リンゴサンド

 コニー・アーベルは不可解なことに驚くばかり。

 人食い狼の死体を前に、難しく唸った。


「どうして……」


 黒縁フレームのメガネ越しに睨んだ。


『分かんない、近くに森もないし他に群れもなさそうだよ』


 足元にいる狼はお座りの姿勢。

 狼の話に頷き、死体を近くで屈んで覗く。

 首に牙の穴が複数、未だに血だまりができているものの、眠った顔で硬直している。

 コニーは目の隈を指先で撫でた。


「急所を的確に、なるべく苦しまずに仕留めるなんて、まるで狩人だ」

『まぁ、ね』


 青い瞳を逸らす。


「とにかく埋葬しよう」

『埋めちゃうの?』

「うん」


 廃村から離れた軟らかい土をシャベルで掘り起こした。

 狼も手伝い、前脚で素早く引っ掻くように動かして土を掘る。

 深く掘った穴に人食い狼を埋めていく。


『微塵も殺そうなんて思わなかった』

「いや、襲い掛かってくるんだから……仕方ないよ」

『ちがう、もっと、もっと遠くに引き離そうとしたのに、勝手に体が動いたんだ』

「…………あの赤いコート、君と一緒にいた人の?」


 軍用サイドバッグは一部引き裂かれてしまい、ポケット部分が破損している。

 ウグイス色のテントの傍にはミニテーブルがあり、赤いフード付きコートが置いてある。


『うん、大切な物なんだ』

「尚更、正しい行動だよ。でもどうやってここまで単身で来たんだろう。ここにはエサになる物なんてない。リンゴを食べるなんて記述もないし、僕自身もずっと調査していたから分かってる。もしかして、誰かに連れてこられた、とか?」

『んん、変な格好の人ならいたけど』

「いやいや、君の証言を整理するに、幻じゃないかな」


 コニーの答えに、狼は首を捻った。


『まぼろしぃ? そうかなぁ……うーん』

「まぁ幽霊がいたとして、埋めてあった骨たちかもね」


 テントに戻り、コニーは赤いコートを手に取った。

 赤い布地をじっくり観察すると、薄っすら赤に似た色が染みている。


「……」

『どうしたの? 狩人さん』

「いや、ううん。コートは傷んでないみたいだから大丈夫そうだね。そろそろ朝食にしよう」

『それは良かった!』


 赤いコートを畳み、壊れていない反対のポケットに返した。

 木箱から瓶入りのリンゴジャムとクッキーを取りだした。


『何作るのー?』

「簡単だよ、リンゴジャムをクッキーで挟んで食べるやつ」

『リンゴジャム! 美味しそう!!』


 涎を垂らして青い目を輝かせる狼。

 ふさふさの尻尾を横にパタパタ振る。

 正方形のバタークッキーにリンゴジャムを木のヘラでまんべんなく塗りたくる。

 柔らかくなった果肉がたっぷり、太陽の明かりに照らされ輝く。


『いい香りーこのジャムは手作り?』

「僕じゃなくて、知り合いのね。補給部隊を通して手紙のやり取りをしていて、収穫したばかりのリンゴをいくつか送ってるんだ。ジャムはそのお礼」

『へぇアルフィーが話してたメリナから?』


 1個ずつジャムをクッキーで挟みながら、コニーは片眉を顰めた。


「良い耳をしてるよ、まったく、メリナ様はマッケナ総帥の親戚で姪にあたる方。君も軍人と関係あるなら知ってるんじゃない?」

『んーんーボクが知ってるのは都の人達だけ、アルフィーでしょ、ウィリアムでしょ、イーサンとライアン! あとは、死んじゃったけどアーサー。あと、ワイアット』

「ライアン大佐を呼び捨てにしない。うーんメリナ様も都にいるはずなんだけどな」


 完成したリンゴサンドを皿に乗せ、狼の前へ。


「はい、簡単だけどどうぞ」

『ありがとう! いただきます!!』


 サクッと一口を一瞬で食べた。


『ん……うまーい! ほのかに甘酸っぱさがあるけど、甘すぎないし、柔らかくてさっぱり、美味しい! クッキーの塩気がまたアクセントになってる!!』


 一気に食べてしまう。


「これだけ食べても体に影響がないなんてね」


 ペンで成長記録を綴り、テント内にノートをしまうと、今度は手紙を取りだす。

 ザラザラと厚い質感の封筒。


 送り主 メリナ・マッケナ


 宛先 国境沿いリンゴ果樹園地拠点 コニー・アーベル様

 コニーは目を細め、小さく息を吐いた。


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