第34話 葛木龍斗

「宣伝お疲れー」


 教室に戻ると、新島が出迎えてくれる。


「あれ? また人が増えたのか?」


 俺が廊下で立っている時は、あまり反応は良くなかった気がしていたが杞憂だったかな?


「溝口の宣伝で来てくれた人もいるらしいよ」


 それなら、恥を忍んで宣伝をした甲があったってものだな····


「あっ、後夜祭の時予定ある?

 何も無いなら、教室でお菓子パーティーでもしようかなって思うんだけど····」


「誘ってもらって悪いけど、予定がある」


「そっか、まあその予定が終わった後でも来ていいから、それじゃあね」


 そう言って新島は教室の奥へ引っ込んで行った。


「おい」


 ん? 聞き覚えのある声に振り返る。


「後夜祭が始まるまで時間はあるよな? じゃあ、ちょっとツラ貸せよ」


 どうやら、葛木が俺に用があるらしい····


「ああ、別にいいけど····」


「そうか、なら校舎裏まで付き合え」


 え····? 俺は何かコイツにしたか? もしかして、ボコボコにされるとか····



 ○



「逃げずに来たんだな····」


 校舎裏に行くと、もう既に葛木は待っていた。


「えっと、それで何のようなんだ····?」


「お前さっき、山口に呼び出しを受けてたろ?」


 もしかして、あの時見ていたのか····?


「それがどうしたんだ?」


「ああ、テメェはそこに行く必要はねぇ」


「え? それは一体どういう····」


 そう尋ねた瞬間、葛木から拳が飛び出した。


「んぐっ!?」


 重い····あの時のストーカー男に殴られた時の比じゃないくらい重たい拳に膝をついてしまう。


「いきなり、何のつもりだ····!」


「あ? テメェが、それを言うのかよ?」


「一体何を言って····」


「俺や山口を裏切って、勝手にいなくなったテメェがよ!!」


 居なくなった····?


「ちょっと待て! 一体何の話をして····!?」


 あぶね! 一瞬でも反応が遅れていたら、確実にノックアウトしていた····。


「教えてくれよ···· 何であの時勝手に居なくなったんだ? それでお前は、何であの時と同じようにアイツと仲良くしてるんだよ!?」


「だから何の話しをしてるんだ!」


 怒りに任せて拳を振るう。

 そんな拳を容易く受け止めた葛木が口を開く。


「なら、教えてやるよ····!」



 ~6年前~


 俺と溝口が仲良くなったのは小学6年生の時····

 勉学にも不真面目で、普段から悪ぶっていた俺は、教室で何か問題が起きると、直ぐに疑われる対象になっていた。

 しかし、その日は何時もと違っていた。


「今朝、確認したところ佐藤くんの給食費が無くなっている事が分かりました」


「えー、佐藤くん。かわいそう····」


「ほんとにー、てか葛木くんが犯人じゃない?」


「分かるかも···· 悪い噂をよく聞くしねー」


「はぁ!? 俺は別に何もしてねぇーよ!」


 俺はそんな事をした覚えは無い····!


「すごい必死なんだけど····」


「本当にやったんじゃない?」


「流石にやりすぎだろ····」


「俺は本当に····!」


「コラ! 少しは落ち着きなさい····!」


 先生が直ぐに止めてくれた····。俺はそんな先生に感謝をする為、顔を見る。しかしそこには、何時ものような優しい表情では無く、まるで軽蔑するような目を向けていた。


「それじゃあ葛木くん。もしも今、盗んだ給食費を出すというのなら、この話は不問にします」


「だから俺はやってねぇって言ってんだろ!!」


 俺がそう怒鳴るも、周りは信じてくれず、寧ろさっき以上に俺に対する軽蔑の声が増えていく。


「それに葛木くんは、父子家庭でお金に困ってるんでしょう? 昨日も、あなたのお父さんを見たけど····よれた服で歩いていたわ」


 惨めな人よねと、更に続ける。


「親父は関係ないだろ····!」


「関係ないって言うけれど、あなたが盗んだのが悪いんじゃない?」


 もう、俺が盗んだのは確定かのように先生は話す。周りにいるクラスメイトも、俺の顔を見ながら泥棒や、貧乏など悪口を話す····。

 俺にはもう限界だった····! 俺の事は別にいい····でも母親が男を作って出ていって、そんなに辛い中で俺の為に汗水垂らして働いてくれている。

 そんな親父を馬鹿にされた事は許せなかった。


「いい加減に····!」


 俺は怒りのあまり、拳を握りしめて立ち上がろうとした。

 すると、教室の隅から声が聞こえた。


「何も決まってない癖に一人の生徒を責めるのは、どうかと思いますけどね」


 そこには、いつも教室の隅で本を読んでいる。溝口という生徒が立ち上がって話していた。


「いや、溝口くんね。もう決まったも同然じゃない? だってこんなにも色々な判断材料が揃っているのよ? 片親で貧乏、それに素行も悪い事で有名····」


 それ以外に理由は必要? と悪びれもなく先生は答える。


「はぁ? とりあえず先生は、どこで給食費を数えたんですか?」


「え····? それはもちろん、職員室に決まってるじゃない····

 それ以外に、どこで数えるって言うの!」


 そう怒鳴る先生に溝口は言った。


「でも先生って昨日、職員室に寄る前に保健室に寄っていましたよね? 山本さんを迎えに行ったか何かで」


 その発言に先生は少し考える仕草を見せて、教室を出ていった。その間も教室での俺の立場は悪く、嫌な人を見るような目で見られる。俺はその目を見ないように下を向いて先生が帰ってくるのを待っていた。

 そして暫くすると、先生が慌ただしく戻ってきた。


「佐藤くんの給食費だけど、保健室に置き忘れていたみたいだわ。

 葛木くんも、こうやって疑われないように普段から、ちゃんと真面目にしないとね」


 は····? ふざけてんのか····? 一言ぐらい謝ったって····!


「先生は大人なのに謝らないんですか?」


 ····? 俺がまた声の方へ顔を向けると、そこには、さっきと同じように立ち上がって話す溝口がいた。


「まず、間違われる方にも問題が····」


「疑った挙句に人の親の事まで馬鹿にして···· お前それでも大人かよ?」


「溝口くん! 先生になんて言う口の利き方を····!」


「俺が敬語を使うのは尊敬している人だけなんで」


 そんな溝口に触発されたのか、周りの生徒たちも口々に先生を攻め始める。

 その光景に顔を赤くにしながら先生が言う。


「すまなかった····」


「え····?」


「だから、すまなかったと言ったんだ! 証拠もないのに君を疑った事、挙句には君の親まで馬鹿にした事を····!」


「え、ああ、別にいいですけど」


 怒りながらも謝る先生に俺は驚きながら返事する。

 その姿に周りの生徒たちも、先生に対して嫌味を言い始める····コイツら本当に····!


「お前らも謝れよ」


 ちょっと待てよ···· そんな事を言ったら····


「はぁ!? 意味わかんないし!」


「お前らだって同じだろうが」


「ふざけんな! 何で俺らが謝らないといけないんだよ!」


 お前も攻められるだろうが····!


 そして見事に俺と溝口は、クラスでハブられる事になった。

 ただ俺は、それも悪くないと思っていた。後に溝口から幼馴染の山口という少女を紹介してもらい。毎日のように3人で遊んでいた。片親で大変な親父の為に、俺をご飯に誘ってくれて、そして残り物を持ち帰らせてくれる····。そんな溝口を···· いや、晶を俺はヒーローだと思っていた。


 そして、それと同時にライバルだとも思っていた。その理由は、俺が山口に一目惚れをしていたからだ。もちろん山口が晶の事を好きなのは知っていた。二人が付き合えば、身を引く覚悟さえできていた。それなのにお前は····、小学6年生の冬に何も言わず街を出ていった····!

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