第7話 鍵を握る男 後編

 連れられたのは体育館にある小会議室。

 がらんとした部屋にはまだ誰もいない。


 壱予は部屋の真ん中に正座し、少しだけ顔を下に向け、待機する。

 彼女を案内した男二人はその姿を見ると、頷きあい、部屋から出て行く。


 若村真が入ってきたのはそれから十分後。

 壱予はずっと同じ姿勢で待ち続けていた。


「久しぶりだなあ。壱予」


 誰もが足を止めてその姿を二度見、三度見するほどの美青年だった。

 その高貴な美貌は女性的で、少し触れただけで折れそうなくらい弱々しく見えるけれど、紺のスーツを着込んだ体は徹底的に鍛えられている。


 壱予は真の顔を見ず、さらに身をかがめ、その額を床に付けた。


「長きにわたるご奉仕。感謝の言葉もございません」


 緊張しすぎて声が震えているのがわかったが、真は笑う。


「失せた国の礼節なんか守るな。立ちなさい」


 優しく声をかけられ、壱予は音を立てないよう慎重に立ち上がった。


「おかわりないようで……」


 言葉に詰まる壱予に真は名刺を差し出す。


「宮内庁式部職しきぶしょく楽部がくぶ、第三。その楽団長。これが今の私の肩書きだよ」


「楽部?」


「この国に古くから伝わる雅楽を知ってもらおうと日本中を回っている。この前も北海道と東北を巡業してきた」


 スマホを差し出し、その証拠を見せる。

 装束をまとって龍笛という楽器を奏でている真がそこにいる。


「好きなことで金を稼ぐというのはなかなか楽しい。おまけに各地を回れるから迷宮の調整も簡単に行えた」


「さすがでございます……」


「近代化のおかげでやりやすくなったよ。なにを言っても無駄だった昔と比べたら、最初は混乱しても最後は納得してくれる。お前もそうだったんじゃないのか?」


「はい」


「今やダンジョンはトレンドだ。いずれ社会に組み込まれていくだろう。学校や職場に出かけるのと同じ意味で迷宮に足を踏み入れる者達が増えていくに違いない。そしてこの国もまた大きく変わっていくだろう」


「喜ばしいことです」


「さて青山くん、壱予姫が選んだ中年の星はどうだ?」


 後ろにいた部下の女性に声をかける真。


「試験は始まったばかりですが、だいたいこのような感じかと」


 タブレットに表示された情報を見て真は驚いた様子。


「極めて珍しいタイプだな。ランク付けが難しい」


 言葉とは裏腹に笑みを絶やさない真を見て壱予は安堵したように息を吐いた。


「とはいえ上手く仕上げてはいるようだ。さすがは壱予だな」


「いえ、あの方には、まだなにもしておりません……」


「ほう?」


 ピクリと眉をあげる真。

 それだけで壱予の体はガチガチになる。


「まだなにもしていませんし、これからも、するつもりは、ありません……」


 うわずる声。震える体。

 壱予は明らかに脅えていた。


「お前……、惚れたのか?」


 その問いかけに震えながら頷く壱予。

 真の反応が怖いのか、目を閉じてしまう。


「珍しい。土人形みたいだったお前がな……」


 天井を見つめる若村真。


「嬉しいよ。風見も喜ぶだろう。お前に一番欠けていたものだから」


「……」


 心底からホッとした様子の壱予。

 だらだら流れてくる額の汗を必死で拭う。


「なら、お前の男をもう少し試してみたくなった」


 そして真は部下に告げる。


「結果がどうであれ、保本さんはFランクだ」


「あの、Fというのは……?」


「お前は知らないで当然だな。今の日本人には位と段で区別するより、アルファベットを使う方が感情がこもるんだ」


 そして部下の青山さんも丁寧に説明する。


「Fランクは、新和で言うところの十級にあたります」


 つまり最低位ということである。


「真さま、それはあまりにも……!」


 動揺する壱予を微笑みで制する真。


「何千年も退屈してたんだ。少しは楽しませてくれ」


「は、はい……」


 渋々と頷く壱予に対し、真は相変わらず笑顔だ。


「さあ約束通り、例のものを渡そう」


 部下の女性が小ぶりな桐箱を持ってきて、壱予の前で丁寧に開封する。


 中に入っていたのは、壱予のためのライセンスカード、そして腕輪。


「これは……」


 腕輪の存在に壱予は激しく驚いている。

 見覚えがあった。

 まさかこれを再び見る日が来るとは……。


「懐かしいだろ。元々お前のものだ。持っていきなさい。戸籍の件も心配いらない。お前は今日から日本人だ」


「ありがとうございます」


 ようやく笑顔になった壱予は腕輪を右手にはめると、ペットを愛でるように腕輪を優しく撫でる。


「で、迷宮にはいつ飛び込む?」


「一週間の準備ができましたので用意は万端、明日にでも向かうつもりです」


「それは頼もしい」


 言葉とは裏腹に真の表情は険しい。


「それでも忠告しておこう。壱予、しばらくはここだけ使え」


 自分の頭を指さす真。


「スライム倒すのにメラゾーマ連発しても得られるものは少ない。学びにもならん」


「え……?」


 なんのこっちゃ戸惑う壱予に真は笑う。


「保本さんに伝えろ。彼ならわかるだろう」


「そのようにいたします……」


「なあ壱予。私は長いこと、この国の人間を見てきたが、その吸収力と適応力は尋常じゃないものがある。何度も何度も、灰と瓦礫の中から這い上がってきた。初動は鈍いが、動き出したあとの力は凄まじいぞ」


「はい」


 この言葉には大いに納得させられるものがある。

 新和、鬼道、迷宮……。嘘みたいな話をこの国の住民はあっという間に受け入れ、もう馴染んでいる感もある。


 真はその国の歴史を見続けてきたのだ。

 言葉に重みがある。


「想像を越える速さで彼らは迷宮を進んでいくだろう。それだけじゃない。常識を越える行動で、お前を打ちのめすこともあるはずだ」


「……」


「判断を誤るなよ。大事なのはそれだけだ」


 そう言って、若村真は出て行った。


 ――――――――――

 

 作者あと書き。


 読んで頂きありがとうございます。

 ここに登場する若村真は要所要所で出てくる重要人物ですので、覚えておいて頂けたら幸いです。


 次回は若干の箸休め(?)

 その後、ついに迷宮に飛び込みます。


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