メリナ・マッケナ

 他の木よりも1個のサイズが大きいリンゴを小さなカゴから溢れるぐらい積む。

 コニーは黒縁フレームのメガネを額にかけ、目にできた薄っすらとした隈を撫でる。

 ホルスターにはシングルアクションの軍用自動拳銃を収め、首には金属でできた楕円形の認識票。

 成人男性の平均身長にやや痩せ型。

 彼の後ろをついて歩くのは四足歩行の狼。

 足元は白く胴体にいくにつれて灰が混じる体毛をもつ。

 ふさふさの尻尾とぴくりと動く尖った耳、海のように透んだ青い瞳。

 ウグイス色のテントの傍にカゴを置くと、振動でリンゴが1個足元へ。

 大きな口で拾い、容赦なく鋭く太い牙を使ってかみ砕いた。

 果肉も果汁も逃さず味わう。

 シャクシャク、と爽快な音が鳴る。


『んまいっ、甘いし歯ごたえ抜群、これは癖になるねっ!』

「君は肉を食べなくて平気なの?」

『リンゴがいちばんっ!』


 眩しく明るい声色で答えた。

 コニーは呆れ微笑んだ。

 突然、国境沿いの廃村に似つかわしくない音が響く。

 街道に顔を向けると、荷馬車が走っていた。

 荷台の側面には大きな猛獣が翼を広げている紋章の旗が飾られている。

 何故、と傾げるコニー。

 狼は耳をぴくりと動かし、無垢な瞳を馬車に向けた。

 どこが入り口かも分からない廃村に荷馬車は止まり、御者は寡黙に馬を労う。

 荷台の布が内側から捲れる。

 姿を見せたのは金髪に三つ編みの少女。

 土に近い緑色の軍用半袖ジャケットとズボンにブーツで固めている。

 薄く膨らみのある唇と新緑色の瞳は驚いた表情でコニーを見た。


「本当にコニー・アーベルなの?」


 確認と疑いが交じる言葉。

 透き通った声色に、コニーは、あっ、と驚く。


「あぇ……え、メリナ様?」


 メリナと呼ばれた少女は戸惑いながらも、荷台にブーツをかけて飛び降りる。


「ちょっと!」


 突然の行動に慌てたコニーは重力に従い落ちるメリナを両腕の中へ。

 衝撃を受け流すように、くるり、と回る。


「コニー!」


 悪戯に微笑んだ。

 狼はよく分からないまま尻尾を横に振りながら、前脚を跳ねて歩き回る。


『なになに? ダンス?』

「違う。メリナ様、久し振りだというのに横着はやめてください。冷や冷やしましたよ」

「信頼しているもの、平気。ところで、見知らぬこの子は?」


 メリナは腕から降りると、狼に興味を示した。


『ボクだよ! 美しいお嬢さん。君が噂のメリナ?』

「しゃ、しゃべった!? お世辞まで!!」


 思わず裏返る。

 コニーは短い黒髪を掻き、メガネの位置を指先で直す。


「話せば長くなるような、ならないような……」


 はにかんだメリナは、口を開閉させながら狼に肯定的な頷きを見せた。


「凄い、本当に存在したなんて……貴方は『パック』ね」

『なにそれぇ?』

「話せば長い。さて、コニー、報告書を読ませてもらったわ」

「メリナ様が、ですか? まさか調査隊に」

「えぇ、ライアン大佐からの辞令でね」


 苦い豆を噛み潰したような表情になるコニー。


「あんなところにメリナ様を配属させたなんて、大佐は何を考えてるんだ?」

「積もる話はあとにして、とにかく例の骨について調べてさせてもらうわ。何故廃村になったのか、人食い狼『ウェアヴォルフ』に関与している可能性があるなら調査隊は大陸の果ても調査する。この私、調査隊指揮官のメリナ・マッケナがね」


 胸にトントン、と親指で突いて自信満々に話す。

 さぁ、と先頭を歩く背中を眺めた1人と1匹。


『なんだか逞しいお嬢さんだね』

「……こんな子だったかな。もしかしてボクのせいだったり?」

『かもよ、誰しもが思いもよらないところで影響を受けちゃうからね』

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