第19話 体育祭 午後の部

 午後の200mに香織は出場することが決まっている。もちろん応援する予定だが、200m走までは、まだ時間があるので、時間を潰すためにぼーっとグラウンドを眺めていると来栖がやってきた。


「探したぞ」


 足には痛々しくテーピングが施されており、どうやら歩くのも覚束無いようだ。


「無理して歩くと悪化するぞ」


「安心してくれ、午後の種目には出場しないからね」


「それでも危ないだろ····」


 改めて来栖を見ると思うが、まるで宝塚に出てきそうな男役のようなかっこよさがある。


「えっと、何のようなんだ?」


 俺がそう聞くと、来栖は少し俯きながら呟いた。


「先程はすまなかった」


「別に気にしてないけど····」


「いや、私は学校に拡がっている噂を鵜呑みにして君に酷いことを言った」


 君か…さっきまでは貴様だったが、どうやら俺は来栖から認められたっぽいな。


「それならあれだ、俺と友達になってくれよ。それでチャラでいい」


「ふっ····そうか、君は変わったヤツだね」


 そう言って薄く笑い自分のクラスに戻っていった。それにしても噂か…誰が流したのか分からないが、俺のクラスでも俺が女誑しやら女を取っかえ引っ変えしているクソ野郎だという噂が流れていた。嫌な話だなと思い、俺もクラスに戻ることにした。


「どこに行ってたの?」


 クラスに戻る途中で香織が話しかけてきた。


「物思いに耽てたんだよ」


 俺がそう言うと変なのと笑っていた。


「もうすぐ私の出番だから、特等席で応援よろしくね!」


 俺が「任せろ」と返事をすると嬉しそうに笑い。列の方へ流れていった。


 〇


 全てを終えた俺が自分のクラスに戻ろうとしていると、突然同じクラスの男達に肩を掴まれた。


「晶くんは女の子の友達が多くていいですねー?」

(眼鏡をかけた男)


「大野ちゃんとはどうやって仲良なったんだよ?」(細身の男)


「最近は丘咲さんとも仲がいいらしいな?」(坊主頭の男)


「じゃあ、もう人生に悔いなんて残ってないよな?」

(小柄な男)


 口々に俺をまくしたててくる最後の奴に関してはスコップを置いてから話そうか。


「女誑しの晶くんは俺達と一緒に特等席に行きましょうや」


「おい待て、お前たちの言う特等席ってどこのことだよ····」


「「「「ちょっとそこの校舎裏だよ」」」」


 こいつら、俺を殺るつもりだ!


「山口さんとも幼馴染だしなぁ? 許せねぇよな? おいコラ」


 坊主頭がバットを構えやがった! お前は野球部だろうが! 道具は正しく扱え!


「助けてくれ!」


 俺は、たまたま近くを通ろうとした岸本に声をかける。すると岸本は少し考えた後言った。


「さっき、隣のクラスの来栖さんとも仲良くしてたぞそいつ」


「「「「晶くーん?」」」」


「てめえ!この裏切りもんが!」


 俺がそう叫ぶ岸本は「がんばれよー」といいクラスのテントに戻って行った。


「頼む待ってくれ! 俺が香織の活躍を見ないと香織が悲しむんだぞ、いいのかそれで!?」


「「「「くっ…確かにそれは…!」」」」


 効果抜群だ! これならこいつらも引いてくれるかも…! すると眼鏡男が少し考えた後にこう言い放った。


「分かった大野さんに免じて200m走の終わりが貴様の命日としてやろう」


 どうやら延命しただけのようだ。


 〇


「よう、おかえりー」


「黙れ裏切り者」


「悪いって俺は顔がいいってだけで、あの連中に睨まれてるからさ」


 クソみたいな嫌味を言いながら、巻き込まれたくなかったんだよと岸本は笑う。


「だからって爆弾を投下するか普通は?」


 俺がそう言うと真顔になり、200m走が始まるぞと話を逸らした。


「こいつ…」


 俺は何か言おうとしたが諦め、レースを見ることにした。


 それにしても香織のやつ圧倒的だな、他の生徒たちはまるで歯が立っていない。そりゃそうだ、 男である俺も勝てる気がしないからな。隣にいるさっきの坊主頭の野球部も「はやっ!」と驚愕している。走り終えた香織が俺に手を振る。それに振り返すと、数人からの視線を感じた。

 さて香織を慰労の言葉でも送ってやるかな、俺はそう考えて香織の元へ向かうために立ち上がろうとする。しかしそんな俺の腕を何者かにガシッと掴まれた。


「どこに行くんだ?」


 さっきの野球部だ。真っ黒な何も映していないような双眸で俺の顔を凝視している。まるでこの世の汚れを煮詰めたような目だ。俺は恐怖からか固くなった首をそいつに無理やり向けて、一か八か賭けに出てみた「今度女の子を誘うから一緒に遊ぼうな」そう話すとさっきまで腐りきっていた目が、嘘のように輝き笑顔になった。


「俺がアイツらを止めるから、お前は先にいけブラザー!」


「誰がブラザーだ」


 俺がそう言うと野球部の男は「ふっ」と静かに笑って駆け出した。どうやら、残りの三人と戦うようだ 。後ろの方で「尊厳を捨てたかこの裏切り者が!」という叫び声と金属音が聞こえてきたが、巻き込まれたくない一心で全力で走った。



 〇



「お疲れ様」


「どうだった! 私の速さ!」


 そう言って胸を張る香織に、俺は凄かったと返す。


「私って最終兵器だからね!」


 その話、まだ続いてたのか。


「それより、大野さんは来てないのか?」


「お姉ちゃんは仕事で忙しいからね」


「そっか…」


「お姉ちゃんに会いたいの?」


 少し顔を膨れさせる香織に俺は言った。


「そうじゃねえよ! 寂しくないのかなって思っただけだ」


「うーん、少し寂しいけど…今は楽しいよ!」


 そう言って花が咲くように笑う香織に、それは良かったと俺も笑った。そして午後の部も順調に流れて、体育祭も終わりへ向かっていった。



 4人の男の名前


 眼鏡をかけた男:南口明広(みなみぐち あきひろ)


 坊主頭の男(野球部):北野圭吾(きたの けいご)


 細身の男:西山宗男(にしやま むねお)


 小柄の男:東条将也(とうじょう まさや)

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