底辺配信者、フルヌードの姫を拾う。一緒にダンジョン配信はじめたら最強に覚醒してバズる。

はやしはかせ

第1話 大吾チャンネルは今日もゼロ更新

「お~い、捨て猫、野良猫、おらんかね~」


 自撮り棒にスマホをくっつけて、近所の草っ原を歩く男がいる。


 保本大吾やすもとだいご

 今年で36歳。

 独身。

 彼女いない歴=年齢。

 

 今はそこそこ生活できても、会社の安月給では年老いたとき野垂れ死ぬと気づいた彼は動画配信サービス「Wetube」にアカウントを作成、ライブ配信に手を出した。

 チョットした小遣い稼ぎになればいいなくらいのうっすい動機のくせに、何かの弾みで大バズりして一攫千金、なんてことにいつかなるんだろうなと、泡のような希望を抱えてもいる。


 こんなんでは結果はしれている。

 配信を始めてから三ヶ月経過して、チャンネル登録者数ゼロ。

 今こうしてライブ配信していても、同時接続者数はゼロ。


 売れない芸人の如く、あらゆる分野に手を付けてみたものの結果はむなしい。


 そして彼がたどりついたバズるための手段、それが保護猫大作戦。


 今にも死にそうな猫をどっかで拾って、助けて、可愛がって、バズって、白い壁の新居に引っ越して、ちょっと視聴者数が減ってきたら、もう一匹拾う。

 

 これこそ無限の錬金術ではないか。


 はっきり言ってクズ思考である。


 事実、彼は配信中も荒れ狂っている。

 どうせ誰も見てやしないと思うと、異常に強気になるというか、どうでもよくなって、自分でも思いも寄らない毒が出てくる。


「そもそもさ。捨て猫だの、瀕死の猫だの、そこら中にいるわけないんだよ。そっち系の動画撮ってる人って、本当にちゃんと猫を拾ってるのかな。なんで毎度きっちり撮影してんだろ。仕込んでんだよな。絶対そうだよ」


 あまりにひどい物言い。

 サッカーならレッドカード、一発退場だ。


 実際、運悪くこのライブ配信に飛び込んでしまった数少ない視聴者から、


『言っていいことと悪いことがある』

『お前みたいなやつ、猫の方から避けるって』


 お叱りのコメントが書き込まれ、あっという間に出て行かれる始末。


 確かに動物は金稼ぎを目的に軽々しく扱って良いものではない。

 

 しかし、この物語の主人公である彼を弁護しておくならば、保本大吾は元々そんなに卑屈な人間ではない。

 あまりに結果が出なくて脳がショートしているのだ。

 言うならば、彼の人生において最もスランプな時期と言うべきか。


「どうせ俺には失うものなんてなんもねえんだ」


 中年にさしかかると、だいたいの独身男は今の自分に満足できなくなる。

 若かった頃に思い描いていた理想像と現実の自分があまりにかけ離れているから、そうなったのは世の中が俺の能力に気づかないからと考え、その結果、ふてくされたり、最悪の場合、とんでもない凶行に出る奴もいる。


 だが、保本大吾はそういう人間ではないのだ。


 もしここで瀕死の猫を見かけたとしたら、迷子になった子供のようにオタオタして、それでも必死で何とかしようと右往左往して、全速力で病院に駆け込む。

 そんな本来の善良さを取り戻すはずなのだ……、たぶん。


 しかし、を前にすると、慌てることもできず、ただ硬直するだけのようである。


「え? ええ……!?」


 長い黒髪が孔雀の羽根のように広がる。

 純白の肌。少しだけ赤い頬。幼児のように幸せそうに両目を閉じ、すうすうと寝息をたてる美少女。

 

 服を着ていない。

 

 ゆえに大吾は見てしまった。


 あらわになった桃色の乳房。

 ギュッと引き締まった腰のくびれ。


 太ももが上手い具合に重なっていたおかげで下の部分は隠されていたが、おそらく下も穿いていないだろう。


 この極めて珍しい状況を嗅ぎつけた視聴者たち。


『え、これ、本物?』

『息してる?』

『うわ、裸だ』

『マジか、これ』


 なんだなんだと一斉に集まってくる。


『この子、めちゃくちゃかわいくね?』

『おい、カメラ、もっと上!』

『いや下!』

『ってか、なんなんこれ?!』

『どこまで仕込み?』


 同時接続者数が爆上がり、読み取れないほどコメント欄のスクロールが速い。

 

 バズっている……。


 そう気づいたとき、大吾は着ていたジャケットを脱ぎ、少女に素早くかぶせ、その美しき肢体を隠した。


『おお、紳士的』

『ばか、なに余計なことしてんだ』

『見せろ。こんなチャンスねえだろ』


「いやいや、ダメだって!」


 さらなる刺激を求める一部視聴者を説得しつつ、


「なんだこれ……。猫探してたら裸の女の子に会うって、ありか……?」


 戸惑う大吾にはこの時、ふたつの選択肢があった。

 配信を切るか、続けるかである。


 だがそれ以上に大吾は混乱していた。

 この状況に一人で対処する自信がなかった。


「あの皆さん。とりあえずどうすりゃいいかな? 病院? 警察?」


『警察だろ』

『不審者だと思われたくなかったら警察だな』


 真摯に向き合ってくれる視聴者もいれば、


『そんなものより裸見せろ、パダカをよお!』

『その子の股を開かせたら、お前に千円振り込んでやる』


 卑猥な絵文字や下劣な煽りを書き込んでくる野蛮な視聴者もいる。


「あの、変なこと書き込んでくるやつはみんなで通報して追い出しといて。俺、もうアップアップでそんなことする余裕ない」


 任せろ。という返事が大量に飛び交う中、参考になるコメントに気づく。


『とりあえず生きてるのかどうか確認した方が良いです』


「なるほど、その通り」


 大吾は少女に近づき、その口元に耳を近づける。


「呼吸はしてる。顔色も悪くないし寝てるだけかも」


『なら声かけてみろ』

『起こした方が良い』

『寝たまま変に触ったら後で痛い目見る。声かけるだけにしろ』


「そ、そうだよね」


 なんて頼りになる人達なんだろう。

 ああ配信やってて良かった。


「おい! 君! 起きなさい! こんな所で寝てちゃ風邪引くよ!」


 必死に呼びかける。


『起きない』

『起きないねえ』

『しかし可愛いなあ』

『どっかのアイドルかな』

『今のアイドル何でもやるもんな』

『ってか、風邪引くとかそういう問題じゃなくない?』

『あの裸の子、見つけてくれたのがあのおっさんで運が良かったな』


「む?」


 大吾はあることに気づいた。

 少女の首筋に刺青がある。

 蝶だ。

 蝶の刺青だ。 


 大吾は古い人間なので刺青と聞いただけで拒否反応が出てしまうのだけれど、この刺青に関しては嫌な気がしない。

 見とれてしまうくらい綺麗だ。


 そして少女が呼吸をするたびに刺青も青く光ったり消えたりする。


「こりゃどういう……」


 刺青に見とれていたせいで、大吾はコメント欄が荒れ狂っていることに気づかない。

 

『上!』

『上見ろ!』

『志村、上!』

『上だって!』


 どこもかしこも「上上上」ばかり。


「なにが……」


 言われた通り、上を見たとき、大吾は凍り付いた。


 戦国時代の甲冑を着た誰かが、大吾に向かって日本刀を振り上げていたのである。


「なんで?! どこから!?」


 そんなの誰にもわからない。


 しかし危機に迫っていることは皆わかる。


 あの刀が真剣だったら間違いなく死ぬ。

 あれが真剣でなくても、渾身の力で頭に振り下ろされたら、凄く痛い。

 死んじゃうかもしれない。


 この瞬間を目撃していた視聴者は今や十万を超えていた。

 それだけの数の視聴者が息を飲み、キーボードを打つ手を止めるくらいの衝撃的な惨劇が展開しようとしていたのだが……。


 ダメージを受けたのは甲冑野郎の方だった。

 

 フルスイングのバットにぶち当てられたボールのように彼方へ飛んでいく。


「う、うそ……?」


 大吾は必死でスマホをある人物に向ける。


 眠っていた少女が身を起こして右手を伸ばすと、わけのわからない力で甲冑野郎を吹っ飛ばしたのだ。


『少女が起きた!』

『なんなんだ、さっきのやつは!』

『手からなんか出した?!』

『上着が邪魔!』

『風よ吹け! ジャケットを飛ばせ!』


 コメント欄も混乱する中、少女は長い髪を振り乱すくらいに身をよじって大吾を見た。


「旦那さま! 私の後ろに!」


「だ、旦那さま……?」


壱予とよは旦那さまをお守りいたします!」


 保本大吾と百合若壱予ゆりわかとよ

 後に史上最強のダンジョン配信カップルと称される二人の出会いであった……。


――――――――


 作者より。

 読んでいただきありがとうございます。

 本編の主人公以上に、読者様の反応を何よりの喜びとしておるものです。

 ご意見、ご感想、フォロー、レビューを切にお待ちしております。


 初回は四話分更新、以降は一日一話分、更新していくつもりです。

 だいたい十万字くらい仕上がっており、話は一区切りしている感じです。


 よろしくお願いいたします!

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