骨と人食い

 薄明の頃。

 狼は、海のように澄み渡る青い瞳に人影を映す。

 丸みのある大きなリュックを背負うむくろ

 感情をゼロのまま骸もまた、狼に目の穴を向ける。


『君は村の人なの?』


 カチカチ、と下顎骨が動くも、音はない。

 骸はふらふら、カクンカクン、と歩き出した。


『あれ? どこに行くの?』


 狼は追う。

 ウグイス色のテントよりも向こうにある廃村の隅。

 狼が掘り起こした窪みで、骸は立ち止まる。


『どうしたの? ねぇ、ここは危ないよ』


 人か獣かも分からないバラバラの骨が埋まっている窪みを見下ろす。

 狼も同じように、骨を見る。

 嗅いでも土と草のニオイだけ。

 傾げてもう一度見上げると、涼しい風が吹いた。

 骸は消えていなくなり、辺りを見回してもテントと小さな果樹園しかない。

 遠くには微かに照明が揺れる谷近くの国境ゲート。

 森は何一つない、平原が広がる。


『あれ?』


 背後から、ぐるる、ぐるる、底から震える唸り声。

 獣のニオイが鼻孔に入り込む。

 全身が警戒を知らせる。

 すぐに前へ駆けだした。


『人食い狼さんっ?! なんでここに?』


 二足歩行で涎を垂らしながら追いかけてくる人食い狼が迫る。


『マズイ、とにかくここから遠ざけないとっ』


 薄汚れた毛と尖った爪にこびりつく乾いた血。

 隠れる場所がない。

 廃村から離れていく。

 唸りと共に尖った爪が前へ伸びた。

 軍用のサイドバッグの留め具と中身が引き裂かれ、赤いコートが落ちていく。

 青い瞳孔は鋭く捉え、前脚が地面を抉る。

 草が抜け飛び、土が欠片になって飛び散るほどの勢い。

 振り返り、大きな口に太く鋭き牙を剥き出しにする。

 人食い狼の爪が真っ直ぐに襲い掛かる。

 身を捩らせ、灰の交じった体毛が数本飛び散るなか、頸動脈に牙を落とす。

 一瞬のことで身動きが取れなくなり、人食い狼は下半身から崩れて倒れ込んだ。

 ビクン、と何度か跳ねたあと、静かに瞼は開いたまま、息絶える。

 死んだのを確認して、そっと牙を抜く。


『…………』


 ボロボロ、気付けば青い瞳から零れる涙。

 赤いフード付きのコートを鼻先にかけて拾う。


『ボクは大丈夫だよ。君が一緒なんだから』


 尻尾を垂らし、クンクン、鳴きながらテントに向かう。


「ぐぐおごぐぅあぅおおぉ」


 大きなイビキが聞こえてきた。

 呆れた鼻息を出し、狼はミニテーブルにコートを置く。


『でもさっきの人は誰だったんだろ……村の人だったのかなぁ』


 狼はカゴから熟した赤いリンゴを銜えて運び出す。

 3個を一気に噛み潰し、果汁も逃すことなく美味しそうに食べた――。

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