リンゴワイン
コニー・アーベルは目の隈を擦った。
月が西に寄りかかる頃、重く起き上がる。
黒縁フレームのメガネをかけ直す。
テントの中を見回した。
雑に積んだ厚さが異なる本と調理道具、手元に置いたシングルアクションの軍用自動拳銃、それから手首に巻いた楕円形の金属板で作られた認識票。
小さな世界は変わらず散らかっている。
眠気を引き摺らずに外を覗く。
リンゴの木以外何もない廃村となった土地。
月の明かりだけが頼りの暗さに、遠くを見ることができない。
認識票を首に提げ、テントから出た。
テントの傍には折り畳み用のイスとミニテーブル、他に木箱5箱と、両手で抱えられるサイズの鉄コンテナが3個。
コニーは木箱の蓋を開ける。
ワインボトルや長期保存のできるチーズと干し肉がたくさん入っている。
これにしよう、とワインボトルを掴んだ。
ラベルには陶器の水差しが描かれていた。
隣の鉄コンテナからひし形に切り込みが入ったグラスを取る。
ミニテーブルにセットして、折り畳みにイスに腰掛けた。
グラスに注がれた透過した黄金。
月の明かりで輝きが増す。
グラスに唇を添え、一口を多めに飲んだ。
度数の低いアルコールが喉の奥へと容易く流れ込んでいく。
喉を鳴らして飲んだあと、コニーはそっと頷いた。
しばらく味わっていると、先が見えないはずの暗闇に薄っすら人影が見えた。
グラスをミニテーブルにそっと置く。
シングルアクションの軍用自動拳銃をホルスターに収め、懐中電灯で辺りを照らした。
人影はぼんやり。
赤いフード付きのコートと、ボルトアクションライフルが特に目立つ。
静かに佇む、リンゴの木に触れてどこかを見ている。
コニーはハッキリしない存在を食い入るように観察した。
フードをかぶっていて性別も顔も分からないというのに、
「…………綺麗だ」
思考もないまま勝手に口から零れる。
ハッと急いで手を塞ぐ。
首を振って、もう一度見ると人影は消えていた。
不思議な出来事に傾げるコニー。
『どうしたの?』
「うわぁっ!?」
足元からの聞こえた明るい声に驚き、コニーは身を捩らせ片足を軽快に跳ね上げた。
見下ろせば例の狼。
海のような青い瞳は穏やかに輝き、足元は白く、胴体にいくにつれ灰の毛が混じる。
軍用のサイドバッグを装着している。
『変な声、まだ夜中なのに何してるの?』
「そ、それは……いや、君こそこんな時間に、どうしたの」
『ボクは散歩と探検してたよ』
「あれ、日中もしてたような」
『夜はまた違う景色が見えることもあるからね。狩人さんは眠れないの?』
コニーは渋々頷いた。
「まぁ……そんなところ、かな」
並んでテントに戻ると、狼はグラスの中身に興味を示す。
『何飲んでたの?』
「リンゴワイン。たまに来る補給部隊が持ってきてくれるんだ」
『リンゴの? 美味しそう』
「君はリンゴならなんでもいいのか……」
呆れるコニーの呟きを無視して、狼はミニテーブルの周りをくるくる歩く。
『赤ワインなら飲んだことあるよ、干し肉と一緒に』
「うーん、干し肉はともかく、狼が飲む物とは思えない……増々君の生態に興味が湧いてくるよ」
鉄コンテナからアルミ製の小皿を取り出し、リンゴワインを注ぐ。
舌で掬い飲むと、狼は目を輝かせた。
『おいしー。ちょっぴり酸味と苦みもあるけどリンゴの甘さもあってスッキリしてて、飲みやすい!』
口の周りを舐め回し、感想を述べる。
得意気な語りに肩をすくめたコニー。
「まぁ今のところハッキリ分かるのは面白い狼だなってところか……」
1人と1匹でワインボトルを空けた頃には、すっかり夜が明けていた――。
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