫でいられるのは大吾がいるからなのだ。

 壱予に振り回されつつも陰ながら支えている大吾がいなければ、壱予の良さは出てこないとあずさは見抜いていた。

 大吾がいなければ、間違いなく壱予ちゃんは見ていられないくらい落ち込んでしまうだろうから。

 

 ゆえにあずさは言うのである。

 大吾が聞き取れないくらいの小声で。


「わたし、壱予さんが羨ましいです」


「ん、壱予がどうかした?」


「あ、いえ、なんでもないです」


 慌てて話題を変えるあずさ。


「見てください。吊り橋が壊れてしまっているから、来た道は戻れないです」

「確かに進んでいくしかないね……」


 となると選択肢はふたつになる。

 ゴランズから鍵を取り返して帰還するか。

 ゴランズをやっつけてから帰還するかだ。

 

「吊り橋を越えると、とても大きな平野に入ります。大きすぎてまだ全体を把握できていないんですけど、もう少し進んだところに半分壊れた古城があって、私達はそこを拠点にしていました」


 小さなスケッチブックに見事な地図が描かれている。

 間違いなくあずさが書いたものだろう。

 あずさとカイジのファンなら、彼女の絵がプロ並みだということは常識である。


「凄いな。これがあるとないとじゃ大違いだよ。丹羽さんがいなかったら、ほんとに死んでたよ……」


 彼女に出会えたことはまさに神の助けと痛感する大吾であるが、


「私こそ……」


 またしても大吾に聞こえないくらいの小声を吐き出す。


「もっと早く大吾さんに会いたかった……」


「ん、どうかした?」


「あ、いいえ! なんでもないです」


 作り笑いで誤魔化すあずさに気づかず、大吾は手書きの地図を見つめる。


「ここから、ゴランズの拠点までどれくらいかかるかな」


「直線距離だと一時間くらいです。けど、彼らは血眼で私達を探してるだろうから、平野を進むより、脇にある林の中を進んでいった方が安全だと思います。なぜかここは敵が一匹も出てこないし」


「だよね……」


「それに、もしかしたら私達の争いとは関係ない人たちと会えるかもしれません。それを優先したらどうかなって、考えてるんですけど……」


 あずさとしてはそうなることを切に望んでいるようだった。


「誰かにスマホとか、モバイルバッテリーを借りれば……」


「ああ、そうだ。そういうやり方もあったよね……!」


 大吾は恥ずかしそうに頭をかく。


「襲われてムキになってたから、あいつらとやり合うことばっか考えてたよ。そうだね。誰かに助けてもらうのが一番いいよ。丹羽さんは落ち着いてるね」


「いえ、そんな……」


「いやいやほんとに。前から思ってたんだよ。君らの動画はカイジくん主導って感じに見えるけど、丹羽さんがしっかりしてるから成り立つわけでさ」


 大吾もあずさと同じような考えで彼女の配信を見ていたらしい。


「あずさちゃんがいなきゃあのチャンネルは成り立たないよ。みんなそれに気づいてないから時々イラッとくるんだよな」


「あの、ほんとにそんな褒めないでください。私なんか大したことないから……」


 顔を真っ赤にするあずさ。

 これ以上赤くなるとゆで上がりそうなくらい照れている。


「と、とにかく進みましょう……」


「そうだね。慌てず、ゆっくり、着実に行こう」


 自らに言い聞かせる大吾であったが、


「あ、もしあれだったら、丹羽さんはここで待ってくれても……」


 崖を抜けたときに泣いた姿を見て、あまり無理強いはできないと思って言ったのだが、あずさは激しく首を振って拒絶する。


「私も行きます。行きたいんです……!」


 常に控えめでおとなしい彼女が、大吾も驚くほどの意思の強さを見せる。


「そか……。君もカイジくんを見つけないといけないしね。急ごう」


「あ、それは……」


 急に弱々しい顔になり、下を向く。


「あの、大吾さん、わたし……」


「ん、どうかした?」


「あ、いえ、壱予姫さん、無事だといいなって」


 本来言いたかったことを胸に秘め、また誤魔化し笑い。


 しかし壱予の名前を聞いて大吾は暗い顔になり、またもや同じ事を呟いてしまうのである。


「生きてるとは思うけど、無事だとは思えないんだよなあ……」


―――――――――――


 作者、あとがき。


 読んで頂いてありがとうございます。


 次回は壱予パートになります。

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