情勢のお話

 小さな果樹園と薄っすら見える谷近くの国境ゲート。

 あとは平原ばかりが続く廃村に、メリナ・マッケナが現れた。

 狼はふさふさの尻尾を揺らし、メリナの傍を歩く。

 廃村の中央に設置したテントから60メートル離れた先まで案内。

 掘り起こしたままの穴を覗いたメリナは、真剣な眼差しに変える。

 人か獣かも分からないほどバラバラの骨。

 グローブを身に着け、しゃがみ込んで骨を掴んだ。


「骨が欠けてるわ、コニー」

「そのようです。『ウェアヴォルフ』の可能性があるかと」


 後ろで辺りを警戒しながら答えたコニー・アーベル。


「うーん」


 唸るメリナはスコップも使わずグローブでさらに穴を掘り始めた。


『ボクも手伝う!』


 狼は前脚を素早く動かして土を掘る。

 土が減るにつれて、くすみのある白が露出。

 さらに掘り起こしてゆっくり持ち上げた。

 突き出た口と顎、鋭い牙が目立つ頭骨だった。

 そして、錆びた鉛が狼の目に留まる。

 キノコのように丸く潰れた形になっているのがいくつか。


「正解よコニー。あとこれは?」

「弾丸、だと思います。詳細は分かりませんが訓練時代に見たことはあります」

『この弾丸ボクが貰っていい?』


 2人は疑問を浮かべて傾げた。


「どうしたの?」

『うーん、ただなんとなく』

「えぇ、大丈夫。さて、一度戻りましょう」


 骨を抱えて軍の荷馬車に戻ったメリナと、弾丸を受け取り、後をついていくコニーと狼。

 寡黙な御者は誰とも目を合わせず馬と過ごす。

 骨を布で包んで保管。 

 コニーは一呼吸置いて、メリナの背中に声をかけた。


「メリナ様はどうして調査隊の指揮官に? そもそも、兵士ではありませんし」

「ライアン大佐にお願いされたの、それだけ。詳しいことなんか教えてもらえなかったわ、コニーこそ念願の調査隊に配属されたのにどうして狩人に?」


 コニーは薄っすらある目の隈をなぞり、苦い表情を浮かべる。


「思っていたところじゃありませんでした……辺鄙な場所でリンゴの世話をする方が性に合っていたということです」


 記憶よりも痩せた肉体を観察するメリナは、寂し気に俯く。


「……そう」


 お座りの姿勢で黙っていた狼は、


『ねぇねぇパックってなに? ウェアヴォルフってなんなの?』


 疑問を口にする。


「あらごめんなさい、簡単に言えば貴方の種族を『パック』最近現れた二足歩行の狼を『ウェアヴォルフ』と呼び分けているの」

『ふーん……ヴォルフ』


 ぞわ、と灰と白が混じる毛が逆立つ。

 青い瞳が大きく揺れる。


 2メートル近い巨体、深くフードをかぶったシルエット。


 首を小刻みに動かして映像を振り払った。


『なんだか怖くなってきたや』

「怖いだって? 人食い狼を返り討ちにしたのにかい?」

『それとは別だよ』


 メリナは、こほん、と咳払い。


「今回発見された骨について、今のところ推測できるのは以前の狩人が人食い狼を仕留めて、丁寧に埋葬した、ってところね。あとは本部に戻って詳しく調べてみるわ」

「指揮官自ら来てくださりありがとうございました、メリナ様、どうかご無事で」

「それはこっちの台詞。今マッケナ総帥を支持する国で暴動が起きてるって噂よ、特にここは国境沿いでいつ何が来てもおかしくない。だからコニー、気を付けて。貴方も」


 メリナは軽快に飛びつき、コニーの頬にキス。

 次にしゃがんで狼の鼻に唇を寄せた。


『わぉ』


 荷台に乗り込む。

 捲った布の内側には、軍用の半袖ジャケットを着た女性が2人。

 2人とも輝きのない黒い瞳に、細い体躯でコニーと目が合う。

 背中が震えたコニーは思わず目を逸らす。


「……彼女達は護衛ですか?」

「同じ調査隊よ、少しとっつきにくいかもしれないけど、優秀で信頼できる仲間なの。それじゃあ、また話を聞かせてね」

「はい」


 寡黙な御者は馬を操り、荷馬車を走らせた。

 大きく手を振るメリナに敬礼。

 1人と1匹は遠のいていく姿をいつまでも見送った――。


 

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