第32話 女装コンテスト

 次の日の放課後、言われていた通り衣装合わせの時間がやってきた。

 そして、男である俺達は教室の隅で肩身狭く座っている。


「それでは、第一回女装コンテストを開催します!」


 司会だと名乗る女生徒の大きな声が聞こえてくる。


「一体いつから女装コンテストって名前に変わったんだろうな」


「本当にな」


 俺が呟いた言葉に岸本が返事をする。


「そう言えば、あのバカ4人組はどこにいるんだ?」


 周りの男達を見渡すが、水着喫茶に手を挙げていた4人が見当たらない。


「アイツらなら、女装が嫌すぎるから猛抗議して、審査員になったとか言ってたぞ」


「いや、それズルくないか?」


 それが許されるなら、俺だってその立場に行きたい。岸本も同じ事を思っていたようで、「ズルいよな」と呟く。


「いや、俺はここにいるぜ····!」


「え?」


 どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「何でお前だけ、ここにいるんだ?」


「俺は審査員から外れたのさ」


 そこには、水着喫茶の提案者である北野が立っていた。


「何かあったのか?」


「女子も審査員がやりたかったらしくてな、ジャンケンで普通に負けたんだ」


 なるほど····てか審査員とかって本来の衣装合わせと大分かけ離れている気がするが····。


「ちょっと男子!」


 俺と北野が二人で話していると、司会をしていたであろう女子生徒が、こちらにやってきた。


「もうすぐ始まるから、呼ばれたら隣の教室で着替えるようにね!」



 〇



「さてと、俺の出番のようだな」


「ああ…」


 何人かの男子達が呼ばれていき、ついに北野の番が来たらしい。


「行ってくる」


 俺にサムズアップをして教室出ていく。

 暫くすると準備が出来たようで、司会の女子が北野を呼んだ。


「さあ、俺の姿を見てくれ」


 教室のドアを開けて北野が入ってきた。その姿は黒を基調としたメイド服の姿で、それは絶望的に似合っていなかった。


「えっと、北野くん…?」


「言葉を詰まらせるのも無理は無い。俺も更衣室の鏡で見たんだが、結構ありだと思ったからな」


 お前はどこを見て「あり」だと思ったんだよ…

 しかも言葉を詰まらせるって、それ絶対にポジティブな意味じゃないだろ!


 そして次々と審査員から評価されていく。


「メイド服が可哀想」


「死ね」


「かける言葉が見つからない」


「頼むから、視界に映らないでくれ」


「映す価値なし」


「何で、こんなに低評価なんだ?」


 逆に何で、その姿でいけると思ったんだよ····



 〇



「き、気をとりなして、次は岸本くんの番です!」


 その声を合図に後ろから岸本がやってきた。


「あー、最悪だぁ」


「行ってらっしゃい····」


 そして準備を終えてクラスに入ってきた岸本を見て、クラスメイト(主に女子)から歓声が湧き上がった。元がイケメンだったからか、かなりの美少女に仕上がっている。 下手すると、そこらの女の子よりも可愛いと思う····。


「凄く似合ってるね! 岸本くん! まずは記念に一言どうぞ!」


「お帰りなさいませ、ご主人様!」


 声を高くして話す岸本に。何人かの男子生徒は、開けては行けない扉を開けかけているようで、胸を抑えて蹲っている。


「とりあえず評価していこうかな!」


「可愛すぎるだろ…!」


「俺と付き合ってくれないか?」


「負けた····!」


「やべぇ、惚れそう····」


「これは優勝」


 かなりの高評価だ。


「わー! ありがとー!」


 審査員からの評価が終わっても、まだまだ女の子を続ける岸本に対して、俺は若干引いた。



 〇



「さて次々行ってみよー!」


 次は葛木の出番らしく、顔を俯かせながら歩いていった····。


「それじゃあ、葛木くん、何か一言いいかな?」


「こんな事になると分かっていたなら、今日は休んでいた」


 普段の姿からは想像できないような、掠れた声に同情してしまう。


「そ、そうなんだ····! つ、次はお待ちかねの審査員からの評価だよ!」


「凄くゴリラだな」


「正しくはメスゴリラだな」


「ちょっとゴツめの女子と思えば行けるな····!」


「メイドじゃなくて冥土じゃん」


「メイド服が戦闘服にしか見えない」


 結構酷評だが、北野に比べると遥かにマシと思える。

 というか、審査員をしている南口よ、岸本に対しては「付き合ってください」で、葛木は「ゴツい女子だと思えば行ける」って····? お前のストライクゾーンは広すぎやしないか?



 〇



 そして流れるように、次々と順番は進んでいき、出番が来た男達の屍に涙が浮かんでくる。


「次で最後かな?」


 最後····? となると残るは俺しかいない····。


「次は溝口くんね!」


 それじゃあ、どうぞー! という声を聞き、行きたくない気持ちを募らせながら、隣の教室へ向かうのだった。


「じゃあ、準備ができたら入ってきてねー!」


 扉越しに声が聞こえてくる。俺はその声を合図に教室の中に入って行く。


「おおー! なかなか似合ってるねー!」


「え、あ、はい」


 恥ずかしさからか、上手く話せないな····。


「それじゃあ、何か一言いいかな?」


「えっと、その····よ、よろしくお願いしましゅ!」


 思っきり噛んでしまった! は、恥ずかしい····顔を上げることができない····!


「えーと、それじゃあ、審査員の方どうぞ!」


 司会の声が無情にも響く。


「普通に似合ってるじゃん!」


「地味めの女子って感じだけどありだな····」


「結婚を前提に付き合ってくれないか?」


「割とキュンってきたかも」


「岸本くんとは、また違った良さがあるね!」


 意外と高評価なことにびっくりした。

 それと付き合うわけないだろうが! 岸本にも言っていた、同じような告白を心の中で否定する。


「うんうん! みんな似合ってて良かったね!」


「北野以外は良かったじゃん!」


 ギャルの嬉しそうな声が、教室に響く。


「なんで俺だけ名指し····?」


「それじゃあ、今回参加した男子の中から、ホール担当のメンバーを決めていくから!」


 ギャルが解散と続けて、クラスメイト達は散り散りになっていく。暫くすると、南口と北野が俺の元にやってきた。


「マジで似合ってるな、地味な女の子が、背伸びをしてるみたいで最高だ!」


 開口一番にそう話す南口に、何でこんなにキモイんだ。と思ってしまう。


「ブラザー····いや、シスターと呼ぶべきだか?」


「どっちもやめてくれ····」


 暫くの間、南口と北野から褒められ続ける事となった····。



 〇



「おつかれー」


 どこからか岸本がやってきた。


「それにしても災難だったな〜」


「お前はノリノリだった気がするけどな?」


「だって俺って可愛いじゃん」


 確かに可愛いが····


「晶も中々良かったと思うぜ、それにあそこで噛むとは、男心って奴を分かってるな〜?」


「そんなもん、分かりたくもねぇよ!」


 何が悲しくて、男の関心を惹かなきゃいけないんだよ!


「私も似合ってたと思うよ」


「うんうん!」


 岸本に続いて寝子と香織もやってきた。


「お前らまで····!」


「まあ、落ち着きなよ」


「そうそう、今更嘆いたって意味なんかないぜ?」


 確かに岸本の言う通りだが····!


「そう言えば、寿子ちゃんが言ってんたんだけど」


「ん? 寿子って誰だ?」


「新島寿子(にいじま ひさこ)、さっきのギャルっぽい子の名前だよ」


 覚えないとダメだよと注意される。

 あまり話したこと無かったから、覚えてなかったな····。


「それで何話してたんだ?」


「えーとね。岸本くんと溝口くんはホールで確定だって」


「つまり、俺達が女装をするのは確定って事か?」


 岸本が香織に問いかける。


「うん! そうだと思うよ!」


「良かったじゃん、二人とも似合ってたし」


 いや、良くねーよ····! 岸本も俺と同じ気持ちなのか、微妙な表情をしている。


「うわぁー、また罪な女の子になっちまうな」


 どうやら、俺とは違った意味で心配しているようだ。

 とりあえず、文化祭に親は呼ばない方がいいな、それと山口や来栖にも黙っていよう。こんな姿は、絶対に見せたくないし。


 こうして、次々とホール担当やキッチン担当が決まっていき、ついに文化祭当日を迎えるのだった。

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