第3話
「……芝居って、俺はそんなつもりで書いてねぇ。小説として読ませる為に書いてんだ」
「脚本家の知り合いがいます。そいつに任せれば、芝居用に書き換えて、観客を楽しませる、いえ、悲しみの渦に……これも何かおかしいですね」
「……」
悲劇作家・織口
それが筆を取った時から纏わりつく俺の宿命。
俺の物語は悲劇にしかならない。暗いのだと、よく言われた。
学生時代はそれで蔑まれることもあったというのに、大人になればおかしなもので、悲しみたい人間というのが一定数いるらしく、作家として食えるくらいには生活できていた。
俺の物語は必ず泣ける。
だから
「世間には愉快な話がごまんとある。いや、喜劇小説の王がいる。その作品を上演すれば……いや、とっくにされてんのか、俺が知らないだけで」
「されていますね、否定はしません。織口さん」
間に置かれた水筒を退かし、美丈夫は近寄ってくる。
「今は貴方の作品を上演したい、その許可が欲しいという話をしています」
「だから、そんなつもりで」
「やりたいんですよ」
被せるように美丈夫は言う。
「貴方の作品で芝居をやりたい。貴方の作品を読んだ時から、板の上でどう動くべきか、四六時中考えるんです。──こんなものを何故ありがたがる」
「おい」
止めようと手を伸ばした時には、美丈夫は立ち上がっていた。
いや、美丈夫じゃない。
「……ぁ」
そこにいたのは、あの人だった。
「これはただの紙だ。文字が記された汚れた紙。あとは虫に犯されるだけの、汚い紙じゃないか」
「……やめろ、野菊、君」
よりにもよって、何故、それを。
瞼を閉じたい、耳を塞ぎたい。だがそれは許されない。
目や耳は俺の意思を無視し──あの人を求める。
「だというのに、どいつもこいつも何故、こんなものをありがたがるか。……この話が一番好きで、これを是非演じてみたいのです。お恥ずかしい話、まるで僕」
「黙らなければ許さない!」
悲鳴でも上げるように告げれば、やっと、美丈夫は口を閉ざした。
『朽ちぬ骸』
それが奴の演じたい物語であり、俺を職業作家にした作品であり……こっそり、あの人をモデルにして書き殴った、恥ずべき過去だ。
「……」
「……」
懇願するような視線から逃れるように立ち上がり、美丈夫に背を向ける。
「声を荒げて悪かった。遠路はるばるお疲れ様だ。詫びとして……詫びと、して……」
何をするべきかといえば、許可を与えることが何よりの詫びか。
だが、嫌だ。認めたくはない。
この美丈夫が演じる所など、絶対に見たかない。
あんなものを観ちまったら、俺はどうなる。
残りの人生、あの人の影を追って終えることになりそうだ。
「織口さん」
涼やかな声が俺を呼ぶ。
「また来ます」
「……っ」
「今日はご都合が悪かったようで、また日を改めて、今度はお約束をした上で、伺います」
「……」
来るなと言え。
来るなと言えば、奴の芝居を観ずに済む。
──思い出さずに済むんだ。
二度と来るな、その顔を見せるなと、言え、言え、言え、言え。
「……あぁ、そうしてくれ」
奴は来なかった。
宣言通り日を改め、奴は電話で約束を取り付けてきたが、約束したその日に──地震が起きた。
かなり大きいのが来やがったが、幸い、と言っていいものか、俺も美丈夫もどうにか無事だった。
奴の所属している劇団の奴らも。
傷ついた心に癒しを。
気の張る日々に安らぎを。
最も被害の酷い被災地へと赴き、芝居はもちろん、ボランティア活動をすることに決まったらしい。
そこに俺の作品はお呼びじゃないとも。
『色んなことが落ち着いたら、また改めて伺います。僕は諦めません。必ず、貴方の作品を』
「その言葉だけでも十分だ」
それっきりだ、何の沙汰もない。
忘れていった水筒も、ゴドーを弟子にした際に捨てた。
奴は来ない。
──あの人達は、いつも俺を残して通り過ぎていく。
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