第6話 鍵を握る男 前編

 政府のダンジョン解禁宣言から一週間。

 それからの動きは珍しく迅速だった。


 日本各地に散らばる迷宮への入り口をすべてゲートで封鎖し、政府が発行するライセンスカードが無いと入れない仕様になる。

 ライセンスカードを手に入れるには国からの「試験」に合格する必要があり、その試験会場の場所も首相が会見で約束したとおり、当日に発表された。


 手際の良さに皆が気づき出す。

 政府はダンジョンの存在を前から把握しており、あらかじめ準備していたのだと。


 こうなると大吾チャンネルと政府は裏で繋がっているのではないかと勘ぐる者達も出てきて、大吾はそれを否定する配信を行おうと考えたが、


「悪意無き噂は放置が一番です。無い火を消そうとすれば逆に疑われます」


 壱予は気にする素振りも無い。


「それに繋がっていたと言えば、そうなのです」


「はあ?」


「真さまは維新と呼ばれる時代から政治に首を突っ込んでいたようです。昨日の配信も真さまの指示で行ったので、結果的に政府と繋がったわけでして」


「……」


 若村真わかむらまこと

 壱予がことあるごとにその名を出し、そのあまりに突拍子のない内容に大吾をいつも混乱させる男。


 壱予の話を鵜呑みにすれば、若村真は新和国の女王、百合若風見ゆりわかかざみの夫だ。

 

 新和国が滅んだあとも彼だけは生き残り、今に至るまで生き続けて、壱予の目覚めを待っていたという。


「いやいやいや、あり得ないだろ!」

 

 鬼道や迷宮の存在は信じる。

 現実に起こっているから信じるしかない。


 だが若村真はあり得ない。

 新和が存在していたとされるのが「空白の150年」だとしたら、若村真の推定年齢は1700歳を優に超えるのだ。


「あり得ないあり得ない。不老不死の人間なんているわきゃない。始皇帝がひっくり返るぞ、そんな話聞いたら」


 驚きを通り越し、これはもうギャグだと笑うだけ。

 この反応にはさすがの壱予もムッとした様子。


「まあた疑うのですね旦那さま。よござんす、いずれおわかりになりますから!」


「よござんすって、お前は森光子さんか」


「逆に光栄でございます。さあ、行きますよ」


「行くってどこへだよ」


「試験会場に決まってるでしょ! さあ、おめかしおめかし!」


「え、ほんとに行くのか……?」


―――――――――――


 と、いうわけで本当にダンジョンライセンスの試験会場に来てしまった。


 大吾が住む田舎からバスで二時間揺られた先の、県立の体育館。


 ダンジョン解禁宣言から一週間経過し、東京や大阪などの大都市では相当な人数が試験会場に集まっているようだが、大吾が住む町の会場は体育館の三分の一が埋まるくらいで、行列も無ければ混乱も無い。


「大都市と比べて辺境の反応は鈍いですね……」


「元々人口に差がありすぎるからな」


「私達が来ても騒ぎにならないのは良いのですが、チヤホヤされないのもなんだか悲しい……」


 考え込む壱予の横で大吾はスマホの電源を切る。

 

 会場のあちこちに注意書きがあったからだ。


「試験の配信、撮影は禁止です。試験で使用する装置の誤作動を防ぐためにスマートフォンの電源は必ず切ってください」


 このお触れに壱予は不満げである。

 

「配信もできないし、これでは金になりません。ちっ」


「品のない言い方はやめなさい。とりあえず行ってくりゃ良いんだろ?」


「はい。旦那さまなら合格間違い無し! 私は遠くから旦那さまの活躍を祈っております」


 と微笑む壱予はこの試験には参加しない。

 理由はふたつある。


 ひとつ、戸籍がないので試験の資格がない。

 もうひとつは、ある人物と会うためである。


「ホントにこの体育館にいるのか? 不老不死の真さんが……」


「既に連絡を取っております。あと不死ではありません。不老です。不老だけです。そこはお間違いないよう」


 今日の壱予はどことなく表情が硬い。

 若村真と会うことに緊張しているようだ。


 そりゃ数千年ぶりの再開だろうから固くなるよなとは思いつつ、やっぱり不老の人間なんて信じられないという思いもある。


 ただ、ライセンスにしろ無戸籍にしろ、壱予に関する様々な問題は若村真さんが解決してくれるそうだから、そこは期待したい。


「まあ、よろしく言っておいてくれ……」


 大吾はそう呟いてのろのろ体育館へ入っていく。


「頑張ってくださいね~」


 両手をぶんぶん振って大吾を見送る壱予。


 その姿が見えなくなる時を待っていたかのように、二人の男が壱予に近づいた。


「壱予様。お待ちしておりました」

「どうぞこちらへ」


「……」


 その時見せた壱予の表情は、今まで見せたことがない、険しく、厳しく、苦しい顔であった。


――――――――――

 後編に続きます。

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