補給部隊

 コニー・アーベルは黒縁メガネをかけ直し、果樹園を眺めた。

 成人の平均的な背丈に瘦せ型、薄っすらと目に隈がある。

 辺りはリンゴの小さな果樹園以外何も残っていない廃村。

 建物さえ跡形もなく、廃村の真ん中にあるのはウグイス色のテントのみ。

 テントの傍には軽量の折り畳みイスとミニテーブル、それから木箱と抱えられるサイズの鉄コンテナがあった。

 増えたのは、1匹。

 足元は白く胴体にいくにつれて灰色が混じる毛並みをもつ狼がテントの周りをうろついている。

 軍用のサイドバッグを胴体に装着。

 海のように澄んだ瞳で辺りを見回す。


「そろそろかな」


 コニーは呟き、手元にある書類を確認。


『誰か来るの? 狩人さん』

「うん、今日は補給部隊が来る日なんだよ」

『ほきゅうぶたいって軍の人が来るってこと?』

「そう。都から直接ね、月に1度のありがたーい補給と温かいような塩っぽいような対応をしてくれる仲間」


 狼は傾げる。


『でもホントにここって誰も通らないんだね』


 しっかり頷く。


「国境沿いの廃村なんてそんなもんだよ。補給部隊の他は数年に2、3回くらい旅人が通るぐらいかな」

『ふーん。補給部隊って誰が来てくれるの?』

「誰って言われても、毎回来る人は違うしなぁ……」


 遠くから聞こえてくる軽快な蹄の音。

 大きな荷馬車が廃村にやってきた。

 ライフル銃を背中に提げた補給部隊。

 コニーと狼の前で馬車は止まった。

 手綱を握る兵士はフランクに手を振り、後ろの荷台から降りてきたもう1人の兵士は目をギョッとさせる。

 丸メガネの青年は狼に声をかけた。


「お久しぶりですねっ。まさかコニーさんの拠点にいるなんて思いもしませんでした!」

『アルフィーだ、久し振り!』


 面識のある1人と1匹に、コニーは驚く。


「アルフィーと知り合いだったの?!」

『うん、ちょっとね』

「はい、彼がまだ子供だった時に都の本部で。コニーは赤ずきんをご存知ですか?」

「いやぁ5年もずっとここにいるとなんの情報も入ってこないよ」


 髪を掻き、はにかんだ。


「そういえばそうでしたね。赤ずきんのことは誰よりも狼クンがよく知っていますよ。では、補給物資をテントの横に配置しておきます」

「あぁありがとう。あとアルフィー、本部にこの報告書を渡してほしい」

「はい、了解しました」


 報告書をアルフィーに渡したあと、両手で抱えられるサイズの鉄コンテナと木箱をテントの傍へ。


「しばらくの水と、アルコール、干し肉と栄養たっぷりのブロックスナック。弾薬と応急キット、本部からの書類……あとはメリナ様からお手紙です」


 他の書類とは別の高価な厚紙に包まれた手紙も受け取る。

 コニーは目を細くさせて睨んだ。


「ありがとう……」

『手紙? どんな手紙なの?』


 手紙に食いつき、コニーの足元をうろつく。


「知り合いからの手紙さ」

「それじゃあコニー、狼クン、お気を付けて。最近は人食い狼も町に来たり、街道まで来たりしていますから警戒してください。ライフル銃は……どうしますか? コニー」


 静かにコニーは首を振った。

 アルフィーは理解して頷き、荷馬車に乗り込んだ。

 手綱を操る兵士によって馬は進みだす。

 再び都に戻って行く荷馬車を見送る。

 荷台から手を振るアルフィーに、コニーは手を振った。


『アルフィーと仲良しなの?』

「同期なんだ、アルフィーともう1人いたんだけど軍を辞めたって聞いた」

『ふーん……』

「で、赤ずきんって?」

『赤ずきんはボクの中で生きてるんだ、ずっとずっと一緒、それだけ。んふふ、まだ教えてあげないよ』

「本当、謎の多い狼だ」


 肩をすくめたコニーはカゴからリンゴを掴んで、狼に投げ渡す。

 大きな口を開けて牙で見事にキャッチ。

 鋭く太い牙で皮ごと貫き、果肉と果汁を全て逃さず喰らった。

 シャクシャク、むしゃむしゃ、ゴリゴリ。


『んまいっ!』


 満足げな感想。

 折り畳みにイスに腰掛けたあと、手紙を丁寧に開封し、几帳面な文字の流れを目に通した――。

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