第2話 バズる

 底辺配信者、保本大吾はライブ配信中にフルヌードで眠る美少女に出くわす。

 頼りになる視聴者のアドバイスに従って少女を起こそうと声をかけていたとき、戦国時代の甲冑を着た武者に襲撃されるという謎展開に襲われる。

 本物かまがい物かわからない刀が大吾に牙をむこうとしたとき、目を覚ました少女が不思議な力で武者を吹っ飛ばした。

 壱予とよと名乗る少女は、大吾を旦那さまと呼び、武者と戦おうとする……!


「短くまとめると、とんでもねえな!」


 置かれた境遇のトリッキーさに大吾自身も面食らうが、草っ原で半裸の少女と甲冑を着た武者がにらみ合っている現実は変わらない。


『なにこれ、なんなんこれ』

『なんで決闘が始まってる?』

『これ、ほんとにライブなの?』


 視聴者も戸惑うばかりだが、この異常さは多くの視聴者を引き寄せるに十分であり、同時接続者数はぐんぐん上昇中。


 そしてこの状況を前にして、若干荒んでいた大吾の精神状態は、本来の退屈な真面目さを取り戻しつつあった。


「君! とにかく服を着ろ! 風邪引くぞ!」


 この叫びに対する視聴者のコメント。

 

『今言うことじゃねえw』

『このカオスを前にしてその感想は逆に純粋』

『今来たんだけど、これ、ガチなの?』

『ライブに見せかけたやつだろ?』

『いや、リアルっぽいよ』


 そんな感想が飛び交っていることなどつゆ知らず、壱予は大吾に伝える。


「離れて! 熱波が来ます!」


「えぇ? どこから?」


 辺りをキョロキョロうかがう大吾であったが、


「私からです!」


 叫ぶ壱予。髪の毛が逆立っている。

 突き出した右手から、火球がマシンガンの如く武者に飛んでいく。


『おいおいおいおい!』

『火ぃ!』

『魔法使いかよ!』


 戸惑いと叫びが充満するコメント欄。


 そして肉眼でこの状況を目にする大吾は口を開けたまま動かなくなる。

 この状況を消化しきれず、完全に思考停止状態のようだが、戦いは続く。


 武者は見事な刀裁きで炎を切り潰していく。

 遠くからリモコンで倍速ボタンを押されたような、尋常じゃないスピードだ。


『火を切っとる!』

『もうわけわからん!』


 しかし放たれた火球があまりに多すぎた。

 すべてを処理しきれず、一発の炎が武者の首に命中し、体全体が炎に包まれる。


 と同時に強烈な熱波が広がる!


「あっっつ!! なんだこれ?!」

 

 顔を背けるくらいの熱を浴びて一瞬自撮り棒を落とす大吾。


 雑草だらけだった草っ原が一瞬のうちに焼け野原になった。


『あああああ……』

『燃えた』

『燃えつきた……』

『これ、フェイクだろ?』

『いやでも……』

『もうなんでもいい、あの可愛い子をもっと映せ!』


 どこまでも盛り上がり続ける視聴者であったが、肝心の「可愛い子」が膝を突いて苦しそうにしている姿が映し出されると、大丈夫? ガス欠? といった気遣うコメントがあふれだす。


 無論、大吾も近づいて声をかける。


「お、おい、大丈夫か……?」

 

 すると壱予は大吾を見て小さく言った。


「お腹がすいて、動けない……」


「あれまあ……」


 それは困ったなと呟く大吾であったが、壱予は立ち上がろうとふらふら頑張る。


「壱予は戦わねばなりません。旦那さま、離れてください。試験はまだ終わっておりませぬゆえ……」


「試験? ……って、おい!」


 貧血を起こしたのか倒れそうになる少女。

 慌てて彼女の小さな体を抱える。


 その柔らかい胸に指が食い込んでしまったけれど、触れていると火傷しそうなくらい、少女の体が熱くなっていることに驚いた。


「あの戦士は敵ではありません……。私が目覚めたとき、私が今も後継者としてふさわしいかどうか証明するための試験であり、鍵なのです」


「いったい何のこと言ってんだよ……」


 しかし壱予はある意味で正しいことを言った。

 戦いはまだ終わっていなかったのだ。


 あれだけ激しく炎上しても、武者は傷ひとつ無く、何事もなかったかのようにこちらにゆっくり歩いてくるじゃないか。

 むしろ炎に焼かれたことで鎧にこびりついていた汚れが溶けたのか、ピカピカになって格が上がった感すら漂う。


 これには視聴者も唖然とするばかり。


『あんな燃えたら普通死ぬだろ……』

『あの中、空っぽなんじゃねえの?』

『人が入ってないんだよ』

『じゃあなに?』

『ロボット……?』

『お化け……?』


 不気味かつタフな謎武者。

 お腹がすいて放心状態かつ貧血の壱予。

 それを抱える大吾。


 この状況を前にして保本大吾はどうしたか。


「よしわかった!」


 いったん自撮り棒を地面に置き、少女を背負い、また自撮り棒を手に取り、武者に背を向け、全速力で逃げる!


「大戸屋に行くぞ!」


 腹が減るなら食えば良い。

 それだけの話だ!


『それ正解か?!』

『大戸屋の気持ちも考えろよ!』

『警察呼べよ!』

『自衛隊案件だろ、もう!』


 視聴者のコメントも眼に入らない。

 

 駅前のグルメ街に向かって大吾はひたすら走る。


 しかし彼はわかっていなかった。

 彼の配信がどれだけの視聴者に届いているのかを!


「おい! 兄ちゃん! こっちだこっち!」


 地元の商店街にある精肉店の店主が手を振っている。


「腹減ってんだろ! うちのもん喰ってけ!」


 現在進行形でバズる配信を見ているうちに、もしかして地元じゃね? ってか、近所じゃね? と気づいた店主。

 見続けていたら、あろうことか配信者が接近してくるではないか。


「これ喰え! 田辺精肉店のコロッケ! ただでやる! 田辺精肉店のコロッケ! 田辺精肉店!」


 揚げたてのコロッケがのっかった皿を大吾に突き出すものの、店長の視線はスマホに全集中。ひたすら店の名前を連呼している。


『気持ちいいくらいのステマだ』

『あ、俺の近所じゃん』

『美味そうなコロッケだなあ』


 実際、きつね色に輝きながらじゅわじゅわと肉汁をこぼすコロッケはとても神々しく見える。


「こ、これは……、なんと美しい」


 芳醇な香りに魂まで持っていかれた感がある壱予。


 ゴクリとツバを飲み込みながら、片手でコロッケを持ち、大口を開けて半分以上一気に頬張った。


 シャリシャリサクサクと音を立てて何度も何度も噛みしめると、見えない手で何回も平手打ちされているような動きをして悶絶する。


「こ、こんな美味しいもの、壱予は今まで口にしたことがございません! これが、これこそが今の世の食物なのでございますのね……」


 その可愛らしい食べっぷりに、大吾は置かれている状況など忘れ、ついつい笑ってしまった。


「どうだ、元気が出たか?」


「復活でございます! もっと食べたいでございます!」


 足をばたばたさせて喜ぶ壱予と、それを見守る大吾。微笑ましい光景ではあったが、買い物袋を両手で抱えたおばさんの不機嫌がそれを邪魔する。


「あんたの友達が道路の真ん中うろついて邪魔でしょうがないんだけど!?」


 友達……。

 あ、あれか。


「私としたことが、あまりの美食に打ちのめされ、大事な試験を忘れてしまいました。旦那さま。壱予をあの武者の元まで運んでくださいませ」


「お、おう……」


 商店街をあとにし、来た道を戻る大吾。


 遠くの方でクラクションが鳴りまくっている。

 あの武者野郎、相当ご近所迷惑なことをしているようだ。


「旦那さま、今の私は気力こそ充実しておりますが、足は動きそうにありません。数千年ぶりの起床ゆえ、体は目覚めていないようです」


「……そりゃ大変だな」


 なんか千年とか、おかしな事をさらっと口にした気がするけど無視しよう。


「ですから、攻撃は私がいたします。それ以外のことは旦那さまにお任せします」


「そりゃ大変だな……って、お前、いま凄いこと言ったな!? 一緒に戦えって言ったよな!?」 


「さあ見えて参りました! 試練の戦士!」


 なぜか実況を始める壱予。

 確かに向こう正面から武者がゆっくり歩いているけれども。


「立ち向かうは伝説の鬼導士きどうしにして新和の女王、百合若風見ゆりわかかざみの一番弟子、百合若壱予と、遙かなる時を超え巡りあった宿命の恋人、宿命の恋人、しゅくめいの……」


 突然沈黙する壱予。


「あのう旦那さま、お名前は?」


「……保本大吾」


「宿命の恋人、保本大吾っ! いざ戦わん。ゆけ大吾っ、進め!」


 足をばたばたさせて大吾の足を軽く蹴ってくる。俺は競走馬か。


「ああ、変なの拾った……」

 

 もうこうなったら流れに身を任せるしかない。

 

 武者が刀を振ったらビームがこっちに飛んできても驚いたりしない。


「旦那さま! 右!」


「はいはい」


 右にポンと跳ねてビームを避ける。


「今度は左! 次も左!」


「はいはいはい」


 言われたとおり動いているだけだが、ここに来て大吾のライブ配信はまたも異様な盛り上がりを見せる。


 背負う壱予の視線と、大吾の視線がほとんど同じになり、その向こうに敵がいて、ビームを放って攻撃してくる。

 それを避け、今度は壱予が炎を放つ。


 これが一人称視点のシューティングゲームそのものだったから、視聴者大喜び。


『すっげー迫力!』

『おもしれえ!』

『壱予ちゃん、声も可愛い!』

『俺たちの大吾』

『大吾の諦めっぷりがいい』

『リアリスト大吾』

『これは本物だ。認める』

『なんだか分かんないけど本物だな』

『多分あの二人は公安に拉致される』

『コロッケ食べたい』


「おい、さっき試験って言ったよな」


 攻撃を避けながら大吾は壱予に確認する。


「言いました、次は三歩前進!」


「どういう結果を出したら試験に合格するんだ!? 俺はもう疲れたぞ!」


 こんなに体を動かしたことが無い。

 多分、明日は動けない。

 いやもうおっさんだから、二日後くらいに凄い筋肉痛が来るだろう。


「攻撃をあと二十五回相手に当てることです!」


「せめてあと二回って言ってくれない!?」


「どうやら旦那さまはお急ぎの様子……、致し方ありません。ここは気合いで端折れるものは端折りましょう」


 壱予はふうっと呼吸を整える。


「旦那さま、両手を武者に向けて突き出してください」


「……こうか?」


「素晴らしい構えでございます。ところで旦那さま。私の蝶は何色に見えました?」


 蝶。

 彼女の首に彫られた刺青のことか。


「青だったな」


 まあ、と嬉しそうに壱予は微笑んだ。


「旦那さまは水の使い手のようです。炎と水。相性ピッタリでございます」


「はあ……?」


 いったい何を言いたいのかまったくわからなかったけれど、大吾の突き出した両手から鏡のような円形の物体が突然現れた。


 鏡は武者が放つビームをすべて受け止め、吸収し、それをひとまとめにして、巨大な光球を創り出す。


「お、おおおお!?」

 

 まさか俺にもこんな不思議な力が……!


 なんて思うはずない。

 すべて壱予だ。

 何もかもがあいつの思惑で動いている。


「さあ、終わりです!」


 壱予のかけ声と共に巨大な光球が武者に向かって飛んでいく。


 光は武者に直撃し、甲冑もろとも瞬く間に溶かし、最初からそこになにもなかったくらいに跡形もなくした。


「終わらせたのか……?」

「はい。旦那さまが水の使い手なので短縮できました」

「だからなんなんだよそれ……」


 その時、どこからともなく声がした。


「壱予姫さま、お見事でございます。その力、衰えるどころか増している模様。長い間待った甲斐がございました」


 これはあの武者の声?


「名もなき戦士よ。長きにわたる奉公に感謝します。今は安らかにお眠りください」


 壱予はそう言って空を見上げる。

 

「もったいなきお言葉。今、真さまは古都におられます。我らの大願をどうか、この地で成し遂げられますように……」


 もうなにがなにやらさっぱり。


 ただ大吾の耳に届いてくるのは、四方から鳴り響くクラクションと、自分たちを容赦なく撮影していく野次馬たちが持つスマホのシャッター音。

 そして、パトカーのサイレン……。


「えっと、今日の配信はここまでです。面白いと思った方、高評価、チャンネル登録、お願いします……」


 ―――――――――――――

  

 作者より。

 読んでいただきありがとうございます。

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