第4話 次回配信、企画会議

 大吾自身がインタビューで語ったように、彼はあの後、引っ越した。


 超がつくほどの田舎。

 実家である。


 既に両親は亡くなっており、姉夫婦が家業を継いでひっそり農家を続けていたのだが、大吾はその姉を頼った。


 とはいえ新居を建てたばかりの姉と同居するのはあまりに気が引ける。

 身元がばれて迷惑をかけるわけにもいかない。


 そこで空き家になって売りに出されていた両親の家を譲り受けた。

 かつて幼少期を過ごした懐かしの古民家である。

 大吾と壱予はそこで生活を始めたのだ。


 都会の荒波と突然の大バズりに対応しきれず疲れ切っていた大吾も、田舎の風を浴びながらネットを断つことで、少しずつ落ち着いてきた。


 ただひとつ、あの女だけが厄介だったが。


「旦那さま。例のインタビュー記事がやっと掲載されました!」


 ノートパソコンを宙に浮かせながら、百合若壱予ゆりわかとよが大吾がいる縁側まで走ってくる。


「記事がきっかけになったのでしょう、例の配信の視聴者数が増えております!」


 だらけたTシャツにハーフパンツの出で立ちで、大吾の横にぴたりと密着する。

 背中まで伸びた黒髪はバッサリ切り落としてショートボブになったが、彼女の元気の良さを強調するようで、よく似合っていて可愛らしい。


「では、ざっと計算して得られる収益を考えますと……」


 あごに手を置いて欲深い計算にひたる壱予。


「いよいよザギンでシースー、ワイハでペリドンが迫っておりますね」


「意味わかってないのに、言いたいだけで言葉にするのはやめなさい。子供じゃ無いんだから」


 ネットに浸りすぎて、ちょっとでも面白いと思った言葉を連呼する壱与。

 この前は「草」を連発して大吾をうんざりさせていたが、


「ネットの世界にお邪魔するしかやることがございませんので、ケツカッチンのツェーマン、エフマン、カレーパンマンでございます」


「だから意味をわかってから言いなさい! つまらないし……」


 この子には調子を狂わされてばかりだ。


 新和国だ、姫だ、鬼道だ、女王だ、言うことすべてがうさんくさい。


 トゥルーマンショーみたいに何もかもが作りもので、自分だけ騙されているんじゃないかと思うときすらある。


 しかし彼女の不思議な能力。

 これだけは間違いなく本物だから困る。

 炎、物体浮遊、すり抜け、数分だけ透明……。

 

 誰にも気づかれることなく帰省できたのは壱予のおかげなのだ。


 とはいえ、どうしても理解できないことがひとつある。


 なぜここまで付いてくるのか。


 俺みたいな奴と一緒にいてもろくなことが無いから、どこかの市民団体に保護してもらえと突き放しても、絶対離れないと叫ぶ。


「壱予は旦那さまのそばにいとうございます!」


 泣いて叫ばれたらもう置いてはいけない。


 とはいえ、その場の状況と巧みな誘導で婚約してしまったのは失態だった。

 これで壱予は完全に調子に乗ったというか、嫁ヅラがひどくなる。


 だが婚姻届に判を押しても役所に提出しないのはいくじなしだからではない。

 

 壱予は無戸籍だったのだ。

 これでは届が受理されない。


 いずれ戸籍記載のための手続きもせねばなるまいが、ここらあたりで壱予に対する考え方も変わってきた。

 

 この子が口にした意味不明な発言の数々は、嘘じゃ無いかもしれない……。


「ダンジョン、ダンジョン、ダンジョン、どこのニュースもそればっかりだ」


 ありとあらゆる所に突然出てきた謎のドア、ほら穴。断崖。

 日本の地下に広大な地下迷宮があると皆が騒ぎだす。


 一攫千金を狙うもの、夢と浪漫を求めるもの、配信のネタになりそうなものならどこへでもいくものらが、果敢に迷宮に足を踏み入れていく。


 政府はすぐさま声明を出し、謎の入り口には安易に近づかないよう警告したが、所詮は警告、破ろうがなにしようが罰則など無い。

 これでは人々の好奇心は消せない。

 

 そんななか決定的な事件が起こる。


 沖縄に住む男が近所の林に現れたほら穴に気づかず足を滑らせてダンジョンに入り込んでしまい、なんとなく配信を始める。


 それとほぼ同時刻。

 北海道在住の女性が、近所の公園に突然現れた横穴に飛び込み、配信を始める。


 それから迷宮の中で衝撃的な出会いが起こる。

 沖縄にいた男と北海道にいた女が、五分もしないうちに出くわしてしまったのだ。


 この不可思議な事件は「フルヌードの姫配信」を超えるには至らなかったが「ダンジョンめぐりあい配信」として、かなりの視聴者数をたたき出し、日本中がダンジョンに強い関心を持つきっかけになった。

 ちなみにこのふたりはそのままカップルとなり、「あずさとカイジ」としてトップ配信者に成り上がり、大吾も彼らの初々しく可愛らしい配信を大いに楽しんでいた。


 ともかく、大吾のインタビュー記事をお蔵入りさせた出版社が、それを翻意して公開に至ったのは、壱予のぶっ飛んだ話に信ぴょう性があると感じたからだろう。


 実際、大吾と壱予のインタビューは大きな反響を呼ぶ。


『壱予姫ちゃんの言ってること、嘘じゃないかもしれない』

『日本の地下に古代迷宮がある! ってこと?』

『新和国ねえ……』

『徳川埋蔵金がそこにあるんだな(大嘘)』

『俺もダンジョンで可愛い子と出くわしたい』

『私もダンジョンでイケメンに出くわしたい』


 といった感想もあれば、壱予が取材中にサラッと口に出したことにダメージを受ける奴らもいた。


『壱予ちゃん結婚したのか、俺以外の奴と……』

『あのおっさんと結婚したって……、それはおかしい。人として』


 誰も大吾の心配はしていない。

 ただただ壱予だけがチヤホヤされているのが現状であった。


『っていうか、壱予姫ちゃん、なにしてるんだろう……』


 あの配信のあと一向に姿を見せない壱予姫に禁断症状すら覚えるファンが大勢いたようだが、


「ふっ。あなたの推しは今、違う男の胸に抱かれておりますよ」

「また変なことを言う……」


 現実は縁側で座っているだけである。


「それより旦那さま。あれだけ警告したのにどうして皆様、迷宮へと足を運んでしまうのでしょう……。素養が無い人間が入ったところで進めるはずが無いのに……」


「みんな必死なんだよ」


 大吾には迷宮の奥底へ飛び込む者達の気持ちがよくわかる。


 世間は彼らを非常識とか大馬鹿と罵るが、大吾は彼らを責めたり、さげすむ気持ちには到底なれない。


 しかし先ほども述べたように、壱予の言葉には嘘が無いと考えるようになっているので、そうなると彼女の発言のあれこれが気にかかってくる。


「確か、素養って言ってたよな。迷宮入るのに必要なものってなんなんだ?」


「鬼導士としての能力です。迷宮に入る以上は、指先からロウソクと同じ程度の火を出せないと返り討ちです。今はまだ序の序ですから手応えのある敵も出てきませんし、試練も無いけれど、いずれは……」


「そういや敵が出るんだよな……」


 ダンジョンをある程度進むと、漆黒の獣や、妖怪と表現していいような奇妙な物体が襲いかかってくることもわかっている。


 ゴランズとかホーリーズのような人気配信者達がバットや木刀を片手に敵をなぎ倒している動画を何度も見た。


 壱予が言うことを鵜呑みにすれば、ダンジョンの奥へ入っていけばいくほど敵は強くなり、手に負えなくなる。

 だとしたら皆が気づかないだけで、迷宮に入ったまま帰ってきてない配信者も実はけっこういるのではないか。


 そんな不安は的中する。

 

 夜のニュースを見て大吾はがく然とした。


『最近、特にネットで騒ぎになっている「ダンジョン」についてのニュースです。政府は夕方の声明で、いわゆる「ダンジョン」に入ったまま連絡が付かない行方不明者が現時点で百人を超えていると発表しました……』


「げっ」

 

 文字通り頭を抱える大吾と、


「だから言ったのに……」


 溜息を吐く壱予。


「も、もしかして死んじまったか?」


 焦る大吾に対して壱予は冷静だ。


「まさか。あの迷宮は風見さまが民のために作った巨大な遊び場。今で言うところのアトラクションでございます。ゆえに敵と戦って敗れ、道に迷って倒れてしまっても入り口に戻されるだけのこと、死んだりなんかしません」


「じゃあ、なんで行方不明になんのよ」


「ひとつだけ罰があるのです。しくじったら振り出しに戻る。ただし三日後に」


「みっかごぉ……?」


「ええ。今日姿を消した方がいらっしゃるとしたら、三日後にはひょっこり入り口付近から姿を現すはずでございます」


「それって、ものすごくきっついペナルティじゃないか……?」


「さすがは旦那さま。時の貴重さをよくわかっておられる」


 大げさに首を振る壱予。


「時間を無駄にすることがどれほど恐ろしいか。誰も彼もがあの迷宮に夢中になって、日本中が三日の時を奪われることを想像してくださいませ。そこに待つのは緩やかな滅びです。私達はかつてそれを経験いたしましたから」


「……」


 下手な怪談聞くより背筋が寒くなる話に大吾は黙ってしまう。


 その時だった。


「うわわわっ!」


 大吾の額に矢が刺さった。


「なんなんこれ! どこから来たんだよ! 俺は風車の弥七か!」


 頭を抱えて部屋中走り回る。

 かなり深く刺さっているのに、痛みはないし、元気だ。


「これは新和の矢文です! もしやしたら……」


 術を使って大吾の顔から矢を引っこ抜き、結んであった紙切れをほどき、中身を見る。


まことさまの文書です!」


「誰だ、真さまって……」


若村真わかむらまことさま。風見さまの大切なお方。つまり、私の義理の兄にあたる方です」


「ああ、夫婦ってことか」


 その通りでございますと頷く壱予。


「あの方だけは唯一、眠りを使わず、長い時を生きて道を整え、私を待っていてくださったのです」


「またわけわかんないことを……」


 呆れかえる大吾の隣で壱予は義理の兄からの文を真剣に読む。


「旦那さま。いよいよ時勢が変わるようでございます」


 一言呟くと、大吾の前に正座し、その顔をじっと見つめる。


 大事な話があるときや、一生のお願い(すでに何十回も聞いてる)があるとき、壱予は決まってこの体勢を取る。

 ゆえに大吾も今度はいったい何だと身構えるのだが……、


「旦那さま」


 壱予は大吾の手をギュッと握った。


「大吾チャンネル。復活の時です!」


―――――――――――


 作者より。

 ここまで読んで頂きありがとうございます。

 大吾と壱予がダンジョンに踏み入れるまであと少し。

 

 次回以降は基本毎日、一話ずつ更新となります。

 第一部完、ってところまでは書き終えておりますが、15万字くらいまで行ってしまいました。

 フォロー、レビュー、コメント、よろしくお願いいたします。

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