第5話 またバズる
それから間もなく、ネットが、いや、世界が……。
騒ぎ出す……!
「ええっと、皆さん、お久しぶりです。大吾チャンネルを再開します」
か細い声で配信を始めた途端、一気に増えていく視聴者数。
「た、たくさんの人に見て頂いて光栄です。前回はいろいろとご指導ご鞭撻、ありがたく……」
『そんな話どうでも良い!』
『壱予ちゃんは?』
『壱予姫はどこだ!』
『あんたらどこにいるわけ?!』
視聴者がじれるのも無理はない。
大吾はカメラマンに徹しているし、視聴者が待ちに待っているあの姫の姿は無い。
画面に映っているのは、ホワイトボードだけという無人状態。
実は家バレのトラウマから実家で配信を行う気になれず、歩いて一時間くらいの公民館の会議室を借りたのだ。
「みなさんが待ってるあいつはもう少しで出てきます。準備があるみたいで、俺も何をするのか聞いてなくて……」
『壱予ちゃん来る!』
『壱予姫!』
『さらっと、あいつって言ったな』
『やっぱり壱予ちゃん、結婚したのか。俺以外の奴と……』
「みなさまお久しぶりでございます! 壱予でございます!」
紙吹雪がたくさん入ったざるを片手に、花咲かじいさんみたいに紙を撒き散らして壱予がやって来る。
『きたああああ!』
『服着てるぞ!』
『かわあああああ!』
『髪切ったあああああ!』
歓喜を通り越し、混沌しか無いコメント欄。
「皆様暑い日が続きますが、お変わりないですか? 壱予は皆様からの援助のおかげで服を買うことができました!」
赤いワンピースを見せつけるようにくるりと回転する。
可愛い、似合ってるの雨あられ。
「はぁ……」
話が全然進まないので大吾は呆れかえる。
まあ、可愛いと言えば可愛いんだけれども。
「壱予。今日の配信はあなたが主役でしょ。いったい何をするのか、そろそろ説明して貰えませんか?」
「もちろんでございます!」
壱予は、赤と黒と青と緑のマーカーを同時に浮遊させ、ホワイトボードに字を書いていく。
でっかくてカラフルな「鬼道」という美文字ができあがった。
「私が育った新和の国はこの鬼道で大きくなりました。何度も言うように、鬼道とは今で言う魔法でございますが、この鬼道を発動する上で欠かせない要素が……」
鬼道と書かれた文字のとなりに「気脈」と書かれる。
「きみゃくとよばれるものです。これがなければ鬼道は成り立ちません。大事な大事な燃料のようなものとお考えください」
いきなり始まった授業に視聴者には若干の戸惑いも見られる。
『今日はずっとこんな感じ?』
『壱予ちゃん可愛いんだけど、言ってることは無茶苦茶だよね』
『新和が存在すると思ってるのは俺だけか』
『もう壱予ちゃん見られりゃそれで良いや』
「と、いうわけで、今日はみんなで手から炎を出しましょう!」
その発言で一瞬、時が止まった。
「いやいやいや!」
真っ先に声を出したのは大吾である。
「そんなことできるわけないだろ!」
『そりゃそうだ』
『大吾っち、本当に何も聞かされてないのな』
『壱予ちゃん、さすがにそれはないってw』
皆が失笑し、呆れかえっても、それくらいでへこむ壱予では無い。
「さあ利き手を出して手の平をじっと見つめる! 旦那さまもする! 私の体をたっぷり愛でた、そのいやらしい手を!」
「なに言ってんだお前は!」
『大吾、貴様!』
『やっぱりしたのか、俺以外の奴と……』
『そりゃ結婚したんだからするだろ』
『弱男にはきつい配信になったな……』
『おれ、外で風を浴びてくる』
『壱予ちゃん、おめでとう~』
「ああ、やっぱりやるんじゃなかった……」
配信したのを後悔しつつ、とりあえず自分の手の平を見つめる。
「よろしいですか皆さん。自分の指や手から小さな炎がわきあがる姿を想像するのです。ロウソクから小さな灯火が揺らめくような姿がよろしいでしょう。鬼道には、呪文を唱えたり印を結ぶ必要はなく、大事なのはイメージでございます。頭の中で描いている画像を徹底的に現実に似せるのです。後は元々持ってる皆様の素養と、漂う気脈が勝手に補正しますから……」
そう呟く壱予の人差し指から小さな炎が浮かんでくる。さらに中指、薬指、小指と、次から次に小さな炎がポンポンと……。
「さあ、皆様、私と同じ事をしてくださいませ。一番大事なことは気合い! 最後にものを言うのは気合いでございます!」
『ここに来ていきなりの精神論w』
『気合いで指から火を出せれば俺にだって出せるよw』
苦笑する視聴者たちであったが……。
「げっ! 本当に出てきた!」
大吾の親指から赤い炎が本当に出てきた。
さらにさらに。
『おおおお! 俺も出た!』
『私も出てる、なにこれ?』
『なんにもないけど?』
言われたとおりにしたら本当に火が出たという人、何も無いという人、半々といった感じだ。
自分は出なかったけど、家族は火が出たとか、そういう報告もあった。
「息を吹きかければ火は消えます。当たり前のことですが」
炎をふっと吹き消す壱予。
「火が出た皆様。おめでとうございます。あなた様は迷宮へ入る資格がございます。火が出なかった皆様はもう少し時をお待ちください。迷宮に繋がる扉は少しずつ大きくなっております。さすれば迷宮からより多くの気脈がこぼれ出て、より大きな鬼道を産むことになるはずですから」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
大吾が慌てたように壱予に呼びかける。
「迷宮からこぼれ出る気脈ってどういうことだ? 気脈が増えてくってことか?」
『大吾、いい質問』
『なにがなんだか、ぜんぜんわかんねえ』
『あの子が言ってる意味、俺はわかってきた』
『やっぱこの子、嘘ついてねえよ』
「今、皆様方がいるこの土地には気脈があまり漂っていません。どれだけ鬼導士として優れた方がいても、せいぜいロウソク程度の火起こししかできないでしょう。しかし迷宮の中は違います。この地と比べて数万倍の気脈が漂っているのです。今はロウソクの炎でも、迷宮の中で同じことをすれば、すべてを燃やす紅蓮の炎となる」
「……」
大吾は息を飲んだ。
それは視聴者も同じらしい。
『この情報、やばくねえか……?』
『誰か、今から迷宮入って試して来い』
『俺、ホントに行ってこようかな』
『いやいや、犯罪者になっちまうだろ』
一方、大吾は目配せしてくる壱予に気づき、慌てていった。
「え、ええと、これで今日の配信は終了します。皆さんありがとうございました!」
配信を切ると、広い会議室に壱予と二人きりになる。
ふうっと満足そうに目を閉じる壱予に大吾は言った。
「あんなこと言って良いのか? ダンジョンにみんな押しかけちまうし、俺たちのせいで不法侵入からの逮捕者が出たら……」
「今のままでは、抑えるほうが無理があるのです。ならいっそ受け入れてしまえば良い。そのための助言のつもりでした」
さらに壱予は舌を出してイタズラっぽく言った。
「真さまによるとこの国の為政者は新和と違って慎重なようです。だから、ちょっとだけお尻を叩いてみました」
「お尻……?」
その効果はてきめんだった。
壱予の配信の翌日、朝七時というかなり早い時間にそれは起きた。
『天気予報の途中ですが、首相が緊急会見を行っている模様です。放送時間を延長して、中継を切り替えます……』
慌てた様子のお天気キャスターから、場面が首相官邸の会見室に切り替わる。
総理大臣に任命されたばかりの熟練の政治家が、カンペまる読みで喋っている。
『え~、ご承知の通り、地下迷宮に通ずる入り口はわかっている限りで三百を超えておりますが、これらはすべて宮内庁の管理となります。今日の八時以降、特定の条件を持った方のみが迷宮への移動が可能になります。この条件を満たしたかどうかはライセンスによって判断することになり、そのライセンスを手に入れるための試験を順次執り行うこととなりました。場所に関しましてはこの後で更新されるウェブサイトから近隣の場所を探し出して頂いて……』
つまり、政府は地下迷宮への侵入を制度合法化したのである。
――――――――――――
作者より。
読んでいただきありがとうございます。
ダンジョン突入まであと少しの準備。
次回は非常に重要な人物が出てきますのでご期待頂ければ嬉しいです。
ご意見、ご感想、フォローにレビュー、切に待ち望んでおります。
次回は場面展開の都合上、前編と後編に分けましたので二話分投稿しますが、分量的には変わりません。
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